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結界の中で

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「それではわたくし共の方も、順番に紹介させていただきますわね。
まずこちらが副会長を務める三輪みのわ祥子しょうこさま。
会計の清水しみず月乃つきのさま。
風紀の吉野よしの聖良せいらさま。
そして書記の白妙しろたえ雅也まさやさま。以上5名です。」

それぞれ、名を呼ばれるたびにお辞儀をしてくれる。
なんともいえない優美な所作で。
おれはうっとりと見とれてしまった。
会計の鴻池こうのいけ先輩のからかうような声が上がった。

「小山田、お前はまたぼーっとして。
先日の打ち合わせでは実はこいつが一番張り切っていたんですよ。
それが急に体調不良になって、皆さんにお会いできなくてがっかりしていたんです。
多少抜けたところはありますが良い奴です。
どうか仲良くしてやってください。」

「ええ、もちろん喜んで」
そう言って、唯一の男性Ωの白妙君がにこやかに握手をするために手を差し出してくる。
それはまさに白魚しらうおの手で、すこし大きめの女性のそれにしか見えなかった。
そして握ってみると柔らかい感触で、骨ばった男の手とは明らかに違った。

白妙君との握手を皮切りに、
「こちらこそ宜しくお願いいたしますわ。」
「小山田様、どうぞ仲良くしてくださいましね。」
「お目にかかれてうれしく思いますわ。」
他の桜花生徒会の女の子たちも口々に挨拶をしてくれた。

「よろしくお願いします。」
俺も彼女たちに言葉を返し、無事に挨拶を終えたのだった。
その時だった。

「小山田。ここに来た時も感じたが、少し顔が赤くないか?」
急に庄司が心配そうな声をかけてきた。

「そっ、そうか!?」

多分、桐生の言葉攻めの後遺症だろう。
指摘された俺はどぎまぎして、声が裏返ってしまった。
それに、あれからますます桐生の顔がまともに見られないでいた。

すると、朝倉会長が
「日に当たりすぎたか。
ふらふらほっつき歩くからそうなる。席にさっさと座れ。」

そう言って席を示した。
それを見て俺は目が点になってしまった。
空いていたのは朝倉会長のすぐ左隣だったからだ。

ちなみに会長の右隣は柘植つげ副会長だった。
いやその並びなら、左隣は大河内おおこうち副会長だろうがよ。
書記(仮)の俺が、なんでそこに座るんだよ、いたたまれねーよ!
しかしそんな俺の心の叫びなど、誰一人意に介するものはいなかった。

本来そこに座るべきだった大河内副会長は、席次のことなど気にしていないようで、隣のテーブルに座って、
「あの子に冷たい飲み物をもっていってやってください。」

などと穏やかな口調で給仕係にオーダーをしている。
隣のテーブルから、「小山田、レモネードでいいか?」というので、先輩あざす、と言っておいた。

ほんとにこの席に座って良いのかと真剣に悩んでいたら、朝倉会長が俺の顔を覗き込んできた。

「どうした小山田、面白い顔をして。
ん?なんだか元気がないな。腹でも減ってるのか?
なにか摘まめるものを持ってきてもらうか。」

そんなことを言われてしまった。
なんだろう、水と餌の世話をされる地域猫を疑似体験している気分だった。

「あざす。でも腹は減ってないっす。さっき桐生にもらったのを食いました。」

そう言って、とりあえず席に座ってみると、テーブルには、黒須蝶子会長と、白妙雅也君がいた。

「小山田様、それはお口に合いましたでしょうか?」

とても柔らかな声がかけられて、声の主を見てみると、白妙雅也君だった。
白妙君は、ゆるくウエーブした色素の薄い茶髪をしていて、瞳もヘーゼルがかった色をしていた。
まるで西洋人形のような美しさで、同じ男にはとても思えなかった。

「えっ。どれもものすごく旨かったっす。」

どぎまぎしながら美味しかった料理を思い出し、俺は答えた。
すると、白妙君はふんわりと控えめな微笑みを浮かべた。
男だけど、大和撫子って正にこんなイメージだと俺は思った。

「それは良かった。
こちらの食事は我が家が経営する料亭でご用意させていただいたものなのです。
喜んでいただけたと家のものに報告ができます。」

「白妙君の家の料亭で・・・そうだったんすか。
ほんとに美味しかったっす。
白妙君のお家の方にも、ありがとうございました。」

「ふふっ、どうか雅也とお呼びください。」

キラキラとした瞳を向けて俺に微笑みかける白妙君。
彼の周りに花びらが舞い散る幻影を、そのとき確かに俺は見た。
気が付けば俺は無意識に、かつて誰かが言っていた言葉を復唱していた。
「男も女も、関係、ない・・・」

その時少し離れた席に座って、桜花の子と談笑していた桐生がピクリと動いたことに、俺は気が付かなかった。

それから白妙君としばらく話したが、白妙君は聞き上手で、俺のつまらない話にも楽しそうに相槌をうってくれて、意外なほど緊張しないで楽しい時間が過ごせたのだった。
ただ何故か白妙君とおしゃべりをしている間、俺はただならぬ冷気を感じつづけていた。

原因不明の悪寒に絶えずおそわれていたのと、周りからやたら飲まされた水分が良くなかったのかもしれない、しばらくしたら尿意を催してしまった。

俺は白妙君に中座することを告げて、洋館の建物の中のトイレに駆け込んだのだった。
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