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第一章 王太子妃

25.引っ越し準備と権力の得方

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 その後、わたくしは来た時と同じように、アニェッラとベルタを伴い、王宮に戻る事となりました。


 朝から慌ただしくお引っ越しの準備が行われています。わたくしは、それを見ながらイザベラ様に気になっていた事を問いかけました。


「イザベラ様は、本当にこちらに残るのですか?」
「ええ、わたくしは騒がしいのは嫌いなのよ。それに、王太子宮を空にする訳にはいかないでしょう?」


 戴冠式を行えば、国母となられるお方なのに、それで良いのでしょうか? ですが、羨ましいです。わたくしも許されるならば宮に籠りたいです……。



 カルロ様の喪に服しながら浮き世から離れたいという思いが、ぐるぐると巡ります。


 いいえ、そんな事では駄目です。わたくしはカルロ様の仇を討つと決めたのです。どんな困難にも負けずに立ち向かわねば……。



 すると、イザベラ様がわたくしの心を読んだように、咎めました。


「あら、貴方はダメよ。これからは貴方が王妃となるのだから。引き籠るだなんて、悪い事を覚えてはダメよ」


 わたくしって、そんなに分かりやすいのでしょうか? 己の顔を両手でおさえながら、項垂れていると、イザベラ様がわたくしの肩に手を置きました。



「おめでとうと言っても良いのかしら? 王妃は民衆の母でもあるのです。良き王妃となり、この国を良く導いて下さい。そして、いつか女王となり君臨して下さる事を楽しみにしていますね」


 この方も、わたくしに女王を望まれるのですね……。心の中でチクリと何かが痛みます。


 女王とは何でしょうか……。それは復讐を遂げた事になるのでしょうか……。



「ですが、それはマッティア様の失脚を意味します。本当に宜しいのですか?」
「前にも言ったと思いますけれど……。わたくしは、どちらでも良いのよ。それに、共同統治者として国王と女王が並び立つ事も、過去の歴史を鑑みれば珍しい事ではありません」


 共同統治者……。そういえば、この国の建国神話によると初代国王陛下の側には、気高く賢い女王陛下が並び立っていたと記されていました。



「ですが、わたくしは……」
「ベアトリーチェ、ゆっくりで良いのよ。ゆっくりで良いから、少しずつ意識を変えていきなさい。貴方の意志が固まるまで、我が愚息を馬車馬の様にこき使えば良いのだから」



 そう言って、イザベラ様はオホホと高笑いを致しました。すると、呆れた声で母上……と聞こえたので、わたくしは声の方に振り返りました。



「マッティア様……」
「あら、いたの?」
「いたの? ではありません。母上は戴冠式への出席を断られた様ですが、御国母として出席して下さらないと困ります」


 その言葉にイザベラ様が面倒だと言わんばかりに大仰に溜息を吐きました。
 そして、持っていた扇子を開き口元を隠す様に覆われてから言葉を続けられました。


「嫌よ。変わりに前任の王妃……今は王太后かしら? アレを出席させれば良いのよ。わたくしは騒がしいのは嫌いなのです」
「母上、我が儘は通りません」


 マッティア様も、一歩も引きません。マッティア様の強硬な態度に、イザベラ様は面倒だ事と小さく呟かれました。

 そして、イザベラ様は扇子の隙間から、マッティア様の様子を伺いながら、またもや大仰に溜息を吐かれました。



「はいはい、考えておくわ」
「母上!」


 そう言って、そそくさとイザベラ様は逃げて行かれました。あの様子では、とてもご出席なさるとは思えません。



 マッティア様は溜息を吐いた後、苦笑いをしてわたくしに向かい合いました。わたくしはドキリとして、慌てて姿勢を正し、マッティア様をジッと見つめました。


 わたくしも何か言われるのでしょうか……?



「見苦しいところを見せてしまい申し訳ありませんでした」
「い、いえ……」
「ところで、ベアトリーチェ。王妃となった暁には慈善事業に手を出してみませんか?」
「慈善事業?」


 わたくしがよく分からずに首を傾げると、マッティア様はニコッと胡散臭いばかりの笑顔で微笑まれました。


「要するに人気取りです。貴方には、そろそろ権力を得て頂きたい。財団を設立し、貧しい者や富める者にも平等に知識や医療を与えるのです。私は常々、我が国の識字率や医療の水準を上げたいと考えておりましたので……」
「それなら、マッティア様がやれば宜しいのでは?」
「それでは駄目なのです。貴方の名前でやる事に意味があるのです」



 わたくしに権力を与えて、マッティア様に何の得があるというのでしょうか? わたくしは、マッティア様の真意が分からず、困惑致しました。


 この方は、どうしたいのでしょうか? ご本人やイザベラ様によると、わたくしに殺されても構わないような口振りの様ですけれど……。その割には死を覚悟しているようには見えません……寧ろ毎日毎夜楽しそうです。


 わたくしが一人で立てるようになれば、本当に殺されても良いと思っているのでしょうか?
 わたくしに権力を与えて、いずれマッティア様の足をすくわれても良いのでしょうか? この方は本当はマゾなのでは…?



「……民の人気が権力に直結するものなんでしょうか?」
「大衆の支持を得る事を疎かにしてはいけません。貴方には、プロヴェンツァ家の正統な血筋があります。要は勝ち馬に乗れと言うことですね」



 さっぱり分かりません。プロヴェンツァ家の血筋と民衆の支持……それを得れば、わたくしは変われるのでしょうか?



「貴方は難しい事を考えなくとも、私に任せて下されば良いのです。貴方には実績も必要です。少しずつ積み上げていきましょう」
「マッティア様……」



 そして、マッティア様はおどけたように、笑ってみせました。



「まあ正直なところ、父上……先王の側室達の処遇に困っているのも事実なのです。何せ数が多いですから……。慈善事業を始めれば、その者達をき使う事も出来るでしょう?」
「そんな事をして宜しいのでしょうか?」
「お金は無限ではないのです。あのような大量に側室を抱えていたら、国庫が圧迫されてしまいます。働かざる者食うべからずですよ」



 過去の歴史を鑑みれば、王位交代による側室や王子たちの粛清は珍しい事ではありません。
 己の地位を脅かす王位継承者や先代の王の子を宿している妃を殺すのは珍しくはないとも聞きました。



 ですが、マッティア様は殺さずにき使う方を選んだのですね。まあ、マッティア様ほど、お強ければ脅かされる事はないのかもしれません。


 規格外の魔力量を誇っているらしいですし……。



 わたくしが、マッティア様をじっと見ていると、マッティア様が大丈夫ですよと仰いました。
 別に慈善事業について、心配していた訳ではないのです……。



「ベアトリーチェには決裁を仰がねばならぬ時もあるでしょうが、基本的に面倒な手続きは全て私がやります。貴方は興味が出れば手伝ってくれれば良いのです」
「……わかりました」



 わたくしは、少しずつ参加して理解出来る様に努めようと思いました。わたくしでも、本当に出来るのでしょうか……。



「そういえば、次の王太子は何方がなるのですか?  イザベラ様は、このまま此処に住むと仰っておられましたけれど……」



 先王陛下には、沢山の王子がいると聞きます。マッティア様のご兄弟がなられるのでしょうか……?



「王太子の座は暫しの間空位となります。私と貴方の御子みこが就く予定なので……」
「え……?」
「そんな顔をしなくとも、今すぐの話ではありません。私は元老院と違い、急かすつもりはないので。ゆっくりで構いません。私は貴方を待ちます」



 貴方こそ……そんな顔をしないで下さい……。そんな優しい顔や声をしたって、わたくしはほだされたりしません。


「その前に、貴方の寝首を掻いてみせます」
「ふっ、期待しています」


 マッティア様は、にこやかに微笑みながら、そう言いました。全く相手にされていないようで、わたくしはムッとしてしまいました。


 ムッとしたわたくしは、マッティア様の足元を蹴って、そそくさとアニェッラとベルタの下へ行きました。


 マッティア様は面食らっていますが、知りません。いつかわたくしを甘く見た事を、後悔すれば良いのです。
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