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リビングデット・オブ・ソルジャー

これはこれで美味い

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    ヒサマツの車は甘ったるい臭いが詰まっていた。助手席から外を眺めるヒナギシは臭いに嫌気が指しながらも、窓を開ける事はしない。

「ほんっっっと嫌いだわ。毎回この匂いには飽き飽きなのよ。」

    まるで絵画の様に美しい横顔が台無しになるほど、眉間の皺を寄せて表情を歪ませる。それを見るとヒサマツは笑って言った。

「そういうな。これがなきゃ幽霊見すぎて、脳みそがトーストになるんだ。」
「わかってるわよ!ふん!」
「そういうなって。エジプトからわざわざ仕入れた俺の身にもなれよ。」

    このやり取りとも何度繰り返すのだろうかと、ヒサマツはあきらめに近い気持ちでため息をする。

「これから向かう所は残穢がもりもりって話だ。それがどういうことなのか、わかんだろ?」
「だからわかってるって!...」

    これ以上話す事もなかろうと口を閉じた瞬間、ヒナギシは嗚咽して口元を手で抑えた。

「おいおい匂いで吐きそにな_______あー違うな。」

    それが単なる車酔いでは無い事を悟った。なぜなら駐屯地の衛門が見えたからだ。

「霊を感じられないアンタには分からないでしょうね...。この身体に注がれる...受け止めきれないほど怨嗟の声が、溢れそうになる感覚を...」
 
    心底恨めしそうにする彼女の視線の先は外だった。霊を感じられる体質は、幽霊がいるたくさんいる場所ではこういった症状として出ることが多い。
     死という切り離せない運命に生きる彼女は、他人の死を感じすぎてしまう。それ故にヒサマツは混乱する。なぜ幽霊の多い場所にみずから飛び込むのかと。

「入るぞヒナギシ。行けそうか。」
「巻き込んでおいてよく言う...」
「乗ったのはそっちだろう。」

    そう言っておおきな鉄の門を通ると、迷彩服を着込む女性が寄ってきたので車を停めた。
するとなんというか、弱弱しい足取りで車の窓に寄ってヒサマツの目を見た。

「ご要件は?」

   言葉の脆弱さにも気になったがもっとも目につくのは疲弊感だ。喉から発生された声は消えそうな程にか細く、耳を立てないと聴きこぼしそうだ。

「...なにか?」
「いや。すまん。君の瞳にイタタタタタタタタ」

    軽くちを叩いた瞬間に呪いの指輪が作動して、小指を千切る勢いで締め付ける。唐突に痛がる素振りを見て、女性自衛官は小首を傾げたが、ヒナギシがフォローに入る。

「ごめんなさい。叔父さんは痛風で。」
「そうですか...。でご要件は?」
「加藤清正一尉に要件がありまして。」

















    赤いフェルト生地が敷かれた応接室に通された。ヒナギシとヒサマツは高そうな色黒なソファに座り、重苦しく背の低い机に置かれたコーヒーを飲む。
    優雅に正しくあるヒナギシに対し、ヒサマツはひざ掛けに手を置いて足を組み辺りを見回す。

「流石尉官様って感じ。」
「だって中隊長様だもの。」
「出世したなぁ。俺が知ってんのは陸士の呑んだくれだったのに。」
「何だこの部屋の臭いは。廊下まで臭っていたぞ。」

    気付かぬ間に部屋に入ってきたのはまだ35歳くらいの男だった。彼もまた戦闘服に身を包んでいるが、その動きや足取りは上級階級と言ったようだった。要は偉そうなのだ。
    彼はぐるっと回って2人の対面に座る。

「わかってんだろ。この子を守る為にわざわざエジプトから_____なんなんだ。またこの会話するのか?」
「...それでなんの話なんだ。」
「この前帰ってきた災害派遣の人達の話よ。お父さん。」

    口火を切ったのはヒナギシだった。だがそのリアクションはと言えば思わしくは無い。

「またそんな話か。」

   ヒサマツはまた鋭く勘が働き、身を乗り出して会話に滑り込む。

「またって事は、始まってるんだな。」
「まぁな。彼らが帰って3日足らずで悪夢を見るだの、寝ている隊員が勝手に歩いただのと。果ては幽霊を見たなんて報告がひっきりなしだ。」

   ヒサマツとヒナギシは目を見合せた。2人が考えていたよりも事態は深刻そうだったからだ。話を掘り下げるべく、ヒサマツは口添えする。

「話によれば、誰かが呪いの物を日本に持ってきたって噂なんだよ。」
「....出来ることならそんな話なんて聞きたくないし、関わりたくなかった...。」
「キヨちゃん。」
「そんな顔するな。別に呪いや幽霊信じてないとかじゃないから安心しろ。娘の件から考えていた事だし、心の準備は終わってる。...だが問題はどう対処するかだ。一体誰がこんな話を流したんだか...」

    清正は眉間を右手で押さえて話を続ける。

「もちろん公にできない。オカルトな話を誰も信じない。」
「そんなもん言い訳に使ったらなんだって_____」
「あと、重大な服務規律違反をした事もだ。」
「服務規律違反?」
「そうだ。恐らくだが、その呪いの品とは現地の私物だろう?」

    呪いという物は土地の怨嗟、そして持ち主の想いに由来する。その性質は現に生きる人間たちの物語によって形を変え、時間が経つにつれ邪悪な物となる。
というの2人の認識で、そこから導かれる答えをヒサマツは躊躇いなく言い切った。

「盗んだのか。」
「可能性の話しではあるがな。」
「ならそいつ見つけ出さないと。何か知らないのか?目星的なもの。」
「...見てもらいたいものがある。」

   清正は慣れた手つきでスマホを操作して、画面を2人に向けた。それはある市場で机に座り、ラーメンを囲った男達が4人いる。

「彼等がその怪奇現象について最初に報告した分隊だ。」
「それでそいつらに話は聞けるのか?」
「もちろんだ。だがコレはない密に話を進めて欲しい。上層部に知られる事はおろか、外部に漏らす事もないように。」

    最後に付け加えた言葉の重みと眼光の鋭さに威圧され、ヒナギシは生唾を飲む。流石のヒサマツも麺を食らったが彼は清政に恐る恐る質問した。

「...バレたらどうなるんだ?」
「大した事にはならん。せいぜい私は懲戒免職、うちの娘は食いっぱぐれる。国外で盗みを働いた処分とし、関係した部隊は解体になり退職させられるだろうな。それからマスコミにバレれば袋叩き、首を突っ込んだ君もいずれ表舞台に引き釣り出される事になるだろう。そうなったら今までの生活などとてもとても___」
「分かった分かった。もういいから。」

   ヒサマツの耳が絶えられなくなり立ち上がると、事次いでヒナギシも立ち上がる。

「それじゃ早速行かせてもらう。」
「ああ、是非頼むよ。」
「あとな。頼み事があるなら、普通に頼めよ。」

    思いがけない質問にヒナギシはおどろいた。だが清正は特別驚くこと無く返答をする。

「...なんの事だ?」
「しらばっくれやがって。どう考えたって準備良すぎだろ。」
「ヒサマツ、どういう事か説明して?」
「これを依頼したのは写真に映ってた青年の親御さんだ。お前のお父さんは俺らに問題解決と現地物を内密に処分させたくて、根回ししてきたんだよ。」
「____」

   娘の怒りの視線は清正を捉えるが、特別な対応はなく。なんとも言えない空気感を残して2人は部屋を出た。
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