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第一章 王太子妃

side story 王女の怒り(マルゲリータ視点)

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「わたくしに近寄らないで!」


 ガッシャァン!!


 激しい音を立てて、花瓶やティーカップが割れた。
 わたくしはエリオノール・プロヴェンツァに手当たり次第、物を投げつけてやったのだ。


「ま、待ってくれ。少しは落ち着いてくれないか?」
「落ち着いて欲しいのなら部屋から出て行きなさい! わたくしは政略上は貴方と婚姻したかもしれませんが、心は違います!」


 エリオノールは困惑しつつも、わたくしが王女故に、強くは出られないようだ。わたくしは、この男が嫌いなのだ。



「わたくしに指一本でも触れれば、舌を噛んで死にます! 婚儀の日に嫁いだ王女が不審な死を遂げれば、国王であらせられるお父様はどう思うかしら? それが嫌なら部屋から出て行きなさい!」



 エリオノールは溜息を吐きながら、礼をして退室していったので、わたくしは、それを見ながらふぅと息を吐き、ベッドへと腰掛けた。



 わたくしの名前はマルゲリータ・サッソニア。国王陛下の第13王女よ。第13王女って分かるかしら? 要するに、どうでも良い王女のことよ。


 国王陛下には数多くの王子や王女がいる。あの調子なら、これからももっと増えるでしょう。王位に関係のない王子や王女なんて、政治の道具以外に他ならないわ。


 どうでも良いからこそ、臣下に下げ渡すのに丁度良いのよ。だけれど、わたくしはエリオノール・プロヴェンツァが大嫌いなの。



 エリオノールという男は、己の父や親族を殺し、妹であるベアトリーチェ姫を、己の権力や地位の安定の為に生贄のように捧げた……どうしようもない男なのよ。



 父である国王に乗せられて、謀叛を画策するなんて愚か者よ。
 全てはお父様の手のひらの上で踊らされているだけとも知らずに……。



 ふっ、愚かな男。
 失うものの方が大きいというのに……。



 今回、お父様に借りを作った挙句、王女であるわたくしを正室とした……それは今後も王室からの無理難題を退けられないという事に他ならないわ。
 エリオノールは、プロヴェンツァが持つ影響力を失ったも同然なのよ。それに気付かないだなんて、本当に愚かだ事。


 王族は決して貴方の味方ではなくてよ。
 本当に何もかも浅はかなのよ! 間抜けにも程があるわ! 無能と評されていた訳が分かるもの。


 はぁ。結局、この国の男どもは女を道具としか思っていないのよ。本当に腹立たしいわ。



 わたくしは、無能な男は嫌い。この一連の騒動の一番の罪人はエリオノールなのに、ベアトリーチェ姫は恐らく何も気付いていない。
 カタルーニャ侯爵家の処刑の折にチラッとだけ見たけれど、いかにもなお姫様だったわ。守られるという言葉がお似合いのお姫様。


 ただ何も出来ずに現状に嘆いているだけなのでしょうね。



 全てはエリオノールと国王が仕組んだ事だと分かった時、ベアトリーチェ姫はどういう顔をするのかしら……。
 まあ、泣く事しか出来ないでしょうね。あのような儚くか弱いお姫様には。



 そういうわたくしも現状に嘆くだけで、何も変えられない……お父様に逆らう事も出来ない愚か者よ。



 はぁ、謀叛の原因が父上は私を愛してくれていないのだ……って何? 馬鹿なの?
 子供じゃあるまいし、良い加減にして欲しいわ。そんなくだらない感情で、この悲劇を起こしたエリオノールは大罪人よ!


 そんな男に下げ渡されたわたくしの気持ちなんて、誰も分からないでしょうね! ああ、もう腹立たしいわ!



 その瞬間、ノックの音が聞こえた。わたくしが誰かと問うと、ボナですと返ってきたので、わたくしは入室を許可した。


 ボナは、わたくしが王宮から連れてきた乳母である。ボナは溜息を吐きながら、部屋に入ってきた。



「何よ、その顔は……お説教はいらないわよ」
「姫様、腹をお括りなさいな」
「嫌よ! あんな犯罪者に嫁がなければならないわたくしの身にもなってよ!」


 わたくしが怒鳴ると、ボナはわたくしの隣に座り、手を握ってくれた。そして宥めるように言葉を続けた。


「姫様、嫁ぐ前日に国王陛下が仰られた事を覚えていますか?」
「ええ、エリオノール・プロヴェンツァの子を生み、プロヴェンツァ家を乗っ取れでしょう」
「そうです。それなのに、この様に拒んでいれば、御子など生まれませんよ」


 そんな事は分かっているわ。わたくしだとて、子供はコウノトリが運んでくるだなんて思ってやしないわ。


「だけれど嫌なのよ! どうしても嫌! あんな犯罪者に触れられるなんて、おぞまし過ぎるわ!」
「姫様……、犯罪者ではありません。プロヴェンツァ公爵です」
「犯罪者よ!」


 罪のない多くの人をあんなに殺しておいて、己は身分と大義名分を抱え、何もかも許されるなんておかしいわ。


「そんな事を言えば、お父上の国王陛下も犯罪者になりますが……?」
「そうね、わたくしはお父様も嫌いよ。お父様は、女性を性欲処理か政治の道具くらいにしか思っていない方だし、利用価値のない人間が死ぬ事も厭わない方だもの。犯罪者を既に通り越しているわ。常々、地獄に落ちれば良いのにって願っているのに、一向に落ちてくれないのよ」
「姫様……」


 ボナが唖然とし、大きな溜息を吐いた。わたくしだとて、こんな事を王宮内で言えば、王女といえど、お父様の不興を買って殺されてしまう事くらい分かっているわ。


 だけれど、此処はプロヴェンツァ城だもの。大丈夫よ。それにボナしかいないし。



「では、王太子殿下からのご命令も覚えていらっしゃいますか?」
「勿論、覚えているわ。見聞きした事を全て報告しろでしょう」
「情報を引き出すには寝所の中が一番ですよ」
「嫌よ!」


 王太子殿下は、恐らくエリオノールの弱味でも握るつもりなのだろう。とことん、愚かな男。今後もエリオノールは、王族に搾取されていくのでしょうね、



「姫様、プロヴェンツァ家を己のものにしてしまいなさい。その為には我慢も必要ですよ」
「子供なんて生んだって無駄よ! エリオノールは神託を下せる能力なんてないじゃない! 王都ではさもあるかの様に振る舞っているけれど、わたくし此方に来てから真実を聞いたのよ! このまま、その力がない状態が続けば、プロヴェンツァ家は衰退していくわ。お父様は、沈みゆく船にわたくしを放り込んだのよ」



 プロヴェンツァ家は、その能力を守る為に近親婚を繰り返していたと聞くわ。それなのに、ただでさえ神託を下せる能力がない上に、わたくしとの間に子供を作って、更に血を薄めてどうするのよ。


 ベアトリーチェ姫と王太子殿下も同じ事だわ。他の血を入れて、果たして神託を下せる者が生まれるかしら?
 ある意味、賭けではなくて? そんなものに、巻き込まないで欲しいわ。


 わたくしは、ブスッとしながらボナを睨んだ。ボナだって、わたくしが嫁がされると決まった時、可哀想にと一緒に泣いてくれたのに……。
 此処に来た途端、お務めですよってどういう事よ……。


「ボナ、わたくしは絶対に嫌なの。おぞましいの。あんな男に触れられるくらいなら獅子に体を引き裂かれた方がまだマシよ」
「姫様、流石にそれは……」



 ボナが目を瞬いている。己でも馬鹿げた事を言っているのは分かっている。でも、それぐらい嫌なのだ。分かって欲しい。


「どうして分かってくれないの?  嫌なの……どうしても嫌なの……」


 わたくしは堪らず泣き出してしまった。すると、ボナはわたくしを子供を宥めるように優しく抱き締めてくれた。


「姫様、私も悔しいのです。けれど、この家の中で姫様がお立場を確立する為には、御子を生すしかないのです。私は姫様が日陰に追いやられるのは絶対に嫌なのです」



 エリオノールには、3人の側室がいたらしい。そのうち、1人はプロヴェンツァ家の血を引く分家の者だったみたいだけれど、今回の騒動でエリオノールに殺されたらしい。

 エリオノールはそういう男なのよ。己の妻たちでさえ、いとも簡単に殺してしまえる。本当に気持ち悪いわ。


「姫様、もしもご側室のどちらかに御子が生まれてしまい、その御子が神託を下す事の出来る者だった場合、姫様のお立場は危うくなります。私は、それが心配なのです」
「頭では分かっているのよ。でも、納得はしても理解は出来ないの。理解したくないの」
「姫様……」


 わたくしだとて分かっているわ。エリオノールが、わたくしを道具の様に見ている様に、わたくしもエリオノールを道具の様に見てやれば良いって事ぐらい。


 わたくしがプロヴェンツァ家で立場を確立する為に、エリオノールを利用すればいい事くらい分かっているのよ。


 だけれど、頭と心は別物だわ。そんな簡単に切り離せないのよ。考え方が子供かもしれないけれど、そんな簡単に割り切れないのよ。
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