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兄からもらった学生時代の写真
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数日後、侑奈は兄にあまり玲子に話さないでほしいと言うために、四ヶ月半ぶりくらいに実家に帰っていた。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
玄関の扉を開けると、佐藤が笑顔で出迎えてくれる。彼女は我が家の家事を担ってくれているお手伝いさんだ。物心ついたときからいるので、第二の母のような安心感があり、侑奈は彼女の笑顔につられてふにゃりと笑った。
(佐藤さんの顔を見るのが、すごく久しぶりな気がするわ)
実際かなり久しぶりだ。実家と侑奈が働いている四條の屋敷は徒歩圏内なので、最初はすぐ逃げ帰ると思っていたのだが、当初の予想に反して隆文がとても優しいので帰りたい気持ちになったことは一度もない。
「佐藤さん、ただいま。お兄様帰ってる?」
「はい。キッチンにいらっしゃいますよ」
佐藤に問いかけると、すぐに答えが返ってくる。兄の帰宅を確認して、侑奈はホッと胸を撫で下ろした。
(いてくれて良かったわ)
兄から実家に戻る予定を聞いて侑奈も日程を合わせたのだが、医師である兄は病院からの急な呼び出しで予定が狂うことも珍しくないので、会えないことは度々ある。
「夜勤明けでお疲れですから、あまり無茶を言ってはいけませんよ」
「無茶なんて言うつもりはないわ。それより、おじいさまがお兄様は仕事三昧だって言っていたけど、そんなに激務なの?」
「ええ。オンコールの対応や当直など、とてもお忙しくされているようですよ」
心配だとこぼす佐藤と兄の話をしながらキッチンへ向かう。すると、兄は難しい顔で書類を読みながら、お茶を飲んでいた。
「お兄様、せめて座ったら?」
キッチンで立ったままの兄に苦笑すると、兄が柔らかく笑った。
「おかえり。侑奈が僕に会いたいって言ってくるなんて珍しいね。どうしたの? ホームシックとか?」
「ただいま。それもあるけど、誰かさんが隆文から聞いた話を玲子さんに話しちゃうから文句を言いにきたの」
「ごめんごめん。決まって忙しいときに電話がかかってくるから、つい」
あははと笑う兄に、深い溜息をつく。
それはおそらく玲子の策略だろう。長電話を嫌う兄がさっさと情報を渡すと踏んで、わざわざ隆文ではなく兄に電話をかけているのだ。
「忙しいから今は話せないって、電話を切っちゃえばいいのに」
「そういうわけにはいかないよ。侑奈だって玲子さんからの連絡は無碍に扱えないだろう?」
「それは……」
(そうだけど……)
侑奈が言葉を詰まらせると、兄は部屋で話そうと言って手招きをした。自室へ向かう兄の後ろをついていきながら声をかける。
「でもお兄様こそ珍しいね、普段は私が会いたいって言ったくらいじゃ帰ってきてくれないのに……。本当のところ、どうしたの? とうとうおじいさまの雷が落ちたとか?」
「ははっ、まさか。三ヵ月後にあるパーティーのために帰ってきたんだ。衣装を新調したいって母さんがうるさくて」
「ああ、なるほど。私もそろそろ採寸や衣装選びをしようって、お母様から言われたわ。でも玲子さんが全部用意してくれるらしいから、私は採寸だけで良さそうよ」
今回の四條製薬のパーティーは講演会後に行う懇親会とIRを兼ねているので盛大だ。色々な企業の重鎮や大きな病院のドクターも招かれている。
(確かそこで私たちの婚約発表もする予定なのよね)
やっぱり兄は自分の願いで帰ってきてくれたんじゃなかったんだなと複雑な気持ちになりながら、侑奈は兄を見た。すると、部屋に入った兄が机の引き出しを開けて何枚かの写真を取り出す。
「お詫びにこれあげるから、今後も玲子さんに話しちゃうのは大目に見てよ」
「何それ?」
「高等部のときの文化祭の写真だよ。侑奈、誘ったのに来なかったでしょう。今は隆文と仲良くしているみたいだし、学生時代の隆文の写真をあげるよ」
「ありがとう……っ!」
玲子のことを無碍に扱えないのは侑奈も同じなので仕方がないかと考えながら渡された写真を受け取った途端、視界に飛び込んできたものにプハッと噴き出してしまう。
写真には隆文が女装している姿が写っていた。隆文がめちゃくちゃ嫌そうにしているのが絶妙に笑いを誘う。
「な、なにこれ……。隆文がセーラー服着てる……!」
「二年生のときの出し物で女装カフェをしたんだ。隆文はスケバン、僕はギャルだったかな」
「本当だ! わぁ、すごい!」
兄の言葉でほかの写真も見ると、恥ずかしがっている隆文とは違い、ノリノリの兄が写っていた。
侑奈はそれを見てお腹をかかえて笑った。
「やだもう、こんなに楽しいことをしているなら呼んでよ」
「何度も誘ったよ。でも隆文がいるからって、うちの学校の行事には一切来なかったじゃないか」
「そうだったっけ?」
そういえば初等部までは兄たちと同じ学校だったが、隆文から逃げるために外部の女子校に進学してからは近寄ったことがなかったなと侑奈はぼんやりと考えた。
それにしても女装している兄はとても美しく、その自信満々な表情がなんとなく苛立ちを誘う。
(女装してるお兄様って、私より綺麗……なんかムカつく)
その後、侑奈はちゃんと休めるときに休んでねと兄に苦言を呈し、この写真で隆文を揶揄おうと足取り軽く四條の屋敷に戻った。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
玄関の扉を開けると、佐藤が笑顔で出迎えてくれる。彼女は我が家の家事を担ってくれているお手伝いさんだ。物心ついたときからいるので、第二の母のような安心感があり、侑奈は彼女の笑顔につられてふにゃりと笑った。
(佐藤さんの顔を見るのが、すごく久しぶりな気がするわ)
実際かなり久しぶりだ。実家と侑奈が働いている四條の屋敷は徒歩圏内なので、最初はすぐ逃げ帰ると思っていたのだが、当初の予想に反して隆文がとても優しいので帰りたい気持ちになったことは一度もない。
「佐藤さん、ただいま。お兄様帰ってる?」
「はい。キッチンにいらっしゃいますよ」
佐藤に問いかけると、すぐに答えが返ってくる。兄の帰宅を確認して、侑奈はホッと胸を撫で下ろした。
(いてくれて良かったわ)
兄から実家に戻る予定を聞いて侑奈も日程を合わせたのだが、医師である兄は病院からの急な呼び出しで予定が狂うことも珍しくないので、会えないことは度々ある。
「夜勤明けでお疲れですから、あまり無茶を言ってはいけませんよ」
「無茶なんて言うつもりはないわ。それより、おじいさまがお兄様は仕事三昧だって言っていたけど、そんなに激務なの?」
「ええ。オンコールの対応や当直など、とてもお忙しくされているようですよ」
心配だとこぼす佐藤と兄の話をしながらキッチンへ向かう。すると、兄は難しい顔で書類を読みながら、お茶を飲んでいた。
「お兄様、せめて座ったら?」
キッチンで立ったままの兄に苦笑すると、兄が柔らかく笑った。
「おかえり。侑奈が僕に会いたいって言ってくるなんて珍しいね。どうしたの? ホームシックとか?」
「ただいま。それもあるけど、誰かさんが隆文から聞いた話を玲子さんに話しちゃうから文句を言いにきたの」
「ごめんごめん。決まって忙しいときに電話がかかってくるから、つい」
あははと笑う兄に、深い溜息をつく。
それはおそらく玲子の策略だろう。長電話を嫌う兄がさっさと情報を渡すと踏んで、わざわざ隆文ではなく兄に電話をかけているのだ。
「忙しいから今は話せないって、電話を切っちゃえばいいのに」
「そういうわけにはいかないよ。侑奈だって玲子さんからの連絡は無碍に扱えないだろう?」
「それは……」
(そうだけど……)
侑奈が言葉を詰まらせると、兄は部屋で話そうと言って手招きをした。自室へ向かう兄の後ろをついていきながら声をかける。
「でもお兄様こそ珍しいね、普段は私が会いたいって言ったくらいじゃ帰ってきてくれないのに……。本当のところ、どうしたの? とうとうおじいさまの雷が落ちたとか?」
「ははっ、まさか。三ヵ月後にあるパーティーのために帰ってきたんだ。衣装を新調したいって母さんがうるさくて」
「ああ、なるほど。私もそろそろ採寸や衣装選びをしようって、お母様から言われたわ。でも玲子さんが全部用意してくれるらしいから、私は採寸だけで良さそうよ」
今回の四條製薬のパーティーは講演会後に行う懇親会とIRを兼ねているので盛大だ。色々な企業の重鎮や大きな病院のドクターも招かれている。
(確かそこで私たちの婚約発表もする予定なのよね)
やっぱり兄は自分の願いで帰ってきてくれたんじゃなかったんだなと複雑な気持ちになりながら、侑奈は兄を見た。すると、部屋に入った兄が机の引き出しを開けて何枚かの写真を取り出す。
「お詫びにこれあげるから、今後も玲子さんに話しちゃうのは大目に見てよ」
「何それ?」
「高等部のときの文化祭の写真だよ。侑奈、誘ったのに来なかったでしょう。今は隆文と仲良くしているみたいだし、学生時代の隆文の写真をあげるよ」
「ありがとう……っ!」
玲子のことを無碍に扱えないのは侑奈も同じなので仕方がないかと考えながら渡された写真を受け取った途端、視界に飛び込んできたものにプハッと噴き出してしまう。
写真には隆文が女装している姿が写っていた。隆文がめちゃくちゃ嫌そうにしているのが絶妙に笑いを誘う。
「な、なにこれ……。隆文がセーラー服着てる……!」
「二年生のときの出し物で女装カフェをしたんだ。隆文はスケバン、僕はギャルだったかな」
「本当だ! わぁ、すごい!」
兄の言葉でほかの写真も見ると、恥ずかしがっている隆文とは違い、ノリノリの兄が写っていた。
侑奈はそれを見てお腹をかかえて笑った。
「やだもう、こんなに楽しいことをしているなら呼んでよ」
「何度も誘ったよ。でも隆文がいるからって、うちの学校の行事には一切来なかったじゃないか」
「そうだったっけ?」
そういえば初等部までは兄たちと同じ学校だったが、隆文から逃げるために外部の女子校に進学してからは近寄ったことがなかったなと侑奈はぼんやりと考えた。
それにしても女装している兄はとても美しく、その自信満々な表情がなんとなく苛立ちを誘う。
(女装してるお兄様って、私より綺麗……なんかムカつく)
その後、侑奈はちゃんと休めるときに休んでねと兄に苦言を呈し、この写真で隆文を揶揄おうと足取り軽く四條の屋敷に戻った。
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