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第二章 王妃

34.文芸復興

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 わたくしは、本日はエフィージオ様から法の成り立ちと国家の法律についてを学び、宗教についての講義も受けました。


 この国ではプロヴェンツァ家の得る神託が、政治を行う重大な指針となっておりました。


 けれど、現在その能力を持つ者は残念ながらいません。ですから、今後その能力者が生まれたとしても、マッティア様はプロヴェンツァ家の能力をあくまで助言に留める形式を取り入れようと動いているそうです。



「その様な事が出来るのでしょうか?」
「神託が下せる者がいない状態が長く続けば、政治を行う上で大層困ります。今後、生まれたとしても、現在の様に生まれない期間を考えれば、そうした方が良いと坊っちゃまは考えておられる様ですな」



 わたくしは、確かにプロヴェンツァ家に頼り過ぎる今の国家の状態は良くないのかもしれないと思いました。
 先王が、プロヴェンツァの血が持つ力を欲し過ぎたからこそ、あの悲劇が起きたのですから……。



「坊っちゃまは今、国王、王妃、元老院の過半数の賛成を得られた場合のみ、法律の制定、変更が出来る様に、制度の見直しを行なっておられます。それにより、国王の独裁が防げるようにと……」
「王妃……わたくしもですか?」


 わたくしは目を瞬きました。確かに国王の独裁が防げるのは良い事ですけれど、わたくしの意見も尊重して下さるという事でしょうか……。
 そういえば以前、共に政務をしようと仰っておられました。これは、その為の準備なのでしょうか?



「勿論でございます。王妃陛下は、貧困層の救済と奴隷制度をなくす為の行政改革を提案なされたでしょう? それを今後推し進めていくにあたって必要の事だと、爺も思いますぞ」
「そうなのですね……」



 わたくしは、とても嬉しく思いました。わたくしが願った事を叶えようと動いて下さるマッティア様に、何やら暖かい気持ちになりました。




「王妃陛下には、どれ程感謝しても足りませんな」
「感謝……? あ、あのそれにしても王妃陛下というのは辞めて下さいませんか? 以前の様に呼んで下さい」


 マッティア様が坊っちゃまなのに、わたくしが王妃陛下なんて変だと思います……。それに、何やら落ち着かないのです。


「では、ベアトリーチェ様とお呼びさせて頂きます」
「ありがとうございます! あ、それと感謝とは何でしょうか?」


 その言葉にエフィージオ様が、にっこりと微笑まれました。わたくしもつられて、ついニコッと微笑み返してしまいました。



「坊っちゃまは、貴方が望めば自国でも、いえ他国すらも滅ぼされておしまいになるでしょう。それくらい、貴方に溺れておいでなのです」
「まさか……そんな……」
「いいえ、そう言っても過言ではありません。ですが、貴方はその様な事をお望みにならないどころか、良い国である事を望まれた。だからこそ、坊っちゃまは良き王でいられるのです」



 わたくしは、エフィージオ様の言葉に目を見張りました。マッティア様が、わたくしを好いているのは分かっていましたけれど、そこまで皆に思われる程、マッティア様のお気持ちがだだ漏れだとは思いませんでした。


 ですが、そんな事はないと今ならわたくしも断言出来ます。


「いいえ、エフィージオ様。マッティア様は、例えわたくしが望んでも、その様な事はなさりません。わたくしでも分かるように丁寧に教え、諫めて下さる方です」



 その言葉にエフィージオ様の目の色が変わりました。驚きと嬉しさが混じるその瞳に、わたくしは微笑みました。



「マッティア様は個人的なわたくしの悪戯などには、黙ってお付き合い下さいますが、国や民を巻き込む様な酷いことは決してなさらない方だと、自信を持って言えます」
「ベアトリーチェ様、それは坊っちゃまをお許しになったと言う事でしょうか?」



 わたくしはエフィージオ様に困った様に微笑み、俯きました。エフィージオ様が期待に満ちた目で、わたくしをじっと見ています。



「そうですね……何と言ったら良いのでしょうか……。わたくしも、いつまでも憎しみに狂っていられないという事です……。他者の気遣いや優しさ、努力を汲み取れない人間ではいたくないと思ったという事でしょうか……」


 わたくしが少し照れながら、そう言うとエフィージオ様が見守る様な穏やかな瞳で、わたくしを見つめ、そして手を握られました。



「ありがとうございます。本当にありがとうございます」


 エフィージオ様が涙ぐみながら、わたくしの手に額をつけ、跪かれました。わたくしは、その様子にギョッとし、慌てて止めました。


「エフィージオ様、そのような事はやめて下さい。立ち上がって下さいませ!」




 そして、その後は色々と法や歴史について教えて頂きました。特にわたくしが気になったのは、音楽や芸術などの文化的なものが、先王により廃りつつあるという事です。



 先王は、お若い時に国土を広げる事に力を入れ、芸術方面へ関心を向ける事を良しとしませんでした。国をあげて、戦争への協力を仰いだそうです。



 それは国土が広がり、平時に戻っても変わりませんでした。人々は音楽や絵画などを嗜む事を悪い事だと考え、隠れるようにして楽しんでいると……。



 わたくしは、それではダメだと思いました。出来るならば、芸術面の推進に力を入れていきたいと考えました。決して悪い事ではないと、民に示さなければなりません。




 そして、わたくしはエフィージオ様に、現在閉まっている美術館や劇場などの文化施設があると聞き、そちらを開放し、皆が好きな様に楽しめる様にしたいと思いました。



「それでは、ベアトリーチェ様は文芸復興にお力を入れられると良いでしょう。財団への事業と慰問も相まって、とても民は喜ぶでしょうな」



 それがマッティア様が言っていた権力を得る事に繋がるか迄は分かりませんが、わたくしは娯楽や芸術推進に力を入れたいと思いました。
 たまには、頑張っている自分にご褒美をあげる事は、必要な事だと思うのです。芸術を楽しむ事は、民にとって、良い息抜きになるでしょう。



 わたくしは早速、マッティア様に確認する事に致しました。夜、わたくしの部屋にやってくるマッティア様に、わたくしは昼間のエフィージオ様とのお話と、感じた事をお話致しました。



「良いのではないでしょうか。それに関してはベアトリーチェの思うようにやって頂いて構いません。ベアトリーチェの為に用意した財団なので、そちらに資金を使って頂いても構いませんよ」
「ですが、それでは助けを必要とする方にお金が行き届かなくなるのではないのでしょうか?」



 わたくしの不安を宥める様に、マッティア様は優しく微笑まれ、わたくしの頬に手を添えました。



「大丈夫ですよ。資金は潤沢なので」
「あ、あの……そのお金って、何処から来ているのでしょうか?」



 わたくしの疑問に、マッティア様はニヤリと笑いました。その笑みにわたくしは、碌なお金ではない気がして、戸惑ってしまいました。



「あのお金は、父上の私財です。それと、現在の王太后やかつての側室達の私財も全て没収させて頂きました」
「では、今王太后さまやご側室の方々は、どうなさっているのですか?」
「神殿の周囲に学校や病院を作ってあるでしょう? そこで働いて頂いています。王太后に関しては、神殿で父上の冥福でも祈っていなさいと、奉献生活をして頂いています」



 わたくしは、とても驚きました。本来ならば先王の正妃として立場が守られる筈の王太后様まで、神殿に追いやってしまわれるだなんて……。



「これは、王太后に力を持たせない為でもあります。神殿は貴方の実家の範疇なので。見張る為にも良いでしょう。我が国で力を持つ女性は貴方だけです。それ以外は認めません」
「マッティア様……」
「本来なら、父上に加担したとして連座で処分しても良かったのです。寧ろ、感謝して欲しいくらいです」



 マッティア様のその言葉に、王者としての非情さを感じました。ですが、必要な非情さと言えましょう。


 わたくしは、そう思い、静かに頷きました。
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