上 下
80 / 82

掌中の珠を乞う男

しおりを挟む
「桐生のご隠居が車椅子を使っていたのは知らなかったな・・・」

「それが不思議なんすよ!
書類を秘書みたいな人が役所に提出しに出て行ったら、桐生のじいちゃんが今日は結婚祝いじゃ!っていきなり点滴外して元気になって。
それから宴会がはじまったんすけど、そんとき桐生のじいちゃん普通に歩き回ってたんすよ!」

「・・・だろうね・・・。」

「先生、俺はじめて奇跡ってやつをみたのかも。」

「うん。人体の神秘だね・・・」

「病気は気からって、ほんとなんすね~」



それは城田の口から無意識に出たつぶやきだった。
「・・・やられたなぁ・・・」

「なんかすいません。アラサーの先生差し置いて、俺が先超すみたいに結婚しちゃって・・・」

申し訳なさそうに眉毛を下げた小山田の顔を、少し切なそうな顔で見つめながら城田は言った。

「しかたないね・・・。でもそうかぁ、慎吾君はもう人妻かぁ・・・幼妻おさなづまだ。」

それを聞いた小山田は微妙な顔をして抗議した。
「なんかそれどっちも響きが嫌なんすけど・・・。」

そして、心なしか元気を失ったように見える城田を力づけるようにハキハキと言葉をかけた。

「俺、先生にも素敵な男性Ωの看護師さんとの出会いがあるように願ってるっす。
先生は黙っていれば凄まじいイケメンなんだから、きっといい人が現れますよ!」

「・・・ありがとう。でも、少しでも嫌なことがあったら戻ってきて良いからね。」

「いや、ここ俺の実家じゃないんで。」



そんな風に小山田としゃべりながら、幸之助は、しばらく前に交わした義母との会話を思い出していた。
ちょっとした用事を済ませるために城田本家に立ち寄った時に、待ち構えていたように幸之助の前に立った義母。
そんな義母が幸之助に単刀直入に問うたのだった。

「幸之助さん、あの子供との婚約はいつごろになりまして?」

めずらしく浮き立った様子でそんなことを聞いてくる義母に、幸之助は少々驚いていた。
やんごとなきαの姫君である義母の機嫌がこれほど良いことなど、見たことがなかったからだ。
常と違う義母に、幸之助は少々慎重に口を開いた。

「あの子供とは…この間の協力者の子ですか?
婚約…もしかして僕と彼のことをおっしゃているのでしょうか。」

それを聞いた薔子の口から出たのは、なにを決まりきったことを、といわんばかりのあきれ声だった。

「そうよ?あの子の婚約指輪をつくるときは、必ずわたくしに相談して頂戴。
あなたのことだから、どうせまた似合わないものをあの子に与えてしまうに決まっているもの。
ウフフ、実はこの間、あの子にぴったりな石を見つけたのよ。
デザインを決めたり、指輪に仕立てるにも時間がかかるでしょう、だからできるだけ早めにあの子をここに呼んで──」

「いえ、慎吾君はそういうのではありませんが・・・」

それを聞いた薔子は目を見開いた。

「・・・幸之助さん、あなた・・・」

そう言ったきり、言葉は続かなかった。
やがて幸之助をまじまじと見た薔子だったが、深いため息をもらしてようやく口を開く。

「・・・あなたってそういうところがやっぱりだめなのよねぇ。自分のことにはてんで鈍くて。
間抜けにも程があるわ。」

それから扇子の先で幸之助の心臓の辺りをトン、と軽く押し当てて囁いた。

「・・・後悔してもしらなくてよ?」


小山田の結婚報告を聞きながら、薔子の最後の言葉を反芻した幸之助は心の中で呟いていた。

・・・ああ義母上、本当に。
貴女がおっしゃる通りでしたよ───

ならば、せめて。



「慎吾君、壊れてしまったその真珠は僕に引き取らせて欲しい。」

「え、何でですか?」

「君の話を聞いていたら、僕もこの黒真珠が忍びなくなってきてね・・・
手元に置いて大事にしてやりたくなったんだ。」

「先生も、こいつの為に・・・あざす。」

「その代わりに、同じものをまた贈らせてもらえないかい?もちろん身に付けてくれなくていい。君が持っていてくれればそれで。」

「いや、それは・・・」

「それでたまにそれを見た時に、壊れた真珠を思い出してあげてほしいんだ。
僕が贈ったその真珠が、かつて君の身を飾っていたことを覚えていてあげられるのは、君と僕だけしかいないと思うから。」

「先生とこいつの弔いをするって事・・・?」

傷だらけの真珠を見つめていた小山田は小さく頷くと、城田に手渡した。

城田は手のひらに載せられた傷だらけの無価値な真珠に目を落とすと、そっと包み込むように閉じ込めた。

それは城田幸之助に新しい情緒が芽生えた奇跡の瞬間だった。

「きっとこいつも浮かばれます。」

神妙な顔をしてそんなことを言う小山田には、当然伝わるはずはなかったけれど。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話

ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。 βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。 そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。 イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。 3部構成のうち、1部まで公開予定です。 イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。 最新はTwitterに掲載しています。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

竜王陛下、番う相手、間違えてますよ

てんつぶ
BL
大陸の支配者は竜人であるこの世界。 『我が国に暮らすサネリという夫婦から生まれしその長子は、竜王陛下の番いである』―――これが俺たちサネリ 姉弟が生まれたる数日前に、竜王を神と抱く神殿から発表されたお触れだ。 俺の双子の姉、ナージュは生まれる瞬間から竜王妃決定。すなわち勝ち組人生決定。 弟の俺はいつかかわいい奥さんをもらう日を夢みて、平凡な毎日を過ごしていた。 姉の嫁入りである18歳の誕生日、何故か俺のもとに竜王陛下がやってきた!?   王道ストーリー。竜王×凡人。 20230805 完結しましたので全て公開していきます。

処理中です...