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閑話休題
Magic of the Memories part16 魔法にかけられ損
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城の中に人はいなかった。暖かさが消えた暗い階段をかけあがる。三人の足音がまばらに弾けて重なりあわない。
先導をきるブレイズ伯爵は、背後に気を配りながらも全速力で走っていて、俺たちは機械の体をもっていながらなかなか追い付けずにいた。
この機械の体では息が切れることはない。だがそれでも内燃機関をセーブしていないと、戦いまでにタキオンが持たないために、常人レベルの速度で走っているためだ。
「なぁブレイズさん!なんで人がいないんだ?」
ごろーちゃんは通ってきた城内の非常事態の理由を聞いた。
正面から侵入してきた俺達だが、警備をしている兵士はいなかった。中に人もおらず、何かが襲ってきた雰囲気でもなかった事に不安を覚える。
「恐らくは機械にくべられたのだろう。」
「どういうことだ?!」
「火に薪をくべるのと変わらない。魔力炉心の最初の始動にかかせない。発動範囲も極大なわけだから、それなりの数を……」
「もういいよ。わかったから」
人を使って人を呼び戻す機械。非人道的な人道装置は、このヘキサグラムの人間を使って既に発動されている。
俺たちはそれを止めるためにこの階段をかけ上がっていたけど、結局の所後手だ。もう後は手早く事態を片付ける以外にない。
「着いたぞ。」
階段を上がりきると、どこにでもありそうな木製の扉が目の前に現れた。扉の隙間から紫色の光が漏れている。
俺は弓を手にとって、矢を引き抜いた。矢づつの中には木でできた軽く簡素な矢が数十本、その中には二つの鉄の矢が混じっている。
「ダイスケ…。」
横に並ぶごろーちゃんは、悲しそうな面持ちで俺を見ている。それに笑顔で答えてやる。
「わかってるよ。この矢は最後の手段。使わずに済むならそれに越したことはない。」
「……」
銀色の髪が纏まりをなくしている。俺は手にとった弓矢をおいて、ごろーちゃんの前で床に膝をついた。
「な、なに?なんな」
「動くなよ。」
川が枝分かれでもしたのかと思うほど、乱れた髪の流れを手でまとめてやる。驚いたごろーちゃんは身動きできぬまま、単語を発するだけの人形になっているが気にしない。
艶やかな髪が指の間をすり抜ける。毛質がいいのか感触が心地いい。
「よし。できた。」
「どうせ乱れるのに…。」
「それでもだよ。女の子だしちゃんとしておきな。」
まとまった髪が本来の美しさを取り戻す。まるでシルクのカーテンようにしなやかで、天の川にも似た煌めきを孕んでいる。
ごろーちゃんの驚きで見開いた顔は、少しだけ赤みを出した。どうやら恥ずかしがっているようだ。
なんとも騒がしい女性だ。強かな反面、心が柔らかくて、自分の芯の強さに負けやすい。こんな頼りがいと頼られがいがある女の子を見たことがない。
「どうだ?童貞に髪を纏められた感想は?」
あまりにすっとんきょうな問いかけを、ごろーちゃんは手くしで顔を揉んで、腰に手を当て偉ぶった。
「悪かないな!だから、終わった後もやりたまへ!」
「はいはい。」
「二人には悪いが、そろそろ扉を開けるぞ。」
ブレイズは返事を待たずに扉を押した。わすかな隙間から漏れていた紫色の光は抑圧から解放され、開かれた扉から大量に俺達へと飛び込んだ。あまりの光量に手で眼を覆った。
「久しぶりですねぇ!!ごろーちゃん!!」
指を少しだけ開いて光を見る。紫の世界に浮かんだ二つの人影は俺達を見ている。
「止めにきたんでしょうが、遅かった!嫌々全く手ぬるいですねぇ!!おかげさまで此方でのやりたいことは全て終わりました!」
声は心からの愉快さを抑えることをしない。その言葉含まれた剥き身の感情をぶつけられ、ごろーちゃんは歯ぎしりをひとつして飛び出した。
「ふざけんな!全部、全部お前がッ!!!」
「ではこれにて!また会いましょう!」
ごろーちゃんの慟哭と共に光が消えた。闇夜に沈んだ屋上には、仰向けに倒れた王様とそれを見下ろすマリエがいた。
「今の声は………間違えない。アイツがこの世界にもッ!!」
「ごろーさん!今はそんな話をしている……場合で、は……」
ブレイズはごろーちゃんを静止しようと前にでようとした。だがその足は地に着くことなく、横だおれする。俺は傾く体に反応して抱き止めた。
「ブレイズさん?ブレイズさん!!」
空を仰ぐブレイズの目は虚ろに揺らいでいる。消えそうな篝火のように儚げで、秒刻みで生気がなくなっている。震えている唇から言葉を途切れさせながらも弾いた。
「どうか……民を……お救い下さい……」
そして彼は動きを止め、膝を折って蹲っている。仲間の死は第二段階を意味していると、彼は言った。装置による魂吸引現象は王の契約だと。
「間に合わなかったのか……」
「ダイスケ、まだだ!まだ終わってない!」
ごろーちゃんは先程とは違う慌ただしさを持って、目の前にある鉄の筒を指差した。
紫色の光は消えて、今度は暗い群青色の光が闇夜に紛れて延びていた。終わっていない。まだこの世界に残った人達に危機は去っていない。
「俺がやる!!」
地面に寝ていた弓を起こして矢を構える。だが狙いはマリエの体によって阻まれている。
「退いてくれマリエ!その鉄の筒を壊さ____」
「させない」
まるで言わされているようだった。マリエは視線を落として、頭のつむじをこちらに向けている。だがそれと同時に害意も向けているように感じた。
「おとう……さんが………くるまで、まってないと……」
彼女の輪郭を紫色の光がなぞっていく。
「ダイスケ、やっとわかったよ。あの光の意味。タキオンによって自身に及ぼす物理現象から隔絶。私たちが立つ次元から型抜きされていて、攻撃は通らない。あれはもう私達に言わせたら、神に近しい何かだ。」
「そうか。」
こちらを見ていないマリエに矢尻を向ける。
「マリエッ!!!聞こえているか!」
「うぁ………おと……うさん?」
顔を上げたマリエの表情は人間のものではなかった。睫毛が長く、つぶらな瞳は紫色の眼光で溢れだしている。血色のよかった肌も、まるでアスファルトのように固くひび割れ白色になっている。
誰が見てもわかった。彼女はもう戻らないのだと。確信が自分の中で決意へとシフトする。
「ぐっ……同輩よ...うら若き愛し子よ。今ッ!私がッ!!!終わりにしてやるッ!」
いの一番に飛び出したのはなんとブレイズだった。魔力吸引によって弱り果てた体に鞭を撃つ。歯を食い縛り、腰に刺したロングソードを抜いて、マリエに向かっていく。
「ブレイズ!待つんだ!今彼女に物理攻撃は!」
「止めるなごろーちゃん!仲間が弄ばれているのをこれ以上見ていられな__」
勇み足が止まる。何故なら向かう先にマリエはおらず、目の前には俺達が出てきた扉があったからだ。彼の見ていた視界が反転した。と言うよりも、ブレイズだけが気づかぬまに進行方向が逆転していたからだ。
「どういう事だ!俺は確かにマリエの方に___くそっ!!」
ブレイズは踵を返して再度マリエに向かう。その姿を、彼の動きを俺達は見ていた。だが結果は変わらない。俺達とは意識と無関係に扉の前に立つことになってしまう。進めども進めどもそこには扉が現れてしまって、マリエに向かうことができない。
「何故だっ…何故このような面妖な事がッ!」
「おとぅ……さんを待って……ないと。」
マリエが指を鳴らした。
驚天動地。動かざるものが動き出す。ぐるりと目が回って、天と地が入れ替わった。俺達の目に映る世界が反転してしまったのだ。だが足の裏はちゃんと重力に引かれていて、地についているのに、視界と平衡感覚は逆さまだった。
「なんだ、何が起こって…」
誰がいったかその言葉に、誰も返事などできなかった。
先導をきるブレイズ伯爵は、背後に気を配りながらも全速力で走っていて、俺たちは機械の体をもっていながらなかなか追い付けずにいた。
この機械の体では息が切れることはない。だがそれでも内燃機関をセーブしていないと、戦いまでにタキオンが持たないために、常人レベルの速度で走っているためだ。
「なぁブレイズさん!なんで人がいないんだ?」
ごろーちゃんは通ってきた城内の非常事態の理由を聞いた。
正面から侵入してきた俺達だが、警備をしている兵士はいなかった。中に人もおらず、何かが襲ってきた雰囲気でもなかった事に不安を覚える。
「恐らくは機械にくべられたのだろう。」
「どういうことだ?!」
「火に薪をくべるのと変わらない。魔力炉心の最初の始動にかかせない。発動範囲も極大なわけだから、それなりの数を……」
「もういいよ。わかったから」
人を使って人を呼び戻す機械。非人道的な人道装置は、このヘキサグラムの人間を使って既に発動されている。
俺たちはそれを止めるためにこの階段をかけ上がっていたけど、結局の所後手だ。もう後は手早く事態を片付ける以外にない。
「着いたぞ。」
階段を上がりきると、どこにでもありそうな木製の扉が目の前に現れた。扉の隙間から紫色の光が漏れている。
俺は弓を手にとって、矢を引き抜いた。矢づつの中には木でできた軽く簡素な矢が数十本、その中には二つの鉄の矢が混じっている。
「ダイスケ…。」
横に並ぶごろーちゃんは、悲しそうな面持ちで俺を見ている。それに笑顔で答えてやる。
「わかってるよ。この矢は最後の手段。使わずに済むならそれに越したことはない。」
「……」
銀色の髪が纏まりをなくしている。俺は手にとった弓矢をおいて、ごろーちゃんの前で床に膝をついた。
「な、なに?なんな」
「動くなよ。」
川が枝分かれでもしたのかと思うほど、乱れた髪の流れを手でまとめてやる。驚いたごろーちゃんは身動きできぬまま、単語を発するだけの人形になっているが気にしない。
艶やかな髪が指の間をすり抜ける。毛質がいいのか感触が心地いい。
「よし。できた。」
「どうせ乱れるのに…。」
「それでもだよ。女の子だしちゃんとしておきな。」
まとまった髪が本来の美しさを取り戻す。まるでシルクのカーテンようにしなやかで、天の川にも似た煌めきを孕んでいる。
ごろーちゃんの驚きで見開いた顔は、少しだけ赤みを出した。どうやら恥ずかしがっているようだ。
なんとも騒がしい女性だ。強かな反面、心が柔らかくて、自分の芯の強さに負けやすい。こんな頼りがいと頼られがいがある女の子を見たことがない。
「どうだ?童貞に髪を纏められた感想は?」
あまりにすっとんきょうな問いかけを、ごろーちゃんは手くしで顔を揉んで、腰に手を当て偉ぶった。
「悪かないな!だから、終わった後もやりたまへ!」
「はいはい。」
「二人には悪いが、そろそろ扉を開けるぞ。」
ブレイズは返事を待たずに扉を押した。わすかな隙間から漏れていた紫色の光は抑圧から解放され、開かれた扉から大量に俺達へと飛び込んだ。あまりの光量に手で眼を覆った。
「久しぶりですねぇ!!ごろーちゃん!!」
指を少しだけ開いて光を見る。紫の世界に浮かんだ二つの人影は俺達を見ている。
「止めにきたんでしょうが、遅かった!嫌々全く手ぬるいですねぇ!!おかげさまで此方でのやりたいことは全て終わりました!」
声は心からの愉快さを抑えることをしない。その言葉含まれた剥き身の感情をぶつけられ、ごろーちゃんは歯ぎしりをひとつして飛び出した。
「ふざけんな!全部、全部お前がッ!!!」
「ではこれにて!また会いましょう!」
ごろーちゃんの慟哭と共に光が消えた。闇夜に沈んだ屋上には、仰向けに倒れた王様とそれを見下ろすマリエがいた。
「今の声は………間違えない。アイツがこの世界にもッ!!」
「ごろーさん!今はそんな話をしている……場合で、は……」
ブレイズはごろーちゃんを静止しようと前にでようとした。だがその足は地に着くことなく、横だおれする。俺は傾く体に反応して抱き止めた。
「ブレイズさん?ブレイズさん!!」
空を仰ぐブレイズの目は虚ろに揺らいでいる。消えそうな篝火のように儚げで、秒刻みで生気がなくなっている。震えている唇から言葉を途切れさせながらも弾いた。
「どうか……民を……お救い下さい……」
そして彼は動きを止め、膝を折って蹲っている。仲間の死は第二段階を意味していると、彼は言った。装置による魂吸引現象は王の契約だと。
「間に合わなかったのか……」
「ダイスケ、まだだ!まだ終わってない!」
ごろーちゃんは先程とは違う慌ただしさを持って、目の前にある鉄の筒を指差した。
紫色の光は消えて、今度は暗い群青色の光が闇夜に紛れて延びていた。終わっていない。まだこの世界に残った人達に危機は去っていない。
「俺がやる!!」
地面に寝ていた弓を起こして矢を構える。だが狙いはマリエの体によって阻まれている。
「退いてくれマリエ!その鉄の筒を壊さ____」
「させない」
まるで言わされているようだった。マリエは視線を落として、頭のつむじをこちらに向けている。だがそれと同時に害意も向けているように感じた。
「おとう……さんが………くるまで、まってないと……」
彼女の輪郭を紫色の光がなぞっていく。
「ダイスケ、やっとわかったよ。あの光の意味。タキオンによって自身に及ぼす物理現象から隔絶。私たちが立つ次元から型抜きされていて、攻撃は通らない。あれはもう私達に言わせたら、神に近しい何かだ。」
「そうか。」
こちらを見ていないマリエに矢尻を向ける。
「マリエッ!!!聞こえているか!」
「うぁ………おと……うさん?」
顔を上げたマリエの表情は人間のものではなかった。睫毛が長く、つぶらな瞳は紫色の眼光で溢れだしている。血色のよかった肌も、まるでアスファルトのように固くひび割れ白色になっている。
誰が見てもわかった。彼女はもう戻らないのだと。確信が自分の中で決意へとシフトする。
「ぐっ……同輩よ...うら若き愛し子よ。今ッ!私がッ!!!終わりにしてやるッ!」
いの一番に飛び出したのはなんとブレイズだった。魔力吸引によって弱り果てた体に鞭を撃つ。歯を食い縛り、腰に刺したロングソードを抜いて、マリエに向かっていく。
「ブレイズ!待つんだ!今彼女に物理攻撃は!」
「止めるなごろーちゃん!仲間が弄ばれているのをこれ以上見ていられな__」
勇み足が止まる。何故なら向かう先にマリエはおらず、目の前には俺達が出てきた扉があったからだ。彼の見ていた視界が反転した。と言うよりも、ブレイズだけが気づかぬまに進行方向が逆転していたからだ。
「どういう事だ!俺は確かにマリエの方に___くそっ!!」
ブレイズは踵を返して再度マリエに向かう。その姿を、彼の動きを俺達は見ていた。だが結果は変わらない。俺達とは意識と無関係に扉の前に立つことになってしまう。進めども進めどもそこには扉が現れてしまって、マリエに向かうことができない。
「何故だっ…何故このような面妖な事がッ!」
「おとぅ……さんを待って……ないと。」
マリエが指を鳴らした。
驚天動地。動かざるものが動き出す。ぐるりと目が回って、天と地が入れ替わった。俺達の目に映る世界が反転してしまったのだ。だが足の裏はちゃんと重力に引かれていて、地についているのに、視界と平衡感覚は逆さまだった。
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