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第三章 聖獣の主

49.結界と復讐

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「マッティア様、お体の調子は如何ですか? あのような無茶をして大丈夫なのでしょうか?」


 マッティア様は平然としたお顔をなされています。とても沢山魔力を奉納した筈なのに、疲れていないのでしょうか? それとも、それ程までに魔力が多いのでしょうか?



「魔力を奉納するようになってから魔力量は格段に増えましたが……、ペガゾが出てくるまで感じていた魔力の奪われ過ぎによる疲労感は、不思議と感じないのです」


 確かに、わたくしも奉納するようになってからは魔力が増えた様には感じましたけれど、それでもマッティア様程ではありません。
 それに、ペガゾ様が出てきたら魔力が回復したという事でしょうか?



 わたくしが腑に落ちない顔をしていると、マッティア様がすみませんと謝りました。



「どうしてもベアトリーチェと腹の御子に負担をかけたくなかったのです。なので、独断で勝手な行動を取ってしまいました」
「その事はもう良いです。結果として、ペガゾ様を目覚めさせる事が出来たのですから……」



 その後、王国内を守る結界の張り方などを教えて頂き、わたくし達は日を改めて神殿内の結界の間に向かいました。
 結界の間へは、マッティア様とわたくし、ペガゾ様のみしか入れないらしく、場所も秘密らしいので、3人で向かう事になりました。


 

 その部屋に入ると、わたくし達はとても驚きました。辺り一面、星空が広がり、まるで宇宙に投げ出されたみたいな空間にわたくし達は息をのみました。
 部屋の中央には旋回する球体が浮かび上がっています。


 すると、ペガゾ様は人型から有翼の天馬に姿を変え、わたくし達に問いかけました。


『この結界を維持する為の魔法陣を扱える様にならなければいけないのだ。主たちは魔法陣を扱えるか?』


 わたくしは扱えません。ですが、マッティア様は扱えると仰いましたので、ペガゾ様はマッティア様に結界の張り方を教えています。
 わたくしも共に話を聞いていたのですが、わたくしには難しく、とても理解する事など出来ませんでした。



「うぅ……、己の勉強不足を恥じます……」
「大丈夫ですよ、ベアトリーチェ。少しずつ、覚えていきましょう」
『そうだぞ、もう一人の主。最初から何でも出来る者などいないぞ』



 マッティア様とペガゾ様が、わたくしを慰めて下さいますが、わたくしは何やら惨めな気持ちでいっぱいでした。


 この気持ちをバネに必ず魔法陣を扱える様になってみせます!


 そして、わたくし達は2人合わせて全属性となれるので、結界を張る時も足らないものを補うように、手を繋ぎながらマッティア様主導で結界が張られていきます。


 その様子は壮観でした。マッティア様がいくつかの魔法陣をえがくと、部屋の中央にある旋回する球体を囲む様に何重にも魔法陣が浮かび上がった後、とても綺麗に光りだし、この結界の間を中心に結界が張られていくのが分かりました。



『主、これでエトルリア国内は守られ、害意ある者の攻撃を防ぐ。良くやったぞ、主』
「ペガゾ、主という呼び方ではなく名で呼んでもらえないだろうか?」
「わたくしもお願い致します。もう一人の主と呼ばれては、どうも落ち着きません」



 わたくし達の願いを、ペガゾ様は快く了承して下さいました。



『ではマッティアとベアトリーチェ、この後はプロヴェンツァの能力を奪還しに行くのだ』



 その言葉により、エリオノールお兄様が強制労働につけられている石切場より連れて来られる事となりました。


 お兄様の姿は、わたくしの知っているお兄様ではありませんでした。体中は傷だらけで痩せ衰え、憔悴し、目もうつろです。わたくし達を見て、しきりに怯えているようにも見えました。



 わたくしは皆に人払いをお願い致しました。そうして部屋の中には、わたくしとエリオノールお兄様……、マッティア様とペガゾ様のみとなりました。



「あ……、ベアトリーチェ……」
「ご気分は如何ですか? お兄様……」



 わたくしは、そんなお兄様を見て哀れなどとは思いませんでした。あるのは心の中を静かに燃える憎しみの炎のみです。



「頼む……いっそ殺してくれ……」


 そう懇願するお兄様をわたくしは冷たい目で見下ろし、目の前に剣を落としました。床に無様に這いつくばっているお兄様の顔スレスレに突き刺さった剣を見て、お兄様は悲鳴を上げて震えました。



「わたくしもそう願いました。いっそカルロ様と一緒に処刑されたいと……、惨めに一人で生かされるくらいならば、いっそ殺して欲しいと……。何度も願いました! だけれど、お兄様はわたくしを生贄のように扱い、生きるように強要したではありませんか!」


 わたくしが声を荒げると、お兄様が震えながら頭を抱え、すまない……すまないと何度も同じ言葉を繰り返しています。



「わたくしがどんな想いで、此処に嫁がされたか分かりますか? 恐怖と絶望のどん底で、どれ程死にたいと願っても、それを許されず……辱めと屈辱に歯を食いしばりながら、それでも生き続けねばならない……わたくしの気持ちをお兄様は分かりますか?」
「ベアトリーチェ……、そんなつもりではなかったんだ……初恋の王子と婚姻させ、其方が王太子妃になれば、私も其方も幸せになれると思ったんだ……。王太子妃になり、いずれは王妃となる……貴族令嬢として生まれ、これ以上ない幸せではないかって……思ったんだ」



 お兄様はわたくしの足もとに縋り付き、泣きながらそう仰ったので、わたくしはそんなお兄様を見下ろし、嘲笑うかのように言葉を続けました。



「お兄様は己がお父様に勝ったと思い込んでいるみたいですけれど、これも全てお父様の策略の一つなのですよ……」
「え……?」
「お父様はわたくしが、このような形でマッティア様に嫁ぐ事まで全て分かっておりました。神託は下っていたのです。お兄様からの刃を甘んじて受けたのも、全てお父様の策略です」



 お兄様が愕然とし、わたくしのドレスの裾を掴みながら、そんな……嘘だ……と呟いています。



「これは全てあるべき形なのだと言われても、やはり実行に移したお兄様を、わたくしは許す事は出来ません」
「全て父上の策略ならば、私を恨むのは筋違いだよ……ベアトリーチェ。こんな兄を許し、助けておくれ」



 責任逃れをし、この場から助かろうとするお兄様に、わたくしは何も感じませんでした。あるのは、憎しみのみです。


 お父様が全て知り得ていたとて、お兄様が私利私欲の為に行動を起こさなければ、起きなかった悲劇なのです。
 何故、そんな簡単な事も分からないのでしょうか……。



「ベアトリーチェ……、これ以上は話しても無駄です。エリオノール・プロヴェンツァを殺せますか?」


 マッティア様がわたくしの肩に手を置き、そう問いかけました。心なしかマッティア様のお顔が辛そうです。


「難しいのでしたら、私がやります。エリオノールさえ死ねば、その力は正統な後継者であるベアトリーチェに移るのでしょう?」
「いいえ、いいえ。これはわたくしが成し遂げねばならない事なのです! わたくしはお兄様を殺め、過去と決別致します。わたくしが今後前を向いて生きていく為には、お兄様を己の手で殺めなければなりません」



 全てをマッティア様に、頼っていてはいけません。わたくしが過去の悲しみから解放され、お腹の御子と共に新しい道を歩む為には、成し遂げねばならないのです。



「では、ベアトリーチェ。ここを一気に掻き切りなさい」


 マッティア様はお兄様の髪を掴み、首元を曝け出させ、頸動脈に剣を添えました。


「此処を掻き切れば、数秒の内に意識が遠のき、十数秒もすれば失血死します」
「嫌です、そんな数秒でかたが付く殺し方……」



 わたくしの言葉にマッティア様が、とても驚いています。だけれど、わたくしが受けた苦しみ、カルロ様が受けた苦しみ、プロヴェンツァの皆が受けた苦しみは、そんな簡単に済ませて良いものではないのです。


「わたくしは最期の最期まで苦しんで、死んで欲しいのです」
「では、生きながら焼き尽くしなさい」



 その言葉にお兄様が悲鳴をあげ逃げようともがきましたがマッティア様に押さえ付けられている為、それは叶いません。
 わたくしは、マッティア様に炎の魔術を教えて頂き、補助して頂く形で復讐を成し遂げました。



 そうして、わたくしはプロヴェンツァ家の持つ神託を得る能力を手に入れたのです。
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