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探求編

思い出し笑い

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  記憶の中に、また別の記憶が現れる。目を閉じてみても、歩いても、流れる映画の最中に別の映画のシーンが割り込むような感覚が襲う。
  記憶の僕は蒸しタオルを持っている。ジョナサンと勉強をしている。テレサと愛し合っている。
かわるがわる記憶が現実にいるモノの認識を阻害する。自己認識の混濁。僕が僕じゃないみたい。

「モノ!」

  誰かが呼ぶ声に連れ戻されて、ハッとした。ジョーダンが僕を呼んでいて自覚した。僕は喋れるゴリラのモノ。遠退いてた感覚が少しずつ戻ってくる。

  だがこの別の記憶はなんだ?まるで他人で自分。
…そうか。そういえばそうだ。ブレインは人の脳を使って精製され、損傷した脳ミソに結合する。補填されたのはテレサやジョナサンどの記憶。そこで私は気づいてしまった。これはきっと、ダニーパーカーの記憶なのではと。
  
  ボーッとしていた僕に張り手が入る

「おい!モノ、しっかりしろ!」
「あ、ああ。ありがとう。助かったよ。」

  パチパチと火の粉が弾けている。あれだけ暗かった倉庫は火の手が周り、オレンジの灯火で明るく照らし出していた。まるで夕焼けのようだ。
  その緊迫感のなかで、ジョーダンは焦った表情を浮かべる。

「あのくそゴリラがのびてる間に逃げよう。」
「そうだな。早く行こう。」

そうして出口の方に顔を向ける。

「まだ終わってないぞ。」

  黒い服装の男が、立っていた。黒いズボンとパーカー。フードを深く被り、その中から覗くのは赤い髑髏だった。深く沈んだ目の中で眼光が怪しく闇を裂いた。

「アイツだ。アイツがテレサをさらったんだ。」
「わかった。もういいから、先にジョーダンは逃げろ。」
「ふざけんな!俺に仕事させろ!」
「だからにげろっていってんだよ。上でお前を必要としている人がいる。」
「くそ…嫌な言い方するぜ。先にいってるからな。」

ジョーダンは崩れた荷物の山の中に消えていった。

「テレサを返してもらおうか。」
「それなら後ろにいるだろう。」
「何?」

  猛烈な打撃が後頭部を襲う。首に纏わりつく筋繊維、図太い骨。堅牢な体の構造に裏打ちされた防御力を全て凌駕する力が頭を襲う。衝撃は減速することなくまっすぐに延びて、身体を浮かし、身体を突き抜け意識を刈り取る。

  空中に浮いてる間に意識を取り戻すと、重力に引き寄せられて地面に叩きつけられた。

「いいパンチを持ってるぜこのメスゴリラ。」
「…」

  地面から立とうとする時間すらない。追撃の蹴りを腹の真ん中に食らう。受け止めきれない打撃力で、どこまでも転がり続ける。

「元恋人の蹴りはどうだ、ダニー。」
「…どういう事だ…何故僕の記憶を知っている。」
「ブレインはな。ある意味では脳移植みたいなもんさ。薬品と調合し、液化していても腐らずに生きた状態で身体に投与する。あとはナノマシンによる細胞再編成と再結合を、そして活性化を促す。」
「そんな事は知ってる…何が言いたい」

脳に他人の脳ミソを繋ぎ合わせる。それが真実だった。僕はそれを知らなかった。ブレインの熱量吸収作用の対策ばかり考えていたから。

「そうだ。記憶流入ならまだわかる。残った記憶が繋ぎ合わされるのは理屈としてはあるのだろう。だがわからない、投与されて老衰してしまう根本的理由がな。………まぁいい。」

荷物の山を割り、地べたを舐める。身体を起きあげたその先に、赤い髑髏とその後ろを歩くゴリラ。威圧感が僕の胸を締め付ける。

「ダニーパーカー。最初から君の脳を使うつもりだったんだ。」
「何を言ってる。」
「記憶の再構成まではいかなかったか…。だがお前の中にいる"ダニーパーカー"という認識は残っている筈だ。彼に打ち明けなければならない。」

赤い髑髏は炎の色で更に怪しく光る。

「私に言ったんだぞダニー。罪悪人には未来に生きる人の為、罪の対価をはらわせると。ブレインの臨床試験に使う脳ミソは、死刑囚に提供してもらうなんて在り来りすぎて笑ってしまうったがね。まぁいい提案だったよ。」

   赤い髑髏が言いたい事が上手く分からなかった。考えている内に火の手は大きく広がり、天井を飲み込もうと壁を伝い始めた。至るところにそびえ立つ箱の山は燃えつき崩れ落ち、時間の無さが伺える。

「まだ見えないのか?こんな孤立した施設の行方不明者がどこに消えたのか?そもそもブレインの原材料が囚人風情だとなぜ信じる。」

  やっとわかった。人の認識を植え付けてしまう可能性があるのに、人間性に問題がある囚人の脳を使うのだろうか。点と点が線で繋がれれば、後は答え合わせだ。

「囚人の脳ミソは使うつもりは…なかったのか?」
「そうだ。そもそも1個の企業に人の脳を提供してくれる国なんぞあるわけがない。最初から社内で賄うつもりだった。死刑囚の話は嘘だ。」

  二人の後ろには爆薬とかかれたタンクがあった。まわりは火の海、手には石。残りの力を使えばタンクを貫通させるなんて容易だ。

「ではそろそろ眠ってもらう。邪魔な獣よ。」
「そうか。それならお前らには吹き飛んでもらう。」

  モノは振りかぶった。野球選手のようにしなやかに腕を動かす。 

その時頬に一滴の雫が落ちる。

  冷たい水が一滴、また一滴と落ちてきて、次には大雨に変わった。スプリンクラーが作動したのだ。投げた石はタンクを貫通。流れ出す砂のような爆薬は濡れて引火することはなかった。
  火の手はスプリンクラーが放つ消火剤の雨によって消えていく。音が消えて、明かりも消えて、寒さだけが取り残された。

「おいおいモノ!お前ヤバイ奴じゃないか!消火剤の入ったケロイドスプリンクラーじゃなかったら死んでた!」

  僕は膝から崩れ落ちた。負けた。運にも負けてしまった。策はもうない。

「殺すのは惜しいな。とりあえず、私が逃げるまでは寝てろ。」

  何かが打ち込まれる。意識がちょっとずつ崩れて行く。僕は、何もできなかった。
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