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第二章 王妃

27.悪戯と休息

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 戴冠式の後も、色々とマッティア様は忙しいみたいです。王位交代が、不測の事態による事なので、仕方がないのかもしれませんが、とても大変そうです。


 ベルタによると、マッティア様の睡眠時間は合計しても1日2時間もないそうです。そして、着替えや支度など、何でも全てご自分で手早くなさってしまうそうなので、女官や侍従泣かせだと言っておりました。


 わたくしが手を下さなくとも、そのうち過労死で亡くなってしまいそうです。


 マッティア様は、休息も仕事のうちだという事を分かっておられないようです。まあ、わたくしには関係のない事なのですけれど……。



 ですが疲れていても、毎夜御渡りはあるのです。と言っても、あの日の約束を守って下さっているので、以前の様に不埒な真似をしてくる事はありません。特に何をするわけでもなく、気がつくと部屋から姿が消えているのです……。
 わたくしが、うとうとしている隙に部屋を出ているのでしょうか? 扉が開く音すらしないので、わたくしは不思議でなりません。あの方は隠密か何かなのでしょうか?


 以前も、朝になるといなくなってはいましたが、私の事を抱き締めて共に眠っていたのに……、今は1、2時間でいなくなっています。
 それほど、忙しいのか……それとも他に通う女性がいるのか……。



 いえいえ、だから何だと言うのです……わたくしには関係のない事です。そう……関係のない事……。



 ………………。
 変な事を考えるのはやめましょう。それよりも今宵も罠を考えなくては……。


 わたくしはマッティア様が来られる時間に、毎夜ドアの前で色々と罠を張り巡らせているのです……が、ことごとく失敗してしまいます。

 何がいけないのでしょうか……?



 魔力の弓を雨のように降らせてみるのですが、魔力量が足らないのか、扱いが下手なのか……流れ星のように消えてしまいます。マッティア様には綺麗ですねと、皮肉を言われてしまいました。
 他には、上から大きいものを落としてみたのですが、簡単に避けられてしまいましたし、ドアの前にロープを張って転ばせてみようと思っても、それすらも軽々と躱されてしまうのです。


 魔術で蛇を出した時は失敗でした。マッティア様のところではなく、わたくしのところに蛇が来たので、思わずマッティア様に抱きつき泣いてしまいました。結局はマッティア様に消して頂くという不覚の事態です。虫も然りです。


 マッティア様からは「苦手なものは辞めておきなさい」と言われてしまいました。


 こんな筈ではなかったのです……。



 色々していますが、どれも上手くいきません。油断を誘ってから、一矢報いようと思っているのですが……、簡単にはいかない様です。
 ですが、眠っているところを襲おうと思っても、あの方は最近仕事三昧で眠らないので、寝首を掻く事もままなりませんし……困ったものです。




 そして、色々と罠を張って今日で1週間目です。今日こそは成功させるのだと、わたくしは意気込み、いつものようにドアの前で罠を張り、待っていました。すると……、


「ベアトリーチェ」


 と、突然背後から声をかけられ、わたくしは驚きのあまり飛び上がってしまいました。そして、あろう事か間違えて魔力を発動してしまいました。


 2人で頭から水を被ってしまっただけでなく、出す水の量を間違え、部屋中を水浸しにしてしまいました。

 わたくしは呆然と部屋を見渡したあと、マッティア様を眺めました。


「な、何故……こんなところにいるのですか? 扉は開いていないのに……」
「転移の魔術ですよ。毎夜の事なのですから、私も馬鹿ではありませんよ」
「そんな……」



 何ですか……? 転移の魔術って……。そんなのズル過ぎます……。


 わたくしが、マッティア様を睨んでいると、突然扉がバンッと開き、女官長が入ってきました。


 わたくし達はとても驚き、目を見張りましたけれど、女官長はそんなわたくし達を見て声を荒げました。


「まあまあ、これはどういう事ですの? 大きな水音がしたと思ってきてみれば、何という事を! ふざけていたにしても、度が過ぎていますよ!」



 女官長が、とても怒っておられます。ふざけていたつもりはないのです……。
 マッティア様は女官長に謝った後、魔術で部屋と服を乾かして下さりました。先程までの水浸しが嘘のように、綺麗に乾いています。


 わたくしがとても驚いていると、女官長は聞いているのですか? とまた声を荒げました。乾いても尚、怒りがおさまらないご様子です。


「子供ではないのですから、お2人共、夜更けに水遊びなどお辞め下さい。あなた方は、王と王妃として民の手本にならなければいけない立場なのですよ!」


 そして、女官長に一頻ひとしきり怒られたあと、わたくしの出した水により割れた花瓶や乱れた部屋を整えるからと、マッティア様の部屋に行きなさいと言われ、2人共追い出されてしまいました。



「ベアトリーチェ、これからは水は辞めましょう」
「はい……申し訳ありませんでした」


 マッティア様のお部屋に行く道中、そう言われ、わたくしは項垂れながら謝罪致しました。


 うぅ……失敗してしまいました。ですが突然、背後に現れるマッティア様も悪いのです。



 そして、マッティア様のお部屋……歴代の国王陛下のお部屋に行くと、部屋は寝室というより仕事部屋という感じでした。本棚や書類棚があって、きっちりと詰められ、とても綺麗に整頓されています。


 整頓されている本棚や書類棚とは違い、机は書類が沢山積まれ、仕事中なのだという事が一目瞭然でした。


「表である宮のほうにも、執務室の隣に仮眠用の部屋があるのですが、後宮に行けと追い出されるので、こちらで仕事をしているのです」


 今までは、わたくしが寝付きそうな頃合いに、転移の魔術を使って侍従達にバレないように、こちらの部屋に戻り仕事をしていたのだそうです。


 わたくしはマッティア様が、いつも気がつくと部屋から消えている理由をやっと得心とくしんいきました。



「ベアトリーチェは、そこのベッドで眠って下さい。私はこちらで仕事の続きがあるので……」
「マッティア様は眠らないのですか?」
「仕事が終われば、仮眠をとるので大丈夫ですよ」


 そう言って、マッティア様は微笑み、机に向かわれてしまいました。わたくしは、その後ろ姿を見ながら、何とも言えない気持ちでした。


 そんなにも、お仕事が忙しかったのですね。そうですよね。王位交代の後の引き継ぎなど、色々あって当然です。……それなのに、わたくしったら他に通う女性が出来たなどと……愚かな考えでした。




「……然るべく時に休息をとらないと、過労死しても知りませんよ」


 その言葉に、マッティア様がとても驚いたように振り返りました。目には戸惑いの色が浮かんでいます。


「心配してくれているのですか……?」
「ち、違います! わたくしに殺される前に死なれたくなかっただけです! 断じて心配などしていません」


 わたくしは慌てて首を振りました。ですがマッティア様は、とても嬉しそうに微笑んでいます。


 だから……別に心配したわけではないのです。



「では、今日は眠る事にしましょう」


 そう言ってソファーに向かうマッティア様の服の裾を、わたくしは慌てて掴みました。
 いつもは一緒にベッドで眠るのに……、どうして今宵はソファーなのですか?



「そんなところで眠っても、疲れはとれませんよ……」


 ああ、今日のわたくしは変なのです。ですが、仕事ばかりしてるマッティア様が悪いのです。



 わたくしが俯きながら、マッティア様の服の裾を掴んでいると、マッティア様がそのわたくしの手を取り、嬉しそうにわたくしを抱きしめました。



「一緒に眠っても良いのですか?」
「良いも悪いも、此処はマッティア様のお部屋で、マッティア様のベッドではありませんか! 好きにして下さいませ。それに、いつも私の部屋ではベッドで共に眠っているでしょう?」


 わたくしが目を逸らしながら、そう言うとマッティア様はわたくしを抱き上げ、ベッドに連れて行きました。


「ち、違うのです! そんなつもりでは……」
「そんなつもりとは?」
「……っ!」


 わたくしは顔を真っ赤にして口をパクパクさせました。本当に違うのです。わたくしは休息が必要だと言いたかっただけなのです……。



「大丈夫ですよ。何もしません。だから、ベアトリーチェも今宵は何も仕掛けてこないと約束して下さい」
「も、勿論です。そんな事は分かっています。それに、もう失敗してしまいましたし……」


 また同じ失敗をすれば、今度こそ女官長が許してくれそうにありません。それに、休息をとる為なのですから、そんな事をするつもりはありません。


 そして、わたくし達は同じベッドで眠りました。一時休戦です。
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