上 下
52 / 61
第三章 江戸騒乱編

第51話 ナルシスト

しおりを挟む
 門下生らしき男達に抱えられ、気を失ったまま道場の端で寝かされる斎藤。

「あの斎藤さんがやられるなんてね…」

「ああ……まさしく魔神……化物だ」

 特に驚いた表情も見せず淡々と述べる沖田に、答える新八。どこかまだ、余裕の様な物が感じられる。今のジンの戦いを見ても、勝算があるとでも言うのだろうか。それとも、何かまだ奥の手が……すると、飄々ひょうひょうとした態度の沖田が、軽い口調で新八に話しかけた。

「次は僕の番ですよ? 新八さん」

 そう言って沖田が腰の刀に手を掛ける。

「総司、テメエ……」

 獲物を取るなとでも言いたげな表情かおで、新八は沖田を睨みつけた。しかし、当の沖田はまるで意にも介さずに、平然とした顔で言い返した。

「だって新八さん、どうせあの真人とか言うのは譲ってくれないんでしょ? だったら僕は、半蔵の奴で我慢しますよ……前からチョロチョロ鬱陶しいなと思っていましたし」

 薄い笑みを浮かべたまま、冷たい目線をこちらに向けて来る沖田。どうやら、自分の相手を半蔵だと思い込んでいるらしい。しかし、名指しされた半蔵は全く応える素振りが無い。黙って俺の傍らで、事の成り行きを見守っている。すると、その様子を見ていたコンが、我慢できないとばかりに名乗り出た。

「あんたの相手はあたしだよっ!」

「おい、コン。お前勝手に──」

 思わず制止しようとした俺に、コンが被せる様に返して来た。

「ご主人様、約束ですよ? 暴れさせてくれるって……」

 そう言うコンの表情は既に、一歩も引く気は無い様に見えた。絶対譲らないという、決意が籠った目で俺を見つめて来る。どうやらコンもこいつなりに、ここまで相当、我慢して来てたらしい。

「仕方ない……コン、油断するなよ?」

 まあ、確かに約束してたしな……ここは俺が折れるしかないか。だが、いくらコンでもこいつら新選組は油断できない。さっきの斎藤も、ジンだから楽勝出来た様に見えるが、実力は相当な物だった。実際、俺も異能の正体が分からなければ、苦戦してたかも知れないし……まあ、今はを掴んだから、もう俺に同じ様な技は通じないけど。

「分かってますよっ!」

 俺の了承を得られた事に、ニッコリと笑みを浮かべて答えるコン。ようやく暴れられる事が嬉しくて仕方ない様に、軽い足取りで道場の中央へと向かっていく。すると、沖田が意外そうな顔をして口を開いた。

「もしかして、この綺麗なお姉さんが僕の相手なんですか?」

 まるで緊張感の無い態度で、道場の真ん中に立つ沖田は言った。どうやら、沖田の中では敵の頭数に、コンは含まれていなかった様だ。沖田は自分に向かってくるコンを見て、更に軽口を叩き始めた。

「貴女みたいな美人に戦いなんて似合わないですよ? それより僕の側室になりませんか? 貴女程の美人なら、特別に正室扱いでも構いませんよ?」

 そう言ってコンを口説き始める沖田。

 なるほど……この世界の沖田は相当、女誑おんなたらしみたいだな。しかも、口振りから察するに、相当モテモテらしい。まあ、確かにかなりのイケメンだけど……何だか気に入らん。そんな、馬鹿げた理由で俺が少しイラっとしていると、コンは沖田に向かってあっさりと吐き捨てた。

「ふんっ! あんたみたいな小僧にあたしなびくとでも思ったのかい? 身の程知らずも程々にしなっ!」

 まるで虫けらを見る様な、蔑んだ目を沖田に向けるコン。そりゃあ確かにコンからしたら、人間なんてみんなだろう。何しろ、何百年も生きているんだし。そんな、心底嫌そうな表情かおを全く隠そうともしないコンに対し、沖田は更に食い下がった。

「貴女みたいな美人がそんな言葉を使っちゃいけませんね……折角の美しい顔が台無しです。これは少し、調教教育する必要がありそうですね……」

 ここまで言われて、まだ食い下がるとは……こいつ沖田は鋼のメンタルか、それとも無類の女好きなのか。そんな俺の疑問の答えは、嫌らしく歪んだ沖田の口元が物語っていた。どうやら正解は後者らしい……それも、かなり質の悪い変態

 沖田の自分を見る嫌らしい目に気付いたコンは、嫌悪感を隠そうともせずに言い放った。

「気持ち悪い人間だね……あんた。悪いけど、あたしはあんたみたいな弱い奴には興味無いんだよっ。あたしをオンナとして扱えるのはご主人様だけだからねっ!」

 そう言って、俺の方を見ながら誇らしげに胸を張るコン。すると、コンの言葉を受けた沖田の目が一瞬、ピクリと反応した。気持ち悪いとまで言われた事で、流石にプライドを傷付けられたみたいだ。

「僕が……気持ち悪い……」

 沖田は、信じられない言葉を聞いたと言わんばかりに目を見開いて、わなわなと怒りに震え出した。自分の事をけなす女がいるなんて、夢にも思っていなかったらしい。全く、どんだけナルシストなんだ……こいつ。

「いいでしょう。僕が目を覚まさせてあげますよ……その洗脳から! 本当に強い格好いいのは誰なのか教えてあげます。そして、今日から僕が……貴女の新しいご主人様です!」

 そう言って先程までのニヤついた笑みを消し、キッと真面目な表情かおに切り替わる沖田。斎藤と違い、真っすぐ正眼の位置に構えた刀。流石に本気になった沖田の構え姿は様になる。しかし、俺はそんな沖田を見て別の事を考えていた。

(コンは洗脳されてるから自分の魅力格好良さが伝わらない、というにした訳か……なんて恐ろしいご都合主義なんだ。それに、自分の事をご主人様って……)

『気持ち悪いです』

 流石に雪もドン引きだ。

 そんな俺達のやり取りを他所に、沖田は更にやばい剣気を放ち始めた。集中した沖田の周りに殺気の様な物が漂い始める。やはり、こいつも相当強い。すると、その様子を見ていたコンが、聞き取れない声で何かを言った。少し様子がおかしい……先程までと雰囲気が違い、表情かおが伺えないくらい俯きながら、何かをブツブツと呟いている。沖田が黙って集中し出した静かになってくれたお陰で、何を言っているのか、ようやく少しだけ聞き取れる様になって来た。

「……貴様が……しの……だと……ふ……ふっ……」

 両拳りょうてを握りしめながら、何やらプルプルと震えているコン。そして……



「ふざけるなあああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!」



 ──コンの怒りが爆発した。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

チートな幼女に転生しました。【本編完結済み】

Nau
恋愛
道路に飛び出した子供を庇って死んだ北野優子。 でもその庇った子が結構すごい女神が転生した姿だった?! 感謝を込めて別世界で転生することに! めちゃくちゃ感謝されて…出来上がった新しい私もしかして規格外? しかも学園に通うことになって行ってみたら、女嫌いの公爵家嫡男に気に入られて?! どうなる?私の人生! ※R15は保険です。 ※しれっと改正することがあります。

元悪役令嬢はオンボロ修道院で余生を過ごす

こうじ
ファンタジー
両親から妹に婚約者を譲れと言われたレスナー・ティアント。彼女は勝手な両親や裏切った婚約者、寝取った妹に嫌気がさし自ら修道院に入る事にした。研修期間を経て彼女は修道院に入る事になったのだが彼女が送られたのは廃墟寸前の修道院でしかも修道女はレスナー一人のみ。しかし、彼女にとっては好都合だった。『誰にも邪魔されずに好きな事が出来る!これって恵まれているんじゃ?』公爵令嬢から修道女になったレスナーののんびり修道院ライフが始まる!

【完結】彼女以外、みんな思い出す。

❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。 幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。

旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉

Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」  華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。  彼女の名はサブリーナ。  エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。  そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。  然もである。  公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。    一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。  趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。  そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。 「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。  ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。  拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。    

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

処理中です...