白いお花の唄 (完結)

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白いお花の唄(後編)

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ローゼリア。
名前の通り、咲き誇る薔薇の様な わたくしの妹。
わたくしはさながら、その陰に咲く 野の花といったところかしら。

あなたはきっと知る由もない。
燦燦と降り注ぐお日様の光。
それを一身に受けてつやめくばかりの美花の足下あしもとに目をやれば、そこにはいっそう濃い影が落ちているのだということを。
そのかげりのほのぐらさをわたくしは──わたくしだけは知っている。

ああ、ローゼリア。
もちろんそれはあなたのせいじゃない。
何一つ悪くない。

あなたはたまたまそこで芽吹き、花開いた。
ただ、それだけだもの。
それに、美しい花にどうしようもなくかれてしまう人の心を、どうしてとどめることができるでしょう。

けれど、ねえローゼリア。
わたくしね、考えてしまうのよ。
お日様を体いっぱいに浴びてみたらどんな気持ちになるのかしらって。
それはきっとぽかぽかと暖かくて。
空を見上げると真っ青な空が広がっていて──


その時です。
頬に水滴のようなものが垂れていくのを感じました。
くすぐったいような感触に驚いたわたくしは、目を見開きました。
同時にわたくしはいつの間にかうとうとしていたことに気が付いたのです。
深海から急に引き揚げられた魚のように、くらくらとした意識の中、目の前に次の光景が飛び込んできました。

真っ白いレースのおくるみに包まれた赤ん坊を、大事そうに抱いている母。
父はそんな母の肩を抱き、微笑みを浮かべながら、のぞき込むようにしておくるみの中で眠る赤ん坊を見つめています。

思い出しました。ここは教会で、いま、生まれたばかりの妹の洗礼式に家族で訪れていたことを。

おごそかな礼拝堂を見回すと、わたくしは深いため息をつきました。
いつのまにか、わたくしは長い長い、夢を見ていたようでした。
ほんとうに とても長い夢を・・・
そんなことをぼんやりと思いながらも、わたくしは濡れる頬を、小さな子供の手でぬぐいつづけておりました。
まるで涙腺が壊れてしまったかのように、先ほどから涙が勝手にこぼれて止まらなかったのです。

洗礼式は粛々と進められていきます。
その場にいた両親、祖父母、司祭はもちろん教会の見習い司祭までもが、天使の様な美しい赤子に目を奪われていました。
万物ばんぶつにあまねく届くはずの神様のまなざしでさえも、今はローゼリアにだけ注がれているにちがいないと、わたくしは思いました。
ローゼリアを中心に、あたりには喜びが溢れ、天窓から降り注ぐ柔らかな光に包まれたそこは 神々しさに満ちておりましたから。

幼いわたくしは洗礼式が行われている祭壇近くの椅子に大人しく座っているように言われておりましたので、儀式に臨む 家族のすぐかたわらにしておりました。
赤子に夢中になっている彼らを眺めながら、わたくしはやがて涙をぬぐうのを止めました。

容赦なく降り注ぐ光から身を隠すように、わたくしは再び瞼を閉じました。
両目から止めどなく流れる暖かい涙。
わたくしには、それがこの身に降り注ぐ慈雨のように感じられるのでした。

そうして、光が届かない優しい暗闇の中で、わたくしは祈りを捧げたのです。
――ローゼリアの為に。



洗礼式が終わり、教会を辞去するころ合いになって、ようやく人々はそれに気が付いた。
小さな手を組んで、生まれたばかりの妹の為に真摯な祈りを捧げる幼女の姿に。

周りは その健気けなげな姿に柔らかな眼差しを向けたが、瞳を閉じた幼子の頬に、涙の跡はもはや見えなかった──。


しばらくして。
ある男爵家に生まれた愛らしい赤子が、洗礼式を受けたばかりだというのに、不幸な事故で亡くなったと、噂が流れた。
それは人々の同情を誘ったが、噂は時の流れと共に薄れ、やがて消えていった。

マーガレットが咲き誇る季節のことだった。
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