君の瞳に囚われて

ビスケット

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花の影

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魔力を通し、チョーカーをその首にはめたとき、目の前の子供は、まさに首輪をつけられた野良の猫のように、なんとも情けないような表情をうかべた。
チョーカーが外されることはない と知った時も、うらめしそうな顔を私に向けていることなどに気づいていないようだった。
しきりに魔法具に手をやり、呼び鈴を鳴らしに席を立つ私の目を盗み、さりげなく 首から外せないか 試していて、私が そ知らぬふりをして 呼び鈴を手に取ると、ようやく諦めたようだった。

先ほどの 顔合わせでは、幼さに似合わぬ 如才のなさを見せていたが、隠しきれない その素直な性質に、この子が聖域でどのように育ったのかが垣間見れた。
それだけに ゼビウスには、魔眼を有しながら魔力がないというカインの存在はひどく危うく映った。
その美しさも相まって、こちらの世界貴族社会ではあまりにも魅惑的な存在になろう。
その身をどうして守るのか、ゼビウスはいまだ正解を導き出せていなかった。それに呪いの存在が頭から離れない。

ゼビウスは これまでの事を思い出していた。
ロイドが原因不明の熱病で死んで、メアリーとカインも狙われている可能性があると思い聖域に隠した。
それからは、侯爵の仕事のかたわら、王国で起こった病死の記録をしらべ続けていたが、あれ以前も以後もロイドと同じような死亡事例は出ていなかった。
そんなほとぼりも冷めた3年後、よりにもよって聖域内で不審な動きがあって、聖域を閉ざす決断をした。
そしてさらに3年がたった今。本当にカインを聖域の外に出して良かったのかは分からない。
デモンの言葉が蘇る。ずっとあの場所に。



そのとき唐突に、聖域を閉じる直前の、最後に聖域へ行った時のことが蘇ってきた。

メアリーとカインが住む聖域に 例年通りに訪問して後、すぐに侯爵本邸に帰ってきたゼビウスは、ヘレネが待つ夫婦の部屋に直行した。
ゼビウスは、かつて 母子を受け入れることを了承してくれたヘレネに対し ひざまずいて その手に口づけ 、
「未来永劫 決して貴女を裏切らぬことを 改めてここに誓う」 と結婚式に続いて、二度目の誓いを捧げた。
それから、特にこの日は たとえ何があっても必ずヘレネと過ごすと自分で決めたのだった。

ヘレネは窓際に立って、外を眺めながらゼビウスの帰りを待っていたようで、「旦那様、お帰りなさいませ。」と微笑みかけた。結婚して二人の息子をもうけた今も、どこかあどけなさが滲む愛らしい妻。
やがて長椅子に座ったゼビウスの隣に ヘレネが移動してきて、穏やかに夫婦の会話が始まった。

「いかがでしたか?あちらは。」
「ロイドの子供がずいぶん大きくなっていた。」
「もう三歳でしたわね。アレクシスと同い年ですもの。」

そうして、少しの逡巡の後、ヘレネはゼビウスに言った。
「ねえ旦那様、ロイド様が亡くなってからもう三年ですわ。ずっと呪いなど起こらなかったのでしょう?何かの間違いだったということはございませんの?」
それをゼビウスは黙って聞いていた。

「旦那様、わたくし あの隔絶された場所にメアリー様とカイン様を住まわせることが、あの方々の幸せにつながるとは思えませんの。それに、身の丈に合わない爵位もかえってお気の毒ですわ。
侯爵籍ではなく、こちらで持っている他の適当な爵位を代わりに差し上げて、援助してさしあげる事ではいけませんの?」
ゼビウスが口を開こうとしたときヘレネが言った。

「・・・、もう、解放して差し上げたら。」

ゼビウスの瞳が わずかに揺れた。
侯爵領の奥深く、あの箱庭に厳重にしまってあるもの。
ほんの一刻前、聖域の魔方陣の前で振り切ってきたもの。

「おとうさま、もういっちゃうの?」
小さな手を伸ばしてそう言って、みるみる膜が張って。
あふれそうな こぼれそうな。
焼き付いてしまったあの光景。

それは、一年に一度、宝石箱をそっと開けて、なかの宝石を愛でて またしまい込むのに似ていた。
手のうちに入れてからこの三年、それを手放すことなどできないと。
…とっさにそう思ってしまった。


「もうしばらく、様子を見ようと思う。」
ゼビウスの返事に、ヘレネは 仕方がないわねといった調子で、
「・・・かしこまりまして。ところで、先日 お父様から子供たちに珍しいお菓子が届きましたの。皆でお茶にしていただきましょう。」
そう言って、夫妻は部屋を後にしたのだった。
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