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掌中の珠を乞う男
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「桐生のご隠居が車椅子を使っていたのは知らなかったな・・・」
「それが不思議なんすよ!
書類を秘書みたいな人が役所に提出しに出て行ったら、桐生のじいちゃんが今日は結婚祝いじゃ!っていきなり点滴外して元気になって。
それから宴会がはじまったんすけど、そんとき桐生のじいちゃん普通に歩き回ってたんすよ!」
「・・・だろうね・・・。」
「先生、俺はじめて奇跡ってやつをみたのかも。」
「うん。人体の神秘だね・・・」
「病気は気からって、ほんとなんすね~」
それは城田の口から無意識に出たつぶやきだった。
「・・・やられたなぁ・・・」
「なんかすいません。アラサーの先生差し置いて、俺が先超すみたいに結婚しちゃって・・・」
申し訳なさそうに眉毛を下げた小山田の顔を、少し切なそうな顔で見つめながら城田は言った。
「しかたないね・・・。でもそうかぁ、慎吾君はもう人妻かぁ・・・幼妻だ。」
それを聞いた小山田は微妙な顔をして抗議した。
「なんかそれどっちも響きが嫌なんすけど・・・。」
そして、心なしか元気を失ったように見える城田を力づけるようにハキハキと言葉をかけた。
「俺、先生にも素敵な男性Ωの看護師さんとの出会いがあるように願ってるっす。
先生は黙っていれば凄まじいイケメンなんだから、きっといい人が現れますよ!」
「・・・ありがとう。でも、少しでも嫌なことがあったら戻ってきて良いからね。」
「いや、ここ俺の実家じゃないんで。」
そんな風に小山田としゃべりながら、幸之助は、しばらく前に交わした義母との会話を思い出していた。
ちょっとした用事を済ませるために城田本家に立ち寄った時に、待ち構えていたように幸之助の前に立った義母。
そんな義母が幸之助に単刀直入に問うたのだった。
「幸之助さん、あの子供との婚約はいつごろになりまして?」
めずらしく浮き立った様子でそんなことを聞いてくる義母に、幸之助は少々驚いていた。
やんごとなきαの姫君である義母の機嫌がこれほど良いことなど、見たことがなかったからだ。
常と違う義母に、幸之助は少々慎重に口を開いた。
「あの子供とは…この間の協力者の子ですか?
婚約…もしかして僕と彼のことをおっしゃているのでしょうか。」
それを聞いた薔子の口から出たのは、なにを決まりきったことを、といわんばかりのあきれ声だった。
「そうよ?あの子の婚約指輪をつくるときは、必ずわたくしに相談して頂戴。
あなたのことだから、どうせまた似合わないものをあの子に与えてしまうに決まっているもの。
ウフフ、実はこの間、あの子にぴったりな石を見つけたのよ。
デザインを決めたり、指輪に仕立てるにも時間がかかるでしょう、だからできるだけ早めにあの子をここに呼んで──」
「いえ、慎吾君はそういうのではありませんが・・・」
それを聞いた薔子は目を見開いた。
「・・・幸之助さん、あなた・・・」
そう言ったきり、言葉は続かなかった。
やがて幸之助をまじまじと見た薔子だったが、深いため息をもらしてようやく口を開く。
「・・・あなたってそういうところがやっぱりだめなのよねぇ。自分のことにはてんで鈍くて。
間抜けにも程があるわ。」
それから扇子の先で幸之助の心臓の辺りをトン、と軽く押し当てて囁いた。
「・・・後悔してもしらなくてよ?」
小山田の結婚報告を聞きながら、薔子の最後の言葉を反芻した幸之助は心の中で呟いていた。
・・・ああ義母上、本当に。
貴女がおっしゃる通りでしたよ───
ならば、せめて。
「慎吾君、壊れてしまったその真珠は僕に引き取らせて欲しい。」
「え、何でですか?」
「君の話を聞いていたら、僕もこの黒真珠が忍びなくなってきてね・・・
手元に置いて大事にしてやりたくなったんだ。」
「先生も、こいつの為に・・・あざす。」
「その代わりに、同じものをまた贈らせてもらえないかい?もちろん身に付けてくれなくていい。君が持っていてくれればそれで。」
「いや、それは・・・」
「それでたまにそれを見た時に、壊れた真珠を思い出してあげてほしいんだ。
僕が贈ったその真珠が、かつて君の身を飾っていたことを覚えていてあげられるのは、君と僕だけしかいないと思うから。」
「先生とこいつの弔いをするって事・・・?」
傷だらけの真珠を見つめていた小山田は小さく頷くと、城田に手渡した。
城田は手のひらに載せられた傷だらけの無価値な真珠に目を落とすと、そっと包み込むように閉じ込めた。
それは城田幸之助に新しい情緒が芽生えた奇跡の瞬間だった。
「きっとこいつも浮かばれます。」
神妙な顔をしてそんなことを言う小山田には、当然伝わるはずはなかったけれど。
「それが不思議なんすよ!
書類を秘書みたいな人が役所に提出しに出て行ったら、桐生のじいちゃんが今日は結婚祝いじゃ!っていきなり点滴外して元気になって。
それから宴会がはじまったんすけど、そんとき桐生のじいちゃん普通に歩き回ってたんすよ!」
「・・・だろうね・・・。」
「先生、俺はじめて奇跡ってやつをみたのかも。」
「うん。人体の神秘だね・・・」
「病気は気からって、ほんとなんすね~」
それは城田の口から無意識に出たつぶやきだった。
「・・・やられたなぁ・・・」
「なんかすいません。アラサーの先生差し置いて、俺が先超すみたいに結婚しちゃって・・・」
申し訳なさそうに眉毛を下げた小山田の顔を、少し切なそうな顔で見つめながら城田は言った。
「しかたないね・・・。でもそうかぁ、慎吾君はもう人妻かぁ・・・幼妻だ。」
それを聞いた小山田は微妙な顔をして抗議した。
「なんかそれどっちも響きが嫌なんすけど・・・。」
そして、心なしか元気を失ったように見える城田を力づけるようにハキハキと言葉をかけた。
「俺、先生にも素敵な男性Ωの看護師さんとの出会いがあるように願ってるっす。
先生は黙っていれば凄まじいイケメンなんだから、きっといい人が現れますよ!」
「・・・ありがとう。でも、少しでも嫌なことがあったら戻ってきて良いからね。」
「いや、ここ俺の実家じゃないんで。」
そんな風に小山田としゃべりながら、幸之助は、しばらく前に交わした義母との会話を思い出していた。
ちょっとした用事を済ませるために城田本家に立ち寄った時に、待ち構えていたように幸之助の前に立った義母。
そんな義母が幸之助に単刀直入に問うたのだった。
「幸之助さん、あの子供との婚約はいつごろになりまして?」
めずらしく浮き立った様子でそんなことを聞いてくる義母に、幸之助は少々驚いていた。
やんごとなきαの姫君である義母の機嫌がこれほど良いことなど、見たことがなかったからだ。
常と違う義母に、幸之助は少々慎重に口を開いた。
「あの子供とは…この間の協力者の子ですか?
婚約…もしかして僕と彼のことをおっしゃているのでしょうか。」
それを聞いた薔子の口から出たのは、なにを決まりきったことを、といわんばかりのあきれ声だった。
「そうよ?あの子の婚約指輪をつくるときは、必ずわたくしに相談して頂戴。
あなたのことだから、どうせまた似合わないものをあの子に与えてしまうに決まっているもの。
ウフフ、実はこの間、あの子にぴったりな石を見つけたのよ。
デザインを決めたり、指輪に仕立てるにも時間がかかるでしょう、だからできるだけ早めにあの子をここに呼んで──」
「いえ、慎吾君はそういうのではありませんが・・・」
それを聞いた薔子は目を見開いた。
「・・・幸之助さん、あなた・・・」
そう言ったきり、言葉は続かなかった。
やがて幸之助をまじまじと見た薔子だったが、深いため息をもらしてようやく口を開く。
「・・・あなたってそういうところがやっぱりだめなのよねぇ。自分のことにはてんで鈍くて。
間抜けにも程があるわ。」
それから扇子の先で幸之助の心臓の辺りをトン、と軽く押し当てて囁いた。
「・・・後悔してもしらなくてよ?」
小山田の結婚報告を聞きながら、薔子の最後の言葉を反芻した幸之助は心の中で呟いていた。
・・・ああ義母上、本当に。
貴女がおっしゃる通りでしたよ───
ならば、せめて。
「慎吾君、壊れてしまったその真珠は僕に引き取らせて欲しい。」
「え、何でですか?」
「君の話を聞いていたら、僕もこの黒真珠が忍びなくなってきてね・・・
手元に置いて大事にしてやりたくなったんだ。」
「先生も、こいつの為に・・・あざす。」
「その代わりに、同じものをまた贈らせてもらえないかい?もちろん身に付けてくれなくていい。君が持っていてくれればそれで。」
「いや、それは・・・」
「それでたまにそれを見た時に、壊れた真珠を思い出してあげてほしいんだ。
僕が贈ったその真珠が、かつて君の身を飾っていたことを覚えていてあげられるのは、君と僕だけしかいないと思うから。」
「先生とこいつの弔いをするって事・・・?」
傷だらけの真珠を見つめていた小山田は小さく頷くと、城田に手渡した。
城田は手のひらに載せられた傷だらけの無価値な真珠に目を落とすと、そっと包み込むように閉じ込めた。
それは城田幸之助に新しい情緒が芽生えた奇跡の瞬間だった。
「きっとこいつも浮かばれます。」
神妙な顔をしてそんなことを言う小山田には、当然伝わるはずはなかったけれど。
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