51 / 51
レオポルドの憂鬱
しおりを挟む
今思い返せば、嫌な予感はしていた。
ロンド公爵家主催の、貴族子弟を集めた魔法の合同訓練に向かうべく、侯爵家の馬車に乗り込むときに、漠然とカインをここに置いていきたいような気持ちが湧いたのだ。
ヘルメス様と僕とアレクシスの三人で事前に相談して決めて、父上も了承し、カインも楽しみにしていたというのに。
その少し前、屋敷の人気のない裏庭で、前を向いて剣を振るうカインの姿を偶然見かけた時もそうだった。
ピンと伸ばした背中、しなやかに躍動する手足。彼はひたすらまっすぐに剣を振っていた。
滴る汗にかまうことなくひたむきに繰り返す姿は 美しい宗教画のように清冽で、彼を汚い貴族社会に連れ出すことに戸惑いを覚えてしまった。
それにああ・・・そうだあの時もだ。
僕とアレクの魔法の訓練に、遠慮するカインを引っ張り込んだ時。
カインが剣で魔法を受けてみたいというので、僕とアレクの二人で次々と魔法を繰り出したのだった。
僕たちの魔法攻撃を受けて、軽やかに鮮やかに剣を切り結んでいくカイン。
カインの剣技は楽園で訓練をしたものだろうか。まっすぐで、美しいカインの剣。
カイン自身気が付いていないようだったが、時折笑い声を立てながら挑みかかっていく。
瞳を輝かせ 髪をなびかせながら、楽し気に跳ね回るその様は さながら深い森の奥で狩りに興じる黒い妖精のようだった。
それを見ながら、僕は・・・いや恐らくアレクシスも思ったはずだ。
この美しい生き物を、僕たちの楽園から出すべきではなかったのだと。
ヘルメス様の館で、さっそくセリウス様に目をつけられてしまった。
いまいましい。魔力なしだと勝手にさげすんで、そのまま相手にしなければいいものを。
そしてああ、衆目のただ中で、カインはヘルメス様のために その身を 魔獣の前に投げ出してしまった。
魔力を持たない脆弱なその身で、自分を後ろに守りながら懸命に戦うカインの背中を、横顔を、切り裂かれた腕を、ヘルメス様は食い入るように見ておられた。
きっとヘルメス様はカインを御側に求められるだろう。
カインをこの世界の中枢になど近づけたくないのに。
それだけではなく、あの場にいたすべての者たちはカインの存在を知ってしまった。
魔力なしでありながら、次期国王のお気に入り。
その身を盾とし、その手に剣を握る姿を、皆が目に焼き付けたことだろう。
カインが貴族の在り方になじもうとする一方で、それを目にする我々には解ってしまうのだ。
カインはこの世界の秩序の外側に立っていると。
彼の何気なくやる視線、振る舞いは我々のそれとは明らかに違う。
魅せられてしまうのだ、どうしようもなく。
カインが稀有な魔眼の持ち主だと知られてしまったら、いったいどうなってしまうのだろう。
きっとかつての魔眼持ちの者のように、王室に閉じ込められてしまうかもしれない。
僕はそのいら立ちをカインにぶつけてしまった。
けれど、僕の怒気に当てられて伏せてしまったカインの顔を、この手で捕えてその瞳を映してみれば、怒りがあっというまにほどけて消えてしまった。
心が満たされて、ああ僕はずっとこうしたかったのだと、自らの心を理解したのだった。
さらに追い詰める僕から、瞳を閉じることで逃げ出してしまった可愛いカインの顔を前に、僕は誘われるように吸い寄せられていった。もう少しで唇にふれるそのとき、アレクの制止が入ったが。
アレクがとりなす言葉を耳にすると、カインはまつ毛を震わせ、そっと薄目を開けた。
その奥にひそやかに隠された瞳を手放すのは惜しかったが、カインに掛けた己の手を外して解き放ってやる。
・・・今はまだ。
様々な思いを乗せて、グラン侯爵家の馬車は侯爵邸に向かって走っていった。
ロンド公爵家主催の、貴族子弟を集めた魔法の合同訓練に向かうべく、侯爵家の馬車に乗り込むときに、漠然とカインをここに置いていきたいような気持ちが湧いたのだ。
ヘルメス様と僕とアレクシスの三人で事前に相談して決めて、父上も了承し、カインも楽しみにしていたというのに。
その少し前、屋敷の人気のない裏庭で、前を向いて剣を振るうカインの姿を偶然見かけた時もそうだった。
ピンと伸ばした背中、しなやかに躍動する手足。彼はひたすらまっすぐに剣を振っていた。
滴る汗にかまうことなくひたむきに繰り返す姿は 美しい宗教画のように清冽で、彼を汚い貴族社会に連れ出すことに戸惑いを覚えてしまった。
それにああ・・・そうだあの時もだ。
僕とアレクの魔法の訓練に、遠慮するカインを引っ張り込んだ時。
カインが剣で魔法を受けてみたいというので、僕とアレクの二人で次々と魔法を繰り出したのだった。
僕たちの魔法攻撃を受けて、軽やかに鮮やかに剣を切り結んでいくカイン。
カインの剣技は楽園で訓練をしたものだろうか。まっすぐで、美しいカインの剣。
カイン自身気が付いていないようだったが、時折笑い声を立てながら挑みかかっていく。
瞳を輝かせ 髪をなびかせながら、楽し気に跳ね回るその様は さながら深い森の奥で狩りに興じる黒い妖精のようだった。
それを見ながら、僕は・・・いや恐らくアレクシスも思ったはずだ。
この美しい生き物を、僕たちの楽園から出すべきではなかったのだと。
ヘルメス様の館で、さっそくセリウス様に目をつけられてしまった。
いまいましい。魔力なしだと勝手にさげすんで、そのまま相手にしなければいいものを。
そしてああ、衆目のただ中で、カインはヘルメス様のために その身を 魔獣の前に投げ出してしまった。
魔力を持たない脆弱なその身で、自分を後ろに守りながら懸命に戦うカインの背中を、横顔を、切り裂かれた腕を、ヘルメス様は食い入るように見ておられた。
きっとヘルメス様はカインを御側に求められるだろう。
カインをこの世界の中枢になど近づけたくないのに。
それだけではなく、あの場にいたすべての者たちはカインの存在を知ってしまった。
魔力なしでありながら、次期国王のお気に入り。
その身を盾とし、その手に剣を握る姿を、皆が目に焼き付けたことだろう。
カインが貴族の在り方になじもうとする一方で、それを目にする我々には解ってしまうのだ。
カインはこの世界の秩序の外側に立っていると。
彼の何気なくやる視線、振る舞いは我々のそれとは明らかに違う。
魅せられてしまうのだ、どうしようもなく。
カインが稀有な魔眼の持ち主だと知られてしまったら、いったいどうなってしまうのだろう。
きっとかつての魔眼持ちの者のように、王室に閉じ込められてしまうかもしれない。
僕はそのいら立ちをカインにぶつけてしまった。
けれど、僕の怒気に当てられて伏せてしまったカインの顔を、この手で捕えてその瞳を映してみれば、怒りがあっというまにほどけて消えてしまった。
心が満たされて、ああ僕はずっとこうしたかったのだと、自らの心を理解したのだった。
さらに追い詰める僕から、瞳を閉じることで逃げ出してしまった可愛いカインの顔を前に、僕は誘われるように吸い寄せられていった。もう少しで唇にふれるそのとき、アレクの制止が入ったが。
アレクがとりなす言葉を耳にすると、カインはまつ毛を震わせ、そっと薄目を開けた。
その奥にひそやかに隠された瞳を手放すのは惜しかったが、カインに掛けた己の手を外して解き放ってやる。
・・・今はまだ。
様々な思いを乗せて、グラン侯爵家の馬車は侯爵邸に向かって走っていった。
24
お気に入りに追加
1,992
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
吸血鬼にとって俺はどうやら最高級に美味しいものらしい。
音無野ウサギ
BL
「吸血鬼に血を吸われるってこんなに気持ちよくっていいのかよ?」
超絶美貌の吸血鬼に恐怖よりも魅せられてしまった山田空。
ハロウィンまでの期間限定ならとその身を差し出してしまったが・・・・
7話完結
ハロウィン用に頑張りました🎃
ムーンライトノベルズさんでも掲載しています
甘えた狼
桜子あんこ
BL
オメガバースの世界です。
身長が大きく体格も良いオメガの大神千紘(おおがみ ちひろ)は、いつもひとりぼっち。みんなからは、怖いと恐れられてます。
その彼には裏の顔があり、、
なんと彼は、とても甘えん坊の寂しがり屋。
いつか彼も誰かに愛されることを望んでいます。
そんな日常からある日生徒会に目をつけられます。その彼は、アルファで優等生の大里誠(おおさと まこと)という男です。
またその彼にも裏の顔があり、、
この物語は運命と出会い愛を育むお話です。
婚約破棄された悪役令息は従者に溺愛される
田中
BL
BLゲームの悪役令息であるリアン・ヒスコックに転生してしまった俺は、婚約者である第二王子から断罪されるのを待っていた!
なぜなら断罪が領地で療養という軽い処置だから。
婚約破棄をされたリアンは従者のテオと共に領地の屋敷で暮らすことになるが何気ないリアンの一言で、テオがリアンにぐいぐい迫ってきてーー?!
従者×悪役令息
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!
時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」
すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。
王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。
発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。
国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。
後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。
――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか?
容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。
怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手?
今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。
急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…?
過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。
ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!?
負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。
-------------------------------------------------------------------
主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。
[完結]ひきこもり執事のオンオフスイッチ!あ、今それ押さないでくださいね!
小葉石
BL
有能でも少しおバカなシェインは自分の城(ひきこもり先)をゲットするべく今日も全力で頑張ります!
応募した執事面接に即合格。
雇い主はこの国の第3王子ガラット。
人嫌いの曰く付き、長く続いた使用人もいないと言うが、今、目の前の主はニッコニコ。
あれ?聞いていたのと違わない?色々と違わない?
しかし!どんな主人であろうとも、シェインの望みを叶えるために、完璧な執事をこなして見せます!
勿論オフはキッチリいただきますね。あ、その際は絶対に呼ばないでください!
*第9回BL小説大賞にエントリーしてみました。
ヴァレン兄さん、ねじが余ってます 2
四葉 翠花
BL
色気のない高級男娼であるヴァレンは、相手の体液の味で健康状態がわかるという特殊能力を持っていた。
どんどん病んでいく同期や、Sっ気が増していく見習いなどに囲まれながらも、お気楽に生きているはずが、そろそろ将来のことを考えろとせっつかれる。いまいち乗り気になれないものの、否応なしに波に飲み込まれていくことに。
【完結】『ルカ』
瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。
倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。
クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。
そんなある日、クロを知る青年が現れ……?
貴族の青年×記憶喪失の青年です。
※自サイトでも掲載しています。
2021年6月28日 本編完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる