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タイムトラベルの悪夢 編

蜥蜴の策略

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  夕焼け空にたばこの煙を吹いた。オレンジ色の空に漂う雲と煙が重なって、感傷的な見映えを眺めた。煙が風に漂って、空間に霧散していく。

「また、たばこですか?」

向かいの席に座っている長く綺麗な髪で真っ白なワンピースをきた女性が、ティーカップを傍らに細い眉を少し曲げて怪訝な表情で俺に話しかけてきた。

「これがこの島最後の煙草だ。パン屋のおっちゃんからぶんどった勝利の煙草。こらから先吸うことはないだろうからゆっくりと味わって…。」

  見るとフィルター間近まで火が迫っている。口惜しくも、そして今生最後の煙草を灰皿に押し付けた。
鎮火するところを見て、彼女は笑顔を取り戻した。

「私、それ嫌いです。臭いし服とかに匂いが着いちゃう…」
「まぁこのまえ、吸った後にキスしたらめっちゃ嫌がって---」
「そ·れ·に!」

  彼女の名前はソリシア。現在23歳になり出合った頃の俺と同い年になった。対する俺は29歳。もうこの時間軸で6年の年月を過ごし、ソリシアとの結婚生活も同様に6年になる。彼女は年齢同様に見た目も大人の女性に変わったが、反応や言葉選びは変わらずにいる。そこに安心してる俺はどうかこのままでと祈る日々を送っている。

ソリシアは少し暗い顔をして言葉を放った。

「パン屋はこの島からなくなったじゃないですか…」
「うっ…」




  ハーメルンとゴローちゃんが殺されてから6年がたった。
彼らの死はこの島民全員へ伝わり、殺人現場となった研究施設は村長らによって封鎖された。そしてその日から島内での生活インフラに影がかかりだした。


  まず農業だ。農作物は疫病で育たなくなっていた。
島の裏側で育てていた広大な畑は病気によって全滅。個人的な小さな野菜すら育たなくなってしまった。
  穀物の流入がさがり、個人経営の店には出回らなくなった。よって現在パン屋はお取り壊しになっている。井戸水に海水が流入したり、人間には致死性の病が流行ったり。この島での今後の生活は先行きが立たなくなっていた。

  学のない農夫に理由がわからず、こういった時にハーメルンがいてくたらと口々に言っていた。研究所は縁の下の力持ちだったことがわかった。



「なぁソリシア。この島からでた方がいいんじゃないか?」
「…またその話ですか。」

  この島の住人は外の世界を知らない。外からの来客も来たことがなく、そもそも船と言う技術がないのだ。だから外の世界を知る術はないし、知る機会もない。よくもこんな陸の孤島で暮らしていけたと思う。

  だから島のみんなにここを脱出しようと声を駆け回ったことがある。「何故そとから人間がこないんだ!」とやっかみを受けて反論できなかったとき、みんなに"嘘つき者"と呼ばれてしまった。それはそうだ知らないし見当もついていないのだ、そんじょそこらの男に言われたとて信じられるものではない。

  知らないことが壁を作り、彼らから可能性を奪い取っている。生き残る可能性は外にしかないというのに。

「この世界は外なんてないんです。」
「いやいや、俺の世界ではあったんだよ。だからきっとこの世界にも外があるはずなんだ。外にでられれば衣食住は保証されて…」
「…私は知ってるんです。」

暗い顔が更に暗さをました。彼女は封を切るように、たどたどしく話していく。

「私たちが船を作り、海にでると食糧がないことに気がつきます。それは島民の嫌がらせで、餓死します。運よく帰ってきても、飢餓による人食が横行していて、食い殺されます。」
「…君はまた夢をみるんだね。」
「そうです。…もう終わったと思っていました。ここ数年は見ることはなかったから、でも最近はまた夢を見出したんです。」

ソリシアは言葉を口にする度に、怪訝になっていく。そして目尻から涙が溢れ始めて、言葉に嗚咽が混じりだす。

「どの夢を見ても、私達は死ぬ。場所や時間は関係ない。死ぬというゴールに全てが向かってるんです。」
「ソリシア…」

  ついには小さな肩を揺らし始めた。たまらずに席をたち、抱き寄せる。小さな体が必死になって震えていて、愛おしくもあり助けになりたいと思う。でもそれも無理だ。彼女は未来が見えるせいで諦めてしまっている。

「私はズルい女なんです…」
「何がだよ?」
「服を買ってもらった時の初な反応は最初は嘘だったんです…」
「それはまぁわかってたよ。大分大袈裟だったし」
「でもお陰であなたと長くいられた。どの未来よりも長く一緒に。」

  彼女は沢山の未来を見すぎていて、全てを諦めてしまっているように思える。胸のなかに収まる小さな頭の中で、何度も何度も悲惨な結末と辛い思いを繰り返し、望む未来も勝ち得ない。
  繰り返すバットエンドに疲れきっていた。今じゃもう、ボロボロに擦りきれて、寄りかかれないと立てない程に衰弱している。
体に寄りかかる、吹けば飛ぶほどに軽く弱々しい体重。俺はそんな彼女に同情するよりも、寄り添いたいと思った。

「俺は君といるよ。」
「ダイスケ…」
「ずっと一緒にいて、一緒に死ぬよ。もとの時代に帰ろうと思ってこともあったけど、今の俺は君が何よりで…」
「それは……ダメね。」
「えっ?」

彼女は俺を見上げる。夕焼けを写すほどに目を潤ませていた。

「これは私が選んだ未来だから。」

  一瞬の静寂が場を埋めた。胸騒ぎと緊張感が降ってわいたように現れて、静かな空間が騒がしく感じている。記憶に埋もれた懐かしい感覚を掘り起こす。

遠くはなれた所から音が走った。音は小さいが離れている訳じゃなさそうだ。風を切って進み、自分が知っているおおよそのタイミングでそれを掴む。

「きたわ。」

小さな矢尻が煌めく。真っ直ぐに延びてしなる程にたわやか。掴んでいるのは矢だった。

「久しぶりだな、佐藤大輔」

タイルが敷かれた広間には俺とソリシアの他に、黒いローブの男が立っていた。身の丈に合わない大きさで、顔は見えず長い丈が地面に折り重なっている。素性のわからない男は、何故か俺の名前を呼んだ。

「誰だッ!俺に弓矢でけしかけようとは、舐めた真似しやがる。」

口上を垂れながら、胸に抱いたソリシアを背後に回す。

「君が誰なのかを思い出させるためだ。当てる為ではない。」
「あんたは誰だ。」
「阿久津光太郎だ。わすれたか?と言ってもこのローブ姿では思いだせはしないだろうけど。」

バイオコープの代表取締役。代替脊椎に脳移植し、ナノマシンの体を持っていた男。俺と共に、あの変な機械の爆破に巻き込まれ死んだ男。
けれど死んだ男の名前をコイツは使った。彼を知る人間すらいない筈のこの時代にだ。

「何故驚く。君もここにいるんだ、俺だってここにいてもおかしくはないだろうに。」
「そんなことって…うッ…………頭が…」

弓矢を握っていた手が痺れたと思うと、視界が暗転する。
消えていく視界の中にソリシアはいなかった。














目を開くと月が雲間から顔を出していた。夜風が体を通り抜けて、冷たさだけ残していく。

「夜か…」

襲い来る弓矢。阿久津光太郎。夕暮れ。暗転する視界。最後に聞こえたかもどうかもわからないけど、ソリシアの声で"さようなら。"と。

「準備をするか。」

  全てを思い出す。身を震わす程の怒りが心の中で噴水みたいに沸き上がってくる。それを押し込めて、体をお越し、走り出す。一度家に戻ろう。















  ボロ家に戻り、二階へ上がる。襖を開くと月夜の下にベッドが横たわる窓の空いた部屋にたどり着いた。
  白い布団の上には、暇を見つけて作った弓と矢筒。包丁を小さく磨いだナイフ。全てがあの島使っていた物に似せてある。
どれもこれもユーリスのお陰だ。

(ユーリス。)
---なんだ、七年ぶりに声聞かせたと思ったぜ。忘れてた訳じゃないんだな。
(お礼を言おうと思ってな。七年前から助けてくれていたのは知ってる。)

頭の中で自分とは別の声が響く。私設部隊の傭兵、ユーリスダグラスの声だ。彼の脳内情報と人格は俺の頭の中で生きていて、俺が気づかないことも彼が虫の知らせで教えてくれていた。あの時の悲鳴も、さっきの弓矢も。

---ふん。なら最初からお礼をいいやがれ!
(悪かったよ。)
---それで。いくのか?
(もちろん。嫁を助けにいくのは夫の勤めですから。)
---お前が嫁ねぇ…親戚の結婚話を聞いているみたいだぜ。
(親戚…俺は家族だと思ってたよ。)
---ばッ!所帯持ちが気食の悪い事いってんじゃねぇ!

  月下に映える武器を手に取る。矢筒を背負い、ナイフを皮工芸で作ったホルスターに仕舞い腰に掛ける。そして弓を構えた。

---いいか。巣をつついたら何がでてくるかわからねぇぞ。恐らくは地元の人間を雇ってやがるだろう。そうなると、顔見知りを殺す事になるだろう。

弓を構えて壁に向ける。色んな知人の顔を思い浮かべて玄を放す。

「やるさ。ソリシアを殺させはしない。」
---なら俺も協力してやるよ。っと、窓の外を見てみろ。

  窓から外を覗く。海が広がり、木に囲まれた町。小さな家が立ち並ぶ暗闇のパノラマに、一筋の光が指していた。そこは七年前、ハーメルン博士がいた研究施設だ。

---行こうぜ。相棒。
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