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第二章 王妃

36.郷愁

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「信じられませんわ!」
「そんなに怒らないで欲しいのです。わたくしが、迂闊だったのですもの。それに神殿で治療して頂いたのですよ」


 アニェッラとベルタがとても憤慨しています。わたくしは2人を宥めながら、治療して頂いた箇所を見せました。


「治療したからと言って良いという訳ではありません」
「そうですよ、しかも顔にケガまで! ポーションがなければ、顔にキズが残っていたかもしれないんですよ!」


 わたくしは皆に心配をかけた事を反省致しました。わたくしが己の行動に項垂れていると、アニェッラたちがわたくしを励まして下さいました。



「ですが、ベアトリーチェ様がなさった事は悪い事ではありませんよ」
「そうですよ、王太后様を気遣うなんて、とてもお優しいと思います」



 わたくしは2人の言葉に苦笑い致しました。
 王太后様には不愉快な思いをさせてしまったのですけれど……。しかも処罰されるかもしれないなんて……本当にやってしまったとしか言いようがありません。
 夢見がち、偽善者……そう言われても仕方がありませんね。



「王太后様は、どうなるのでしょうか?」
「気になるのでしたら、陛下にお尋ねになれば宜しいのでは?」
「そ、そうですね。そうします……」


 べ、別に寝所で王太后様の処遇をねだるなど、そんな事は絶対しません。そんな事をすれば、王太后様の思う壺ですもの……。


 わたくしがそう考えていると、ベルタがじっとわたくしを見ています。わたくしは、そんなベルタが気になり問いかけました。



「どうかしたのですか?」
「ベアトリーチェ様は、陛下をどう思われているのですか? 以前は、御渡りがあった次の日はよく泣かれておられましたけど……。今は、寧ろ仲良くされている様にも思えます……。ベアトリーチェ様の本当の気持ちを聞かせて頂く事は出来ますでしょうか?」



 ベルタが胸の前で両手を組みながら、わたくしに問いかけました。アニェッラが、ギョッとした顔でベルタを見ています。



「そうですね。2人には特に混乱させてしまっていますよね……」
「まさか、陛下をお好きになったのですか?」
「いえ、そのような事は断じてありません。優しい方だという事は分かりますけれど……」



 わたくしは慌てて否定致しました。ベルタが、そうなのですか……? と首を傾げています。



「わたくし、そう見えているのでしょうか?」
「そういうわけではありませんけど……。歩み寄ろうとしているのは分かりました」
「ベアトリーチェ様は、ご自分のお気持ちに従って行動なされると良いのですよ」


 ベルタの言葉を補足するようにアニェッラが、そう言って下さいました。


 わたくしはありがとうと言って、窓の外を見つめました。


「マッティア様が、わたくしを大切に想って下さっている事は分かっています。だからこそ、憎しみに支配されているのではなく、歩み寄りたいとも思えました。だけれど、それが恋心かと問われれば違うとしか言えません」


 2人がじっとわたくしの話を聞いています。わたくしはカルロ様の事を思い出しながら、言葉を続けました。



「カルロ様の事を思い出さないかと問われれば、勿論思い出さない日なんてありません。今でもあの日に帰りたいと思います。段々と月日が経ち、カルロ様と過ごした日より、マッティア様と過ごす日の方がまさってくる事への焦りもあります」
「ベアトリーチェ様……」
「たった半年しか過ごしていない方でしたけれど、本当に大好きだったのです。愛していたのです。その想いを簡単に捨てる事は、まだ出来そうにありません」



 わたくしは寂しさのあまり、泣いてしまいました。2人も同じように涙して下さったので、わたくしたちは3人で抱き合い、泣いてしまいました。



「本当にすみませんでした。ベアトリーチェ様のお心を考えずに……私……」
「いえ、良いのです。わたくしもカルロ様への郷愁をなるべく、悟られないように気をつけていたのですもの……」



 誰かが死んでも世界は変わらず、まわっていきます。それがとても寂しい時があります。どうしようもない……悲しさに襲われる時があります。


 だけれど、悲しみや憎しみに囚われるだけの鬼にはなりたくないのです。お父様の夢を見てから、わたくしは己の想いと向き合う事が多くなった様に思えます。


 お父様は夢の中で、マッティア様に嫁ぐ事は神託で示された宿命さだめだと仰られていました。
 だからこそ、それに背くのではなく受け入れようと思えたのかもしれません。


 わたくしはお父様が望んだ通り女王になる道を歩む事に致します。だけれど、私一人ではその道を達成する事は出来ません。マッティア様のお力をお借りする事が早道と言えるでしょう。


 マッティア様の優しさに絆されている自分も確かにいます。けれど、その気持ちと同じくらい利用してでものし上がりたい気持ちもあるのです。


 カルロ様……お許しくださいませ。ベアトリーチェは、カルロ様の仇を討つことが出来ません。
 お兄様と先王だけで、許して下さいますでしょうか……。


 いいえ、カルロ様はその様な事を責める方ではありません。常にわたくしの幸せを最優先に考えてくださった方なのですもの。



『生きて下さい。そして幸せになって……。王太子殿下を受け入れ、貴方の優しい心を忘れずに愛でこの国を治めて下さい』



 カルロ様の最期の言葉を思い出しながら、わたくしはカルロ様に申し訳ありませんと心の中で謝罪致しました。
 結局、カルロ様の言った通りになってしまいそうです……カルロ様はマッティア様を愛せるように頑張った方が良いと仰いました……。


 けれど、まだわたくしはカルロ様を愛していたいのです。貴方を忘れたくはないのです。
 例え、マッティア様が初恋の王子様でも、わたくしは今はまだカルロ様を愛しているのです。その気持ちに偽りはありません。



 いつか、マッティア様を受け入れ愛す時が来たとしても、わたくしはカルロ様を忘れる事は出来ないでしょう。








「遅いのです!」



 夜になってもマッティア様はいらっしゃいません。忙しいのかもしれませんが、わたくしは聞きたい事があるのです。


 それにケガをしたと聞けば心配して飛んでくると思っていたのに、待てど暮らせど一向に御渡りがありません。
 業を煮やしたわたくしはマッティア様のお部屋に突撃する事に致しました。


 ですが、後宮内のお部屋にはいなかったので、わたくしは以前聞いた表の執務室の隣にあるお部屋に行く事に致しました。


 後宮を出ようとすると、護衛騎士の方が慌てて付いて来て下さいました。女官長が、こんな時間に王妃がうろつくのは駄目だと仰いましたが、わたくしは絶対に行きますと伝えました。



「殿方の御渡りを粛々と待つのが淑女としての正しい姿です」


 と仰られていますが、わたくしは聞こえないフリをしてマッティア様の執務室に向かいました。


 わたくしが、マッティア様の執務室の前まで行くと扉の前で、護衛騎士の方や侍従の方が目を瞬いていました。


「入っても宜しいですか?」
「勿論でございます!」


 わたくしの言葉に皆が慌てて、扉を開いて下さったので、わたくしは皆にお礼を言って部屋に入りました。


 執務室に入ると、マッティア様が文字通り書類に埋まっていました。書類の山で見えなかったのです。



「ああ、ベアトリーチェ。ケガの具合はどうですか? これを終わらせてから伺おうと思っていたのですが……。あ、もうこんな時間なのですね。申し訳ありません」



 時間を確認しながら、マッティア様が目を瞬いています。わたくしは書類の山を見て、こんなにも忙しかったのだと知り、先程まで憤慨していた己が情けなくなりました。


「王太后については、今回は厳重注意としておきました。ベアトリーチェなら、そう願うと思ったので……」 


 相変わらず流石です。わたくしが願いを口にせずとも、先に読み行動に移してしまうのですから……。



「ありがとうございます……。あの、わたくしにも手伝える事はありませんか?」
「手伝える事ですか?」


 わたくしの言葉に目を瞬くマッティア様に、わたくしはマッティア様の手にある書類を奪い取りました。


「今後は王妃の賛成も必要なのでしょう? それにマッティア様も仕事を覚えろと仰っていたではありませんか。ならば、何も知らない訳にはいかないと思います。手伝わせて下さい」


 マッティア様は目を輝かせながら、ありがとうございますと仰って、わたくしでも出来る仕事を分けて下さいました。



「眠くなったら遠慮せずに言ってくださいね。隣の部屋を整えさせておくので」
「大丈夫です、早く終わらせてマッティア様にも眠って頂かないと困ります」
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