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リノベーション編

救猿作戦

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   目の前に白衣を羽織る大きなゴリラが立っていた。俺は自分の意思に従わない身体を抑えようとするが、そんなのはまるで意味がなかった。
    目から見る視点のはずなのに、体はまるで別の意識がコントロールしているようだ。

    頭を整理していると、ゴリラは俺に向かって何か言っている。だが聞こえない。
心の内から湧いて溢れる激情が、身体を焼き尽くすほどの熱い何かが、腕と足を無理やり動かしている。

    手近なものを掴んでは投げ、机や椅子を蹴り上げる。自分の不甲斐なさを埋める無駄な行動を繰り返す。身に降りかかる全てを反発する。
   これは悔しさだ。自分が無力だと強く感じた時に、自分が無力でないと表現する行動だ。

「私は!どうして助けられなかったの!誰も教えてくれなかったじゃない!どうして誰も助けてくれなかったの!ぁああッ!!」

   喉を裂いた震える声が思考をグチャグチャにかき回す。佳代子さん。あなたはどうしても息子さんを助けたかったんだね。







「ブハァッ!!」

   痛覚がアラームになって意識が引っ張り出された。はっきりと見えるようになった視界には、乾いた灰色のアスファルトとケーニングの黒い革靴の先端があった。

「だい…すけ……なんでダイスケって呼んだ…」

   不意に出た言葉が口から漏れる。先程まで感じていた幻の熱さが胸から消えていくにつれて、なにか寂しくて言ってしまった。

「貴方…今なんて言ったの?」

   隣の声に反応すると、佳代子さんは青あざだらけの顔面を向けて、赤く晴れた瞼をゆっくり開いて、まるで信じられない物でもみたかのような視線を俺に送っている。
    そんな顔を見たら、何故か悲しさと無気力さ故の絶望感が涙腺を刺激する。そうか。あの幻は佳代子さんの記憶なんだ。

「佳代子さん、見たよ。なんで見れたのかわからないけど見た。貴方が息子さんを救えなくて哀しみに飲み込まれたときの気持ちと行動を」
「…」

   するとケーニングが俺の顎を掴んで顔を引き上げ、目を無理やり見合わせてきた。

「あなたは異能持ち…ではなさそうですね。」

   深みのあるブルーの瞳が俺の目を通して、心を覗いてる。見たところで無駄なのに。
 
「私と同じ様に特別な目を持っている訳でもない。突発性異能発症の兆候もない。」
「...悪いけど俺は超能力なんて持ってない。」
「いえいえ。それを決めるのはわれわれなので、あなたは黙っていなさい。」

    違和感満載の笑顔を作って俺を睨んだ。ムカつく視線で俺を撫で回して、なんの得があるんだろうか。
   そしてこいつはなんなのだろう。佳代子さんを殴り、俺を捕まえて、あの子を捉えようとしているケーニングという男は何者なんだろうか。

「ですが…瞳孔の奥に何かがありますね。"取りだしてみましょうか"」
「取り出す…だと?」
「そうです。異能持ちはDNAレベルで人類とは異なります。人間のマッピングデータとはまるで照合がとれないのです。そして異能の詳細データは脳や脊椎にありません。目です。眼球にあるのですよ。」
「ふっ____」

    まるで宝石でも眺めるように見るケーニングの目は、まるで悪意がなかった。純粋な好奇心で満ちた青い瞳だ。

   だから俺は体が震えるほどの恐怖を感じている。こいつは自分の好奇心や興味だけで、人を殺せるのだから。だからこそ俺は自分を奮い立たせた。

「ふざけんなぁああッッ!!!

    掴んだ顎を無理やり力だけで動かした。いやこれは「押した」だ。
固定された頭を突き出し、ケーニングの腕力を押し返して、俺の目をケーニングの眼前にまで近づけた。ゴリゴリっと首が悲鳴を上げるが無視をした。心の動力源に怒りが焼べられる。

「見たきゃ好きに見やがれ!取り出したきゃくれてやる!でもあの子に触れることはゆるさねぇ!絶対にだ!!」
「なんでそこまで肩入___」
「知るかそんなもん、このボケがッ!!俺があの子を助けるって決めたから守るんだよインテリ!!その脂ぎった指一つでもあの子につけてみろ!泣きながら謝っても許さず痛ぶってやるッ!!」

    俺の口上が終わった途端に、ケーニングの後ろから何か大きな物がぶつかる音がして、黒い影から一筋の光が指した。
   人間が引いてしまう程冷淡なケーニングも驚いた表情を見せて振り返る。

「なんですかこんなときに。」

    次の瞬間には闇が払われる。影は大きな壁で、一瞬のうちに弾けてなくなった。
    大きな海の上にまんまる大きな月が夜を見守っていた。だが、その間には大きなシルエットが景色の邪魔をしている。

「こんなタイミングで。」

    三角の大きな岩の胴体から生える、4つの岩の脚が地面に突き刺さっている。胴体の頂点付近にはバレーボール大の眼球がくっついていた。岩蜘蛛だ。
想像にしなかった乱入者にケーニングは驚いていたが、すぐに背中に手を回して銃を取り出す。

「効くかわかりませんが…」

    銃口を向けて引き金を引き続けた。だが岩蜘蛛の肌は頑強で、銃弾を弾き返し、バレットファイヤが宙に消えていく。

「モンスター映画にでも出ているみたいですね。」

    ケーニングの後ろ姿は影に落ちた。見晴らしの良くなった空き倉庫は、5メートルはある巨大な岩蜘蛛によって扉を破かれていたからだ。
   後ろには波の音が聞こえて、岩蜘蛛の背には月が浮かんでいる。

    月光が浮き彫りにするシルエットが、こんなにも絶望的とは思わなかった。
    三角に4つの脚を生やした、人間や生き残った動物とはかけ離れた体躯。蜘蛛のような体型ではあるのだが、見て取れるその質感は灰色の巨大な岩だ。
    ずっしりとしていて、破壊を許さない不壊の岩。胴体と思われる三角の頂点の1つ目が、俺たちを見下ろしている。

    無理だ。勝てっこない。絶望の壁が俺たちを追い詰める

「僕は絶対無理と言われると、ムカつく性根でね。」

   俺たちに影を落とす絶望に、スーツ姿のケーニングは立ち向かい、警棒のような物を握っていた。
    背を向けているのでどんな表情かは分からないが、きっと殺意の篭った壮観な顔つきなんだろう。まるで機械のような声音が、今では決然に燃える男の声だ。

「ここでやらなければ…男がすたッ___」

    一瞬でケーニングの背中が消えた。岩蜘蛛の前足一つが振り抜けて、彼を払い除けた。たった一撃振るっただけで人一人がどこか遠くに飛ばされて、どこかで物が落ちる音が響いた。

「まぁそうなるよな。」

   予想内だこんなの。目の前に建つ壁は意思がある。
   どんな意思があるのか知らないが、邪魔な物は破壊できる力を惜しみなく振るうだろう。対話などない。ただゴミを潰すだけなのだ、この蜘蛛もどきは。

--聞こえるか
「うぉわ!なんだ!急に声がしたぞ!」

   今この場にいた人間の声ではない、若い男の声が頭の中で響いた。というよりは、脳みその中で言葉が沸いた

--死にたくなければ、そいつの股に飛び込め。
「はぁ?!ふざけんな。どこの誰とも知らねぇ奴の言うことなんて___」
--好きにしろ。忠告はしたからな。
「___あぁあ!くそがよぉッ!!」

    俺は縛り付けられたはずの体を起こした。脚に力を込めて、椅子を揺らして、岩蜘蛛の脚の間に転がった。無様に生き足掻く為に、恐怖を押し殺して飛び込んだ。
目を開くと、岩蜘蛛の胴体の底を見上げるような体勢になっていた。

--よくできました。

   銃声が遠くから耳に届く。それを認識する頃には目線の先で何かが弾けた。
   岩が砕ける音と肉が弾けるが聞こえて、血雨が降った後に塵が空を漂って地に落ちていく。狙撃だ。何かしらの方法を持って、狙撃で目を狙撃したのだ。

「まじかよ…」

   恐らく長距離の狙撃。しかも弱点足り得る目玉を潰し、海側から倉庫に向けて、銃弾が目玉を射抜いたのだ。

「ボサッとしないッ!」

   今度は佳代子さんの聞き覚えのセリフと共に蹴りが飛び込んできた。足裏が椅子に当たると海に向って滑って行き、岩蜘蛛の股から脱出した。
流れるように岩蜘蛛の巨躯が倉庫に向かって倒れ込んだ。まるでビルの倒壊でもしたかのような音が頭上から聞こえた。だが今の俺は清々しさを堪能していて、そんなことはどうでもよかった。

「綺麗だ…」

仰ぎ見る夜空に星はない。
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