君の瞳に囚われて

準備期間

侯爵家へ引き取られる事が決定してから、三ヶ月をかけて基礎的な貴族子弟としての振るまい方を学ぶことになった。

ぶっちゃけ、礼儀作法も知らない無知な子供を 侯爵夫妻の前に立たせるわけにはいかないと言うことだ。

教師役はデモンだった。
これまでほとんど関わりもなく、たまに会っても不愉快な態度しかとられたことがないので、どうなることかと思っていたが、意外なほど淡々と分かり易く指導してくれた。

これまであまり厳しく言われてこなかった食事のマナーや、目上の人に会ったときの振るまいなど、礼儀作法を付きっきりで、ひと通り教えてもらった。
３ヶ月間という準備期間はあったが、俺は純粋な６歳児とは違うし、前世の社会人経験も手伝って 一ヶ月も経たずマスターしてしまったのだった。

朝食の時、完璧なマナーでオムレツと野菜スープとパンを食べていると、横に控えていたデモンが困ったように言った。

「カイン様がこれほど早くマナーを習得なさるとは思わなくて、旦那様に３ヶ月の猶予を頂いたのですが･･･。２ヶ月も余ってしまいました。これは困りましたね。」

俺は、咀嚼していた小さくちぎったパンを飲み込むと、デモンに言った。
「マナー教育は終わったの?　だったら お勉強とか剣とか教えてよ。」
「それが困るのですよ。坊ちゃんは魔力無しなので、魔法理論も魔法実技も無意味です。教えることがないのです。」
デモンは相変わらずではあったが、教師役として、四六時中 俺と過ごすことになってから、態度がずいぶん軟化していた。
ワガママがなりをひそめて、真面目に頑張る飲み込みの良い俺に心象が良くなっていったのだろう。
俺たちを侯爵家の一員とは見なしていないのは間違いないのだが、態度が悪いのは素なのかもしれない。

「じゃあ、侯爵家に行ってもやることないんじゃないの?そんなんで俺は、向こうでどうやって生きていくのさ･･･」
うなだれてしまった俺に、
「坊ちゃん、俺ではなくて‘私’です。」
とデモンは言った。
へいへい、私ね。
お母様に甘えることには全く抵抗ないのに、自分のことを気取って私というのは ものすごく小っ恥ずかしいのだ。
ついつい俺と言ってしまって、デモンに指摘されてしまうのだった。