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第一部
32.損ねられた機嫌
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崖から降りると、隊長と補佐官は腰を抜かしているようだ。これでは、戦いにならぬな……。
まあ、ルキウスに斬りかかった時点で結界の餌食だが……。
私がどうするのだろうかと思いながら見ていると、ルキウスは補佐官の利き手、膝から下の脚を両方とも切り落としてしまった。むせ返るような血の匂いと、断末魔の声が辺りを支配した。
「ルイーザ様、見ない方が宜しいかと……」
私が目を見開いてルキウスの所業に呆れていると、近衛隊長が私にそう言って、後ろに控えるように言ったが、私は首を横に振った。
「殿下の側にいないと、いざという時に動くのが遅れては困りますから」
「殿下にはルイーザ様の結界もありますし、何よりあの御方はお強いので問題はないかと……。それに勝敗なら既についています」
まあな、ここからひっくり返る事はないだろうな。
私がそう思いながら、ルキウスたちを見ていると、敵側の隊長がルキウスに斬りかかった。自暴自棄になったのか、はたまた一矢報いようと思ったのかは分からぬが。
その瞬間、結界が作動し、幾重もの魔法陣がその者を文字通り八つ裂きにした。
「ふふっ、わたくしの結界は優秀ですわね」
私がそう笑うと近衛隊長が苦笑いをしたので、私は更にニッコリと微笑んだ。
悪いが、私はルイーザではない。血を見て泣くような女ではない。それに戦場は嫌いではないのだ。まあ、平和の方が良いに決まっているが……。
「ルイーザ! 転移させろ」
「畏まりました」
近衛隊長と無言で微笑みあっていたら、ルキウスに呼ばれ、私は転移の魔法陣を描き、氷漬けと隊長だったもの、それと一応生きている補佐官を転移させてやった。
「殿下、補佐官の手足を切り落とす必要はあったのですか?」
「クッ、報告する口さえあれば良いだろう」
「相変わらず容赦のないことだな」
私がついつい口調を偽らずに、そう言うとルキウスが私の腰を抱き、引き寄せたので、私は失敗したと思った。
怒られる……!
「ルドヴィカ、良くやった。褒めてやろう」
「え? 褒める?」
「さて、帰るとしよう。ルイーザ、帰れば婚儀だ。覚悟をしておけよ」
「へ? 婚儀?」
私が頭に疑問符を浮かべて、突っ立っているとルキウスに早くしろと怒鳴られたので、私が慌てて駆け寄ろうと思った瞬間、突然大勢の騎士たちが現れた。
何だ?
私が首を傾げながらルキウスの側へ行くと、こちら側の近衛隊や騎士たちが敬意を表したので、味方だという事は分かった。
「クッ、辺境伯か……」
「殿下、ご報告もなく、このような事をされては困りますぞ」
辺境伯? ヴェンツェルの子孫か。
全然似ていないのだな。赤茶の髪にグレーの瞳のヴェンツェルとは違うアッシュグレーの髪と茶色の瞳……そして、顔も全然似ていない。体格も違う。ヴェンツェルの方が筋肉質で背も高く体も大きい。
この辺境伯……筋肉質ではあるだろうが、圧倒されるほどの体の大きさもなく、一見すると細身だ。まあ、ルキウスも一見すると細身の優男だが、筋肉は凄くついているしな……パッと見では分からぬものだ。
ルキウスはマルクスに生き写しなのに……この辺境伯はヴェンツェルの面影ゼロだな。何だか残念だ。
「ルイーザ! おい! ルイーザ!」
「は、はい!」
私が辺境伯を見ながら、ぼんやりとそんな事を考えていると、ルキウスに怒鳴るように呼ばれて、ハッとした。
「辺境伯邸で休んで行けとの事だ。呆けてないで行くぞ」
「はい」
私が慌てて馬に乗っているルキウスに近寄ると、馬上から手が伸びて来て、片手で体を持ち上げられたので、私は息が止まりそうなくらいビックリした。
こ、子供を抱き上げるのとは訳が違うのだぞ……。
「何だ? どうかしたか?」
「あ……いえ……」
私はルキウスが思ったよりも力持ちで、普通にビックリしてしまい、ルキウスの前に座らせられた後も、ジッとルキウスを見つめてしまっていた。
「ルイーザ様は本当にルドヴィカ様に生き写しですな。当家の肖像画のままなので、とても驚きました」
「建国の魔女ルドヴィカが皇城を出た後、そちらで世話になっていたそうではないか……。言っておくが、ルドヴィカは我が皇室のものだ」
「何の事を仰られているのか分かりませんな」
うう……圧が凄い……。
2人とも、にこやかに話しているが、全然笑えていないからな……。
「そういえば、殿下。以前、ご寵姫様と初代の墓へ参られたと報告を受けましたが、ルイーザ様でお間違いないでしょうか?」
「我が寵姫はルイーザしかおらぬ。私はこの姫の魅力に溺れているのだ。他の女など目にも入らぬ」
おーい。嘘をつくな、嘘を。
ルイーザの頃から思っていたが、息をするように嘘をつく男だな、此奴は。
愛してもいないくせに、ルイーザを騙していたし……。私にも……平気で愛しているという嘘をつくし。
ああ、ムカつく男だ。この嘘つきめ。
辺境伯邸に入ると、目の前に大きな階段があり、その踊り場にバーンと大きな絵が目に飛び込んできた。
私が椅子に座り、ヴェンツェルが後ろから私の両肩に手を回し抱きついている、とても仲睦まじそうな絵だ。
ルキウスの顔色が一瞬変わったのを見てしまった私は、何故この絵なのだと叫びたくなった。私が椅子に座り、ヴェンツェルがその横に普通に立っているバージョンの絵も描いてもらったではないか。飾るならせめて、そっちだろう!
「ルドヴィカは、初代辺境伯と仲睦まじかったのだな」
「ええ、そうらしいですな。建国に携わった者同士なので、とても仲が良かったと思われます」
今のは恐らく私に向けた言葉だろうな……。声音がとても低く感じるのは私だけだろうか……。
その後、昼食を頂いたのだが、此処でも辺境伯はルキウスの機嫌を盛大に損ねてくれた。
「昼食はルドヴィカ様がお好きだと伝わっているものに致しました。ルイーザ様は、ルドヴィカ様に生き写しですし、お口に合うかと思いまして……」
「え、ええ……これはわたくしも好きなので、とても嬉しいです……」
私の好物ばかりが用意されていて、本当なら小躍りするほどに嬉しいのだが、ルキウスの機嫌が悪いのがヒシヒシと伝わってくるせいか、喉が詰まりそうだ。
何故、皆は気付かないのだ。何故、和やかにしていられるのだ。どこから見てもルキウスの機嫌が最悪なのに……。
昼食後、ルキウスが朝から私に無理をさせたので休ませたいと言ったせいで、一室が用意され、ご丁寧に人払いまでされてしまったので、私は悪い予感しかしなかった。
殴られる……絶対に殴られる……。
ああ……何故、辺境伯が突然現れたのだ。あのまま普通に帰っていれば、ルキウスの機嫌は良かったのに……。
だって褒めてやると言っていた……それなのに、辺境伯が余計な事ばかり言うから、ルキウスが怒ってしまったではないか。
それに極め付けは、あの絵だ。何とかならないだろうか……。
「ルドヴィカ」
「は、はい!」
私は声が上擦りながら、返事をした。
うう……ルキウスの目が怖い。
私はこちらに来いと言われたので、取り敢えず大人しくしておこうと思う。これ以上、怒らせたら血をみるだけだ。
「ルドヴィカ……其方は誰のものだ?」
「ルキウスのもの……なのだろう?」
私をベッドに押し倒し、そう問うたので、私がそう聞き返すと、ルキウスは私のローブをカットラスで切り裂き、更にカットラスを突き立てたので、私は開いた口が塞がらなかった。
このローブ気に入っていたのに!
このローブは……表地は黒だが、裏地はまるで山葡萄の熟した実のような暗い赤紫色で、とても気に入ってたのだ。師匠から頂いたものだったのに……。
ルキウスなんて嫌いだ! 魔法で元通りに出来るからと言って、して良い事と悪い事があるぞ。
まあ、ルキウスに斬りかかった時点で結界の餌食だが……。
私がどうするのだろうかと思いながら見ていると、ルキウスは補佐官の利き手、膝から下の脚を両方とも切り落としてしまった。むせ返るような血の匂いと、断末魔の声が辺りを支配した。
「ルイーザ様、見ない方が宜しいかと……」
私が目を見開いてルキウスの所業に呆れていると、近衛隊長が私にそう言って、後ろに控えるように言ったが、私は首を横に振った。
「殿下の側にいないと、いざという時に動くのが遅れては困りますから」
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私がそう思いながら、ルキウスたちを見ていると、敵側の隊長がルキウスに斬りかかった。自暴自棄になったのか、はたまた一矢報いようと思ったのかは分からぬが。
その瞬間、結界が作動し、幾重もの魔法陣がその者を文字通り八つ裂きにした。
「ふふっ、わたくしの結界は優秀ですわね」
私がそう笑うと近衛隊長が苦笑いをしたので、私は更にニッコリと微笑んだ。
悪いが、私はルイーザではない。血を見て泣くような女ではない。それに戦場は嫌いではないのだ。まあ、平和の方が良いに決まっているが……。
「ルイーザ! 転移させろ」
「畏まりました」
近衛隊長と無言で微笑みあっていたら、ルキウスに呼ばれ、私は転移の魔法陣を描き、氷漬けと隊長だったもの、それと一応生きている補佐官を転移させてやった。
「殿下、補佐官の手足を切り落とす必要はあったのですか?」
「クッ、報告する口さえあれば良いだろう」
「相変わらず容赦のないことだな」
私がついつい口調を偽らずに、そう言うとルキウスが私の腰を抱き、引き寄せたので、私は失敗したと思った。
怒られる……!
「ルドヴィカ、良くやった。褒めてやろう」
「え? 褒める?」
「さて、帰るとしよう。ルイーザ、帰れば婚儀だ。覚悟をしておけよ」
「へ? 婚儀?」
私が頭に疑問符を浮かべて、突っ立っているとルキウスに早くしろと怒鳴られたので、私が慌てて駆け寄ろうと思った瞬間、突然大勢の騎士たちが現れた。
何だ?
私が首を傾げながらルキウスの側へ行くと、こちら側の近衛隊や騎士たちが敬意を表したので、味方だという事は分かった。
「クッ、辺境伯か……」
「殿下、ご報告もなく、このような事をされては困りますぞ」
辺境伯? ヴェンツェルの子孫か。
全然似ていないのだな。赤茶の髪にグレーの瞳のヴェンツェルとは違うアッシュグレーの髪と茶色の瞳……そして、顔も全然似ていない。体格も違う。ヴェンツェルの方が筋肉質で背も高く体も大きい。
この辺境伯……筋肉質ではあるだろうが、圧倒されるほどの体の大きさもなく、一見すると細身だ。まあ、ルキウスも一見すると細身の優男だが、筋肉は凄くついているしな……パッと見では分からぬものだ。
ルキウスはマルクスに生き写しなのに……この辺境伯はヴェンツェルの面影ゼロだな。何だか残念だ。
「ルイーザ! おい! ルイーザ!」
「は、はい!」
私が辺境伯を見ながら、ぼんやりとそんな事を考えていると、ルキウスに怒鳴るように呼ばれて、ハッとした。
「辺境伯邸で休んで行けとの事だ。呆けてないで行くぞ」
「はい」
私が慌てて馬に乗っているルキウスに近寄ると、馬上から手が伸びて来て、片手で体を持ち上げられたので、私は息が止まりそうなくらいビックリした。
こ、子供を抱き上げるのとは訳が違うのだぞ……。
「何だ? どうかしたか?」
「あ……いえ……」
私はルキウスが思ったよりも力持ちで、普通にビックリしてしまい、ルキウスの前に座らせられた後も、ジッとルキウスを見つめてしまっていた。
「ルイーザ様は本当にルドヴィカ様に生き写しですな。当家の肖像画のままなので、とても驚きました」
「建国の魔女ルドヴィカが皇城を出た後、そちらで世話になっていたそうではないか……。言っておくが、ルドヴィカは我が皇室のものだ」
「何の事を仰られているのか分かりませんな」
うう……圧が凄い……。
2人とも、にこやかに話しているが、全然笑えていないからな……。
「そういえば、殿下。以前、ご寵姫様と初代の墓へ参られたと報告を受けましたが、ルイーザ様でお間違いないでしょうか?」
「我が寵姫はルイーザしかおらぬ。私はこの姫の魅力に溺れているのだ。他の女など目にも入らぬ」
おーい。嘘をつくな、嘘を。
ルイーザの頃から思っていたが、息をするように嘘をつく男だな、此奴は。
愛してもいないくせに、ルイーザを騙していたし……。私にも……平気で愛しているという嘘をつくし。
ああ、ムカつく男だ。この嘘つきめ。
辺境伯邸に入ると、目の前に大きな階段があり、その踊り場にバーンと大きな絵が目に飛び込んできた。
私が椅子に座り、ヴェンツェルが後ろから私の両肩に手を回し抱きついている、とても仲睦まじそうな絵だ。
ルキウスの顔色が一瞬変わったのを見てしまった私は、何故この絵なのだと叫びたくなった。私が椅子に座り、ヴェンツェルがその横に普通に立っているバージョンの絵も描いてもらったではないか。飾るならせめて、そっちだろう!
「ルドヴィカは、初代辺境伯と仲睦まじかったのだな」
「ええ、そうらしいですな。建国に携わった者同士なので、とても仲が良かったと思われます」
今のは恐らく私に向けた言葉だろうな……。声音がとても低く感じるのは私だけだろうか……。
その後、昼食を頂いたのだが、此処でも辺境伯はルキウスの機嫌を盛大に損ねてくれた。
「昼食はルドヴィカ様がお好きだと伝わっているものに致しました。ルイーザ様は、ルドヴィカ様に生き写しですし、お口に合うかと思いまして……」
「え、ええ……これはわたくしも好きなので、とても嬉しいです……」
私の好物ばかりが用意されていて、本当なら小躍りするほどに嬉しいのだが、ルキウスの機嫌が悪いのがヒシヒシと伝わってくるせいか、喉が詰まりそうだ。
何故、皆は気付かないのだ。何故、和やかにしていられるのだ。どこから見てもルキウスの機嫌が最悪なのに……。
昼食後、ルキウスが朝から私に無理をさせたので休ませたいと言ったせいで、一室が用意され、ご丁寧に人払いまでされてしまったので、私は悪い予感しかしなかった。
殴られる……絶対に殴られる……。
ああ……何故、辺境伯が突然現れたのだ。あのまま普通に帰っていれば、ルキウスの機嫌は良かったのに……。
だって褒めてやると言っていた……それなのに、辺境伯が余計な事ばかり言うから、ルキウスが怒ってしまったではないか。
それに極め付けは、あの絵だ。何とかならないだろうか……。
「ルドヴィカ」
「は、はい!」
私は声が上擦りながら、返事をした。
うう……ルキウスの目が怖い。
私はこちらに来いと言われたので、取り敢えず大人しくしておこうと思う。これ以上、怒らせたら血をみるだけだ。
「ルドヴィカ……其方は誰のものだ?」
「ルキウスのもの……なのだろう?」
私をベッドに押し倒し、そう問うたので、私がそう聞き返すと、ルキウスは私のローブをカットラスで切り裂き、更にカットラスを突き立てたので、私は開いた口が塞がらなかった。
このローブ気に入っていたのに!
このローブは……表地は黒だが、裏地はまるで山葡萄の熟した実のような暗い赤紫色で、とても気に入ってたのだ。師匠から頂いたものだったのに……。
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