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親子のきずな
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…とまあ、3年も音信不通で、今となっては顔も思い出せない侯爵に向かって、心の中でぶつくさ文句をいっていると、
「ひっく。」
と声が聞こえた。
「ひっく、・・・っく。」
お母様、しゃっくりしてる?と目の前をみてみると、お母様は泣いていた。
両の手を膝の上で握り締めて、ぽろぽろと涙を流していた。
こらえようとしてこらえきれない、そんな痛ましい泣き方に、俺の心はぎゅっと締め付けられた。
俺は思わずお母様のもとに駆け寄り、精一杯腕を広げて抱きしめた。
お母様も俺に腕を回し、小さな俺の背中にすがるように、ぎゅっと抱きしめてくる。
そして、絞り出すようにこういった。
「お母様がもっと、もっとちゃんとしていれば・・・。ごめんね、ごめんね。私がもっと、もっと色々わかってて、もっと、いろいろ上手くできていたら・・・カインにこんなことを言わせて。ごめんね・・・」
俺は思った。お母様、それは違う。
乳飲み子を抱えた無知な女性が、この世界でどう強く生きていけるというのだ。
子爵家、侯爵と、貴族というものに翻弄されて、振り落とされないように流れに身を任せる以外、身を守るすべなどなかったさ。
それでもお母様は必死に俺を抱きしめて、嵐から守ろうとしてくれたではないか。
覚醒した今ならわかる。これまでお母様が愛情で満たしてくれていたおかげで、多少我儘にはなっても、俺の心は捻じ曲がることはなく、すこぶる健全でいられたのだ。
お母様が少し落ち着くと、お母様の膝に乗って涙をぬぐってあげた。服の袖でごめんよ。
「お母様、大丈夫だよ。俺はこれからきっと強くなるから。侯爵家で世話をしてもらえている今の内に、たくさん勉強して体も鍛えるんだよ。将来放り出されて平民になっても、大丈夫なように備えておくんだ。そうすれば、なんとでもなるから、きっと。」
お母様がぱちくりと瞬きをすると、まぶしいように目を細めて、こういった。
「カイン、なんだかすっかり別人になってしまったようだわ。ううん、カインはカインなんだけど。
まるで大人の人と話しているみたい。カイン、お母様もきっと強くなるわ。もともと平民みたいなものだもの。本当は何をしたって生きていけるのよ。おかしいわね、そんなことも忘れていてしまっていたなんて。」
そうだ。だがそうはいっても市井で寄る辺ない母子二人が暮らすのは並大抵ではないだろう。
ありがたくも衣食住が確保されたこの状況のうちに、放り出されても何とかなるように手を打っておかねば。
侯爵はいったいどういうつもりでここに俺たちを軟禁しているんだろう。
こぶつきとはいえ、第二夫人にまでした女ざかりのお母様に手を出すわけでもなく。
侯爵にはすでに息子が二人いるはずなのに、俺と養子縁組をするメリットって何だ。
俺たちには、戻るべき家も、後ろ盾も財産も人脈もない。ついでに言うなら、教育も魔力もない。
あるのはたなぼたで転がりこんできた侯爵籍と、衣食住の保証だけ。ありがたいことだが、与えられたものは取り上げられることもあるということだ。そうなったとき、このままでは生きていける気がしなかった。
母と二人、あがいてあがいて、自分で居場所を作ってやる。
「ひっく。」
と声が聞こえた。
「ひっく、・・・っく。」
お母様、しゃっくりしてる?と目の前をみてみると、お母様は泣いていた。
両の手を膝の上で握り締めて、ぽろぽろと涙を流していた。
こらえようとしてこらえきれない、そんな痛ましい泣き方に、俺の心はぎゅっと締め付けられた。
俺は思わずお母様のもとに駆け寄り、精一杯腕を広げて抱きしめた。
お母様も俺に腕を回し、小さな俺の背中にすがるように、ぎゅっと抱きしめてくる。
そして、絞り出すようにこういった。
「お母様がもっと、もっとちゃんとしていれば・・・。ごめんね、ごめんね。私がもっと、もっと色々わかってて、もっと、いろいろ上手くできていたら・・・カインにこんなことを言わせて。ごめんね・・・」
俺は思った。お母様、それは違う。
乳飲み子を抱えた無知な女性が、この世界でどう強く生きていけるというのだ。
子爵家、侯爵と、貴族というものに翻弄されて、振り落とされないように流れに身を任せる以外、身を守るすべなどなかったさ。
それでもお母様は必死に俺を抱きしめて、嵐から守ろうとしてくれたではないか。
覚醒した今ならわかる。これまでお母様が愛情で満たしてくれていたおかげで、多少我儘にはなっても、俺の心は捻じ曲がることはなく、すこぶる健全でいられたのだ。
お母様が少し落ち着くと、お母様の膝に乗って涙をぬぐってあげた。服の袖でごめんよ。
「お母様、大丈夫だよ。俺はこれからきっと強くなるから。侯爵家で世話をしてもらえている今の内に、たくさん勉強して体も鍛えるんだよ。将来放り出されて平民になっても、大丈夫なように備えておくんだ。そうすれば、なんとでもなるから、きっと。」
お母様がぱちくりと瞬きをすると、まぶしいように目を細めて、こういった。
「カイン、なんだかすっかり別人になってしまったようだわ。ううん、カインはカインなんだけど。
まるで大人の人と話しているみたい。カイン、お母様もきっと強くなるわ。もともと平民みたいなものだもの。本当は何をしたって生きていけるのよ。おかしいわね、そんなことも忘れていてしまっていたなんて。」
そうだ。だがそうはいっても市井で寄る辺ない母子二人が暮らすのは並大抵ではないだろう。
ありがたくも衣食住が確保されたこの状況のうちに、放り出されても何とかなるように手を打っておかねば。
侯爵はいったいどういうつもりでここに俺たちを軟禁しているんだろう。
こぶつきとはいえ、第二夫人にまでした女ざかりのお母様に手を出すわけでもなく。
侯爵にはすでに息子が二人いるはずなのに、俺と養子縁組をするメリットって何だ。
俺たちには、戻るべき家も、後ろ盾も財産も人脈もない。ついでに言うなら、教育も魔力もない。
あるのはたなぼたで転がりこんできた侯爵籍と、衣食住の保証だけ。ありがたいことだが、与えられたものは取り上げられることもあるということだ。そうなったとき、このままでは生きていける気がしなかった。
母と二人、あがいてあがいて、自分で居場所を作ってやる。
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