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花の殺人犯

はなしのうらのうらのうら

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    ヒサマツに連れられて来たのは、街の外れにある大きな公園だった。
    まぁなんと言うか普通の公園だ。広大な草原が拡がった遊びやすそうな場所で、日があればピクニックとか家族連れに人気が出そうだ。夜なので暗がりに閉じた場所であるけど。
    
「ほぉーここか。」

   俺の前を歩いていたヒサマツは腰に手を当て、景観を眺めながら呟いた。

「なんだヒサマツ。来たことあんのか。」
「え、お前この街に住んでてしらねぇの。」

    間抜けな顔をこちらに向けてきた。知らない物は知らないんだから仕方ないだろう。

「噂。この公園に子供を連れると泣いちゃうってやつ知らねぇ?」
「知らない。そう言われると、子供に幽霊が見えるって話に信ぴょう性でてくるな。」
「そこに関しては説明がいるな。ま、歩きながら聞けよ。」

   そして歩き出したヒサマツの、大きなアロハシャツを追いかける。

「おまえ、バッチャが見えてから呪いが見えるようになったろ。」
「うん。」

   確かにそうだ。あのよく分からない死の呪いをかけラれてから、オカルトな存在が見えるようになったと思う。

「呪い殺されかけた、つまりお前は死にかけた訳だ。それは呪いが解かれていない今もそうだ。」
「...俺ってもしかして、常に死と隣り合わせって訳か。」
「そ。んでよ。魂が死に近づくと、死の世界に近づいちまう。そして死ねば現世から浮世へと逝くんだ。あとはわかんだろ?」

    死に近づいた人間は、死人が見えるようになる。そういう事なんだろう。理屈はわからないが。

「だから俺はこの指輪のおかげで呪いを跳ね飛ばすから幽霊は見えない。幼い子供はまだ命の積み重ねが少なすぎてよ、たまに死人や呪いが見えちまうって話しさ。」

   そうこう話しているうちに、大きな木が現れて、ヒサマツが足を止めた。

「なぁはまさき。この木の下になにか見えるか?」

    彼が指さす木の根元には何も無い。

「なんもないだろ。」
「うん。それがどうしたんだ。」
「花が見えると呪われるって言われてる場所なんだよ。」
「...俺に死んで欲しいのか?」
「まぁまぁ怒るな。」

  ヒサマツはまた笑顔になっている。ムカつく反応を貼り付けて話を続けた。 

「昔昔、この場所に逃げ延びたお侍さんと遊女がいました。」
「急に始まったよ...」
「遊女はたいそうべっぴんで、男を入れ食いしていたんだが、今回も幽霊の策謀で男を落とそうとしたんだ。」
「めちゃくちゃなおんなだな。」
「それがまた遊女を拒んでな。その性根に気づいた侍が切り捨てた。切り捨てられた遊女は、切られて血塗れな自分を見せて言ったんだ。私の腹、綺麗でしょってな。」

   その言葉が耳に入った途端に何故か情景が浮かんだ。


    艷っぽい服を血に染めた長い髪の女が膝を折り、腹からもつを垂らして、こちらに向け手を広げていた。その膝元には沢山の男の死体が積まれている。地獄さながらな情景も恐ろしいが、最も怖かったのは女の表情だ。
   切られ焼けつく痛みも、積み重なった死体を足蹴にしてもなお絶やさない笑顔。この遊女は背中に張り付く怨嗟の声など気にも止めて居ないのだ。

「そのお侍が何を見たのか、それは分からねぇ。けどその後を追ってきた町奉行のお役人7名を切り捨てた。そっから街に降りて、道中にいた人達も切りつけた。」
「...気が狂ったのか?」
「どうだろうな。でもその侍が捕まって話した事と言えば、花が見たかった。だそうだ。」
「______腹と花って、言い間違いかよ。」
「正体のねぇ気持ちの悪い話しさ。恐らくだがこの件に絡んでるのは侍の方だ。」
「それまたなんでだ?」    
「ここがその侍の処刑場だから。そして、この指輪が反応しないってことは、呪いの根幹が男にあるからだろうな。」

   わけがわからなくなってきた。

「つまりなんだ?遊女の言葉で惑わされた侍は、死んで怨霊にでもなった...とか?」
「実際の所はそうなんだろう。でも現代に蔓延る呪いってのは、そんなのどうでもいい。」
「どうでもいいんだ。」
「昔から今に流れ着く呪いってのもあるにはある。だが今回みたいに出てきた呪いは、負の感情が乗った言霊によって発言する。それも沢山のな。」

    何故か遠い目をしながら煙草に火をつけた。

「朧気なよく分からない負の話。ことづてに膨らむ架空の憎悪。それからこの嫌に目立つ何でもない木。この土地は取り込んで染み込んだ憎悪が骨となって形を得たのが元凶さ。呪ってのは子供が作る粘土そのものだよな。元があれば創意工夫できるんだから。」
「...」

   じじじと火が煙草を喰う音がして、闇に吐きかけた紫煙が溶けていく。

「今じゃ【失恋した人の前にこの木と華園が現れたら呪われる】とか【失恋すれば花が咲く】なんて事になってる。となればこの木が消えれば呪は絶てるっつーわけよ。」
「なるほど...」
「んで、本当にやんのか。」
「...そのために着たんだろ?」
「おじさんに全部言わせる気かよ。」

   ヒサマツはまた煙草を吸って、低い声音で話す。

「お前が持ってるそれ。妹ちゃんのスマホだろ。」

    ビックリした。本当にこの男は鋭いカンをもっている。

「そのスマホが俺に近づく度に、この指輪が熱くなる。つまりお前の妹ちゃんは死んだんだろう?」
「...まだ決まったわけじゃない。」
「嘘こけ。お前がメガネちゃんの家にいった時、何も無い2階見てたろ。」
「....」 

    俺はもう隠す必要もなかったのでスマホをポケットから引き抜いた。画面が蜘蛛の巣みたいにひび割れ、角に血がついているこのスマホは、家から学校にいくまでの道端で拾ったものだ。もっと言えば、警察が封鎖した道の近くでだ。

「呪いによってかなんでかはしらねーけど、妹ちゃんはあのミサトって子に取り憑いてる。恐らく呪いが解け____」
「わかってるよ。」

   あの子の事だ、ミサトちゃんが心配で成仏せずに留まっているのだろう。

「優しくて、友達思い。お節介の世話焼き。あの子が、ミサトちゃんに取り憑いてる理由なんて察しがつく。」
「はまさき...」
「ミサトちゃんが_____妹を殺したんだ。」

    腹を咲かれ、中身を観察され、生を蹂躙される。そんなことをした相手をおもんばかるのはうちの妹くらいだ。

「やろう。燃やせばいいんだこんなもん。」

    溢れかえる悲しさはあとで吟味する。唇を噛み締めて涙を堪えていると、ヒサマツが肩を叩き、温かな手がつむじを撫でる。

「よく言った。」
_____ちゃんと連れて行くから、安心しなさい。
「ありがとう。」

   ヒサマツの指輪に住んでいる幽霊だろうか。彼女は死してなお優しく、心を温めてくれた。2人の気遣いに感謝して、俺はヒサマツから貰ったライターに火を付けた。
    その時だった。手に持っていた妹の携帯にあかりが着く。画面を見てみると、非通知と書かれている。

「出た方がいい。多分な。」
「...わかった。」

   スピーカーに耳を当ててると無言電話だった。だが俺にはわかる。妹からだと。そしてきっとミサトちゃんと面と向かって話しても、ダメだったのだろう。なぜなら妹は困った時にしか俺に電話しない。

【...ダメだったか。】

きっといつもみたいに、うん。ごめんね兄貴。とかなんとか言ってる。

【それを言うな。こっちこそごめん。かっこ悪い兄貴で。あとは任せろ。】

    言葉を切り離し、俺はスマホを繋いだまま、木を燃やした。
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