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第三章 江戸騒乱編
第47話 異能持ち
しおりを挟む「──龍飛剣」
男が呟いた。
おそらくウォルフを斬った技の名前なのだろうが……まさか、人間であのウォルフに勝てる奴がいるなんて。信じられない。
「異能……でござる」
「異能?」
驚愕に目を見開いていた俺を見て、側にいた半蔵が説明してくれた。
「左様でござる。あの男を含め、親衛隊の師範クラスは全て異能持ちでござる」
そうか……スキルを持っているのは俺だけじゃ無かったのか。
確かに、この世界で異能を持っているのが俺だけだなんて言う保証は無い。他の人間が異能を持っているなんて事は、十分あり得る話だ。本当にこの男が異能持ちなら、尚更、油断は出来ないと言う事か……全く。ファラシエルの奴、こう言う事は最初から説明しろってんだ。
「半蔵……その異能持ちってのは結構沢山いるのか?」
俺以外に、どれくらいの数の異能持ちがいるのか……気になる。
「名の知れた人物は大抵、何らかの異能持ちでござる。まあ、その能力は千差万別でござるが……因みに拙者も【気配消去】の異能を授かっているでござる」
「【気配消去】?」
「はい。拙者はこの異能で一日に半刻程、完全に気配を絶つ事が出来るでござる」
この世界には思ったより、異能持ちの人間は存在するみたいだ。いよいよ俺も油断出来ないと言う事か。しかし、半蔵の能力……一日に半刻とか、随分、中途半端な能力だな。
「能力に制限があるのか……」
考えている事が思わず口をついた。
すると半蔵は、少し驚いた様な顔で反論して来た。
「能力に制限があるのは当たり前でござる。どんな能力でも何らかの犠牲の上に成り立つのが常識でござる故……おそらくあの男の能力にも、何らかの制限か犠牲がある筈でござる。そこを突ければ……」
なるほど。
どうやら俺が考えるより、この世界の異能と言うのは万能な物では無いらしい。この世界での戦いは、相手の異能の条件を如何に見抜くかが、勝敗をわける重要な鍵になりそうだ。
そして、やはり俺の能力はこの世界でも規格外の代物らしい。何せこれだけ万能の能力なのに、制限ひとつ有りはしない。勿論、犠牲もだ。これだけでも十分、この世界の理からは外れている。どうやらファラシエルのプレゼントは、予想以上にとんでもない物だったみたいだ。
「因みにだが……その異能と言うのは人間だけの能力なのか?」
何か、ジンやコン辺りはありそうな能力なんだけど……
「亜人にも似たような能力を持つ者はいるでござる。人間とは呼び名が違うみたいでござるが……」
「ウォルフの狼男化なんかもそうよ? ご主人様」
俺と半蔵の話を聞いていたコンが割り込んで来た。
「あたし達は別に、異能とかそんな呼び名には拘ってないからね……ボアルの奴やベンガルなんかも、何らかの異能は持ってると思うわよ? 勿論、あたしもね」
そう説明したコンの表情は、いつに無く真面目だ。やはり、目の前でウォルフがやられたのは、コンにとっても相当、衝撃的だったらしい。
しかし、お陰でこの世界での異能と言う物が何なのか、ようやく俺にも見えて来た。要は、ウォルフ達が使う特殊能力みたいな物らしい。俺みたいな反則級の能力では無さそうだ。
そうと分かれば、過剰に警戒する必要も無い。おそらくあの男の異能とやらも、限定的な能力だろう。俺にとっては恐れる程の物じゃない。
俺はゆっくりと男に向かって歩き始めた。
ウォルフをやってくれた借りは返す。そう思って歩み始めたその時、倒れていたウォルフがピクリと反応した。
まだ生きている!
俺はすぐにウォルフの元に駆け寄った。
男は黙って俺達の様子を見つめたままだ。不意討ちを仕掛けて来るつもりは無いらしい。まあ、一騎討ちを望む様な奴だから心配する事は無いだろう。
「ぐ……おぉ……」
両腕で上半身を持ち上げ、何とか立ち上がろうとするウォルフ。しかし、上半身を起こすのがやっとの様で、立ち上がる事までは出来ない様だ。
「無理するな、ウォルフ。傷に響く」
胸の傷は思ったより深く、出血量が半端じゃない。早く治療しなければ命に関わりそうな深い傷だ。
「わ、私は……真人様の配下……こ、こんな所で人間等に負ける訳には……」
荒い息を整えながら、まだ死んでない決意の籠った目で呟くウォルフ。
馬鹿かお前は! そんなくだらない意地で死んでどうする!
俺が思わず叫ぼうとした矢先、ジンの良く通る冷たい声が響いて来た。
「その通りですよ、ウォルフ。良く言いました。真人様の配下たる者、無様な姿を晒す事は許されません。せめて、その者を道連れにして死になさい」
ジン……お前、鬼か!
いや、悪魔だからある意味もっと悪いのか……いやいや、違うだろ。幾ら俺でもちょっと引いたぞ。
「ぐ……お……おお……」
真に受けたウォルフが必死に立ち上がろうと試みる。
「そうです、さっさと立ちなさい。幾ら妖力が封じられてるとは言え、言い訳にはなりませんよ?」
ジン……お前、間違いなく悪魔だ。
いや、悪魔なんだけど。分かってはいるんだけど……
しかし、そんなジンの言葉に反応したのは意外な人物だった。
「何……? 妖力が……? どう言う事だ!」
突然、黙って様子を見ていた男が激昂しだした。
どう言う事だ?
まさか知らなかったとでも言うのか?
「この部屋は猪熊の手配で、魔力が使えん様に結界が張られておるのじゃ」
ここぞとばかりに家康が男に向かって説明した。
この男を引かせるチャンスだとでも思ったのだろう。
「結界だと……! そんな事一言も……あ、あの糞爺いがあっ! 小賢しい真似をしおって!」
家康の言葉に一瞬呆然としていた男は、ハッと我に返るなり、怒りを隠そうともせずに怒鳴り出した。やはり相当、猪熊の事は良く思っていないみたいだ。
「お主、聞いておらなんだのか?」
家康が意外そうな顔を男に向けた。
「俺はこいつ等が逃げられない様、特殊な結界が張ってあると聞いただけだ!」
激昂して家康への敬語も忘れている。
相当頭にきている様だ。どうやらこいつ、魔力とかを感知する様な能力は低いらしい。この結界も、どんな物なのか分かっていなかったみたいだし。おそらく猪熊に、一騎打ちしやすい環境を作ってやるとか言って嵌められたんだろう。こいつなら簡単に乗りそうだ。
しかし、そんな事は俺には関係無い。
ウォルフをこんな目にあわせてくれた礼は、キッチリさせて貰う。
「おい。まさか逃げるつもりじゃ無いだろうな?」
俺が男ににじり寄ろうとすると、ジンとコンが慌てて間に入って来た。どうやらまだ、俺に戦わせるつもりは無いらしい。
「フンッ、興醒めだ! 本気じゃない奴と斬り合って何が面白い。全く……とんだ茶番だ!」
そう言って刀を納める男は、まだ怒りが収まっていない。ウォルフが本来の実力じゃ無かった事が、相当、腹に据えかねているみたいだ。
「こっちは一人やられてるんだ。大人しく帰す訳が無いだろう? それに楓もお前達の所で世話になっているみたいだしな」
俺は刀を納め、引き揚げようとする男を引き止めた。
「楓? ああ、あのくの一か……あれはお前の仲間か?」
男は楓の名を聞いて、何かを思い付いた様にニヤリと笑った。
「だったら何だ、殺すぞ?」
楓の名を聞いて笑うこの男に、俺は少しムカついた。
「面白い。あのくの一、返して欲しければ我等の屯所、忠勝様の屋敷まで取り返しに来るがいい。俺は逃げも隠れもせん。どうせなら全力が出せる状態で挑んで来い!」
そう俺達を挑発して、男は踵を返そうとした。
本当にこの男、ただ全力の俺達と戦いたいだけみたいだ。逃げずに出迎えてくれるのなら、堂々と乗り込んでやる。今はウォルフの治療も急ぎたいしな。それまでは生かしておいてやろう。
「分かった。すぐに楓を返して貰いに行く。それまであいつを丁重に扱え。もし楓に何かあってみろ……その時はお前等、皆殺しだ」
「ほう……大した殺気だ。どうやら次は本当に楽しめそうだな。安心しろ。人質に手を出す様な下衆な輩、我が隊には一人もおらん」
何となくだが嘘では無さそうな気がする。確かにこいつ等は、猪熊達とはどこか雰囲気が違う。何というか……侍の矜持みたいな物を感じる。おそらく楓は、本当に丁重に扱われているんだろう。
「分かった。俺が行くまでは生かしといてやる。逃げるなよ?」
「こんな楽しい話、逃げる訳が無いだろう。俺は大概、屯所に居る。いつでも乗り込んで来るがいい」
クククッと愉快そうに笑い、男は俺達に背を向けた。
すると、跪いていたウォルフが男を追う様に、掠れた声を絞り出した。
「ぐ……ぬ……に、人間……き、貴様の名は……」
名を聞いたのはおそらく、借りを返すつもりなんだろう。
全く、無茶をする奴だ。
「ああ……悪い。そう言えばまだ名乗ってなかったな。俺の名は──」
その名を聞いて妙に俺は納得した。
道理で強い訳だ。
もう俺は今更、この世界にこの男がいても驚かない。寧ろその強さの理由を見た気がした。
「──永倉新八だ」
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