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第一章 王太子妃

2.政略結婚

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 そして、とうとうわたくしのが相手が決まったそうです。わたくしは、生家を離れる寂しさや不安……お父様から聞かされた話で、心の中がぐちゃぐちゃになり、ここ数日ずっと眠れていません。



「ベアトリーチェ。王子殿下に嫁がないと聞いたけど本当かい?」



 婚姻の話のために、お父様のお部屋に向かおうとしていたわたくしをエリオノールお兄様が呼び止めました。



 この優しいお兄様が、いずれ皆を殺す?



「お兄様…、これからは、お父様との喧嘩はやめて仲良くして下さると約束して下さい。そうでなければ、わたくしは安心して嫁ぐ事が出来ません。どうか……わたくしへの餞別だと思い、仲良くして下さいませ」




 わたくしがお兄様のお召し物をギュッと掴んで泣き出すと、お兄様が抱きしめて下さいました。ですが、お兄様の茶色の目が揺れています。
 わたくしが、その目をジッと見つめると、まるで約束なんて出来ないとでも言うかのように、わたくしから目を逸らすお兄様に、わたくしは更に悲しくなりました。


 お兄様がわたくしを抱き締めて下さる時に当たる束ねた真紅の髪をくすぐったいと思う事は、もうないのですね……。
 この方は、たった今からわたくしの敵なのですね……あの謀叛は、どうしても避けられないのですね……。



 わたくしは、ひとつ息を吐いて、お兄様から離れました。



「ベアトリーチェ?」
「お兄様、覚えておいて下さい。お父様やお母様に何かをしたら、絶対に許しません。何処からでも、わたくしは貴方を殺すために駆けつけるでしょう」



 お兄様は、とても驚いた顔をした後、拳を握り下を向き、覚えておこうと仰いました。










 その後、お父様のお部屋に行くと、お母様もいらっしゃいました。わたくしと同じセレストブルーの髪を綺麗に結い上げ、わたくしに優しく微笑んで下さいました。けれど、わたくしと同じ色をした若草色の瞳が心配そうに揺れています。



「ベアトリーチェ、万が一……王族が無理難題を押し付けてきた場合、跳ね除けるのはやめて従いなさい」
「ジュリーア!!」


 その瞬間、お父様の怒号が部屋に響き、わたくしは飛び上がってしまいました。



「貴方は何を考えているのですか? カタルーニャ侯爵家に嫁がせるなんて……。家格を落とす事にもなりますし、一介の侯爵家が王族に対抗できるとは思えません」



 カタルーニャ侯爵家……。
 それがわたくしが嫁ぐところなのですね……。



 好きになれそうな方なら良いのですけれど……。
 わたくしも、どうせ嫁ぐなら幸せになりたいのです。その為に初恋は捨てます。だから、せめて優しい方なら嬉しいのです。




「王族からの無理難題に打ち勝ってこそ、ベアトリーチェの成長が望めるものだ」
「いいえ、わたくしは反対ですわ! わざわざ、愛娘を戦場に送り出すなど……。それも負けが分かりきっているのです! お願いですから、今からでも考え直して下さい! ベアトリーチェを最初から殿下に嫁がせて下さい。それが一番平和です」



 お母様は、わたくしを王室に嫁がせたいのですね……。


 お母様がお父様に縋り付くと、お父様はお母様の頬を打ちました。


「お父様! 何をなさるのですかっ!?」
「ベアトリーチェは強くならなければならん。ただ普通に嫁ぎ、殿下に大切にされていては駄目なのだ。ベアトリーチェ自身の力で這い上がり、立つ事が出来ねばならぬのだ!」



 何故、お父様は……そこまで戦う事にこだわるのでしょう……。
 わたくしは、お母様の頬を冷やしながら、お父様の茶色の瞳をじっと見つめました。



「何故、お父様は……わたくしに強さを求めるのですか?」
「本当に分からんのか? 其方が王族に嫁ぐことの危うさを……」
「危うさ……?」



 わたくしが首を傾げると、お父様はこの国の仕組みについて、お話をし始めました。


 この国は代々、神々と密接に関わった祭政一致さいせいいっちの政治です。いわゆる神権政治というものでしょうか。
 プロヴェンツァ家の当主が持つ能力は神々からの神託として、とても重要視されているのです。

 それ故に、代々神殿の祭祀を担ってきているのです。それ故にプロヴェンツァ家は王族に並ぶ影響力を持っているのです。



「その能力を万が一、王族が持ってしまえば、どうなると思うのだ? それはプロヴェンツァ家の衰退を意味すると分かっているのか?」
「ですが、ベアトリーチェを他家に嫁がせるのも衰退を意味しますわ。代々プロヴェンツァ家が血の純潔性を守ってきた意味がありません。プロヴェンツァの血が、今後薄まっていく可能性もあるという事を、貴方は理解しているのかしら?」



 お母様が、またお父様に噛み付くように突っかかったので、わたくしはお母様の手を掴み、取り敢えず話を聞きましょうとお願い致しました。



 これ以上、お父様を怒らせてはなりません。茶色の髪が、お怒りのせいか魔力を帯びて、少し色が変わっている気が致しますし。




「逆でも一緒だ。プロヴェンツァが王族の姫を娶り、王族の血を持つことも許されん。長年保っていた均衡が崩れてしまう」




 お父様は、王族がプロヴェンツァの力を手に入れれば、恐らくプロヴェンツァ家を潰すだろうと仰り、プロヴェンツァ家が王族の血と、その稀有けうな力を手に入れれば、正統性を主張し、クーデターを起こす事になるだろうと苦言を呈しました。




「そんな……考え過ぎでは?」
「色々な事を考えておかなければならんのだ。いざ、起きてしまってから、どうしようでは遅いのだぞ、ベアトリーチェ。強くなりなさい。何者にも負けぬ、王者の如き力を手に入れなさい」




 嗚呼、わたくしの初恋はそんなにも罪な事だったのですね……。





 こうして、わたくしは生まれ育った家を離れ、遠く離れたカタルーニャ家に嫁ぐ事が決まってしまいました。




 不安に胸をいっぱいにしながら、わたくしを乗せた馬車がカタルーニャ領に入ると、そこに住む方々が歓迎して下さいました。我が家の閉鎖的な領地とは違い、交易が盛んで、そこに住んでいる皆様の顔がとても明るく幸せそうでした。


 わたくしは、この様に領地を治める方となら、仲睦まじくやっていけるのではないかと、少し安堵致しました。
 わたくしは初恋の王子様を忘れ、カタルーニャ侯爵様を愛さねばなりません。その為にも、優しく素敵な方であって欲しいのです。




 そして、お城でわたくしを迎えて下さったご当主カルロ・カタルーニャ様は、わたくしより2つ上で、うなじまである銀色の髪が美しく、その髪色とは対照的な金の瞳が印象深い、物腰の柔らかい優しげな殿方でした。
 カルロ様の他には、カルロ様のお母様が優しげな微笑みで、わたくしを迎えて下さいました。カルロ様のお母様も、とても綺麗なオレンジ色の髪を華やかに編み上げ、そして目がカルロ様と同じ金の瞳でした。



「遠いところから、ようこそ来て下さいました。お疲れでしょう?  今日は、ゆるりとお休み下さいね」



 そう言って、カルロ様とカルロ様のお母様はわたくし付きの侍女を紹介して下さり、お部屋まで案内して下さいました。
 お部屋は煌びやかで女性が好みそうなピンクを基調としたものでした。そして居間を挟んで、わたくしの寝室とカルロ様の寝室がある作りになっています。



「ベアトリーチェ様のお好みが分からなかったので、年頃の女の子が好みそうなお部屋作りを心かげたのです。どうかしら?」


 生家で使われている調度品は高価な物であっても、煌びやかとは無縁で落ち着いた部屋でした。なので、わたくしはその可愛らしいお部屋をひと目で気に入ったのです。



「お心遣いありがとうございます。とても気に入りました」
「それは良かったわ。これからは、此処が貴方のお家です。遠慮などせず、何でも言ってくださいね。わたくしの子供は男ばかりでしょう。なので、娘が出来るのがとても嬉しいのですよ」



 そう言って微笑んで下さったお義母様の優しさをわたくしは今でも忘れません。
 そして、この時わたくしは誓いました。もしもこれから先何があろうとも、お兄様の好きにはさせないと……。絶対に、お兄様を屈服させ、王族とも上手に平和に渡り合って見せると……。
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