上 下
48 / 61
第三章 江戸騒乱編

第47話 異能持ち

しおりを挟む
 
「──龍飛剣」

 男が呟いた。

 おそらくウォルフを斬った技の名前なのだろうが……まさか、人間であのウォルフに勝てる奴がいるなんて。信じられない。

異能スキル……でござる」

「異能?」

 驚愕に目を見開いていた俺を見て、側にいた半蔵が説明してくれた。

「左様でござる。あの男を含め、親衛隊の師範クラスは全て異能スキル持ちでござる」

 そうか……スキルを持っているのは俺だけじゃ無かったのか。
 確かに、この世界で異能スキルを持っているのが俺だけだなんて言う保証は無い。他の人間が異能を持っているなんて事は、十分あり得る話だ。本当にこの男が異能持ちなら、尚更、油断は出来ないと言う事か……全く。ファラシエルの奴、こう言う事は最初から説明しろってんだ。

「半蔵……その異能持ちってのは結構沢山いるのか?」

 俺以外に、どれくらいの数の異能持ちがいるのか……気になる。

「名の知れた人物は大抵、何らかの異能持ちでござる。まあ、その能力は千差万別でござるが……因みに拙者も【気配消去イグジストデリート】の異能を授かっているでござる」

「【気配消去イグジストデリート】?」

「はい。拙者はこの異能で一日に半刻程、完全に気配を絶つ事が出来るでござる」

 この世界には思ったより、異能持ちの人間は存在するみたいだ。いよいよ俺も油断出来ないと言う事か。しかし、半蔵の能力……一日に半刻とか、随分、中途半端な能力だな。

「能力に制限があるのか……」

 考えている事が思わず口をついた。
 すると半蔵は、少し驚いた様な顔で反論して来た。

「能力に制限があるのは当たり前でござる。どんな能力でも何らかの犠牲の上に成り立つのが常識でござる故……おそらくあの男の能力ちからにも、何らかの制限か犠牲がある筈でござる。そこを突ければ……」

 なるほど。

 どうやら俺が考えるより、この世界の異能スキルと言うのは万能な物では無いらしい。この世界での戦いは、相手の異能の条件を如何に見抜くかが、勝敗をわける重要な鍵になりそうだ。

 そして、やはり俺の能力スキルはこの世界でも規格外の代物チートらしい。何せこれだけ万能の能力なのに、制限ひとつ有りはしない。勿論、犠牲もだ。これだけでも十分、この世界のことわりからは外れている。どうやらファラシエルのは、予想以上にとんでもない能力だったみたいだ。

「因みにだが……その異能と言うのは人間だけの能力なのか?」

 何か、ジンやコン辺りはありそうな能力なんだけど……

「亜人にも似たような能力を持つ者はいるでござる。人間とは呼び名が違うみたいでござるが……」

「ウォルフの狼男ワーウルフ化なんかもそうよ? ご主人様」

 俺と半蔵の話を聞いていたコンが割り込んで来た。

「あたし達は別に、異能とかそんな呼び名には拘ってないからね……ボアルの奴やベンガルなんかも、何らかの異能スキルは持ってると思うわよ? 勿論、あたしもね」

 そう説明したコンの表情かおは、いつに無く真面目だ。やはり、目の前でウォルフがやられたのは、コンにとっても相当、衝撃的だったらしい。

 しかし、お陰でこの世界での異能スキルと言う物が何なのか、ようやく俺にも見えて来た。要は、ウォルフ達が使う特殊能力みたいな物らしい。俺みたいな反則級の能力チートでは無さそうだ。

 そうと分かれば、過剰に警戒する必要も無い。おそらくあの男の異能とやらも、限定的な能力ちからだろう。俺にとっては恐れる程のスキルじゃない。

 俺はゆっくりと男に向かって歩き始めた。
 ウォルフをってくれた借りは返す。そう思って歩み始めたその時、倒れていたウォルフがピクリと反応した。

 まだ生きている!

 俺はすぐにウォルフの元に駆け寄った。
 男は黙って俺達の様子を見つめたままだ。不意討ちを仕掛けて来るつもりは無いらしい。まあ、一騎討ちを望む様な奴だから心配する事は無いだろう。

「ぐ……おぉ……」

 両腕で上半身を持ち上げ、何とか立ち上がろうとするウォルフ。しかし、上半身を起こすのがやっとの様で、立ち上がる事までは出来ない様だ。

「無理するな、ウォルフ。傷に響く」

 胸の傷は思ったより深く、出血量が半端じゃない。早く治療しなければ命に関わりそうな深い傷だ。

「わ、私は……真人様の配下……こ、こんな所で人間等に負ける訳には……」

 荒い息を整えながら、まだ死んでない決意の籠った目で呟くウォルフ。

 馬鹿かお前は! そんなくだらない意地で死んでどうする!

 俺が思わず叫ぼうとした矢先、ジンの良く通る冷たい声が響いて来た。

「その通りですよ、ウォルフ。良く言いました。真人様の配下たる者、無様な姿を晒す事は許されません。せめて、その者を道連れにして死になさい」

 ジン……お前、鬼か!

 いや、悪魔だからある意味もっと悪いのか……いやいや、違うだろ。幾ら俺でもちょっと引いたぞ。

「ぐ……お……おお……」

 真に受けたウォルフが必死に立ち上がろうと試みる。

「そうです、さっさと立ちなさい。幾ら妖力魔力が封じられてるとは言え、言い訳にはなりませんよ?」

 ジン……お前、間違いなく悪魔だ。

 いや、悪魔なんだけど。分かってはいるんだけど……
 しかし、そんなジンの言葉に反応したのは意外な人物だった。

「何……? 妖力が……? どう言う事だ!」

 突然、黙って様子を見ていた男が激昂しだした。

 どう言う事だ?
 まさか知らなかったとでも言うのか?

「この部屋は猪熊の手配で、魔力が使えん様に結界が張られておるのじゃ」

 ここぞとばかりに家康が男に向かって説明した。
 この男を引かせるチャンスだとでも思ったのだろう。

「結界だと……! そんな事一言も……あ、あの糞爺いがあっ! 小賢しい真似をしおって!」

 家康の言葉に一瞬呆然としていた男は、ハッと我に返るなり、怒りを隠そうともせずに怒鳴り出した。やはり相当、猪熊の事は良く思っていないみたいだ。

「お主、聞いておらなんだのか?」

 家康が意外そうな顔を男に向けた。

「俺はこいつ等が逃げられない様、特殊な結界が張ってあると聞いただけだ!」

 激昂して家康への敬語も忘れている。
 相当頭にきている様だ。どうやらこいつ、魔力とかを感知する様な能力は低いらしい。この結界も、どんな物なのか分かっていなかったみたいだし。おそらく猪熊に、一騎打ちしやすい環境を作ってやるとか言って嵌められたんだろう。こいつなら簡単に乗りそうだ。

 しかし、そんな事は俺には関係無い。
 ウォルフをこんな目にあわせてくれた礼は、キッチリさせて貰う。

「おい。まさか逃げるつもりじゃ無いだろうな?」

 俺が男ににじり寄ろうとすると、ジンとコンが慌てて間に入って来た。どうやらまだ、俺に戦わやらせるつもりは無いらしい。

「フンッ、興醒めだ! 本気じゃない奴とり合って何が面白い。全く……とんだ茶番だ!」

 そう言って刀を納める男は、まだ怒りが収まっていない。ウォルフが本来の実力ちからじゃ無かった事が、相当、腹に据えかねているみたいだ。

「こっちは一人ウォルフがやられてるんだ。大人しく帰す訳が無いだろう? それに楓もお前達の所で世話になっているみたいだしな」

 俺は刀を納め、引き揚げようとする男を引き止めた。

「楓? ああ、あのくの一か……あれはお前の仲間か?」

 男は楓の名を聞いて、何かを思い付いた様にニヤリと笑った。

「だったら何だ、殺すぞ?」

 楓の名を聞いて笑うこの男に、俺は少しムカついた。

「面白い。あのくの一、返して欲しければ我等の屯所、忠勝様の屋敷まで取り返しに来るがいい。俺は逃げも隠れもせん。どうせなら全力が出せる状態で挑んで来い!」

 そう俺達を挑発して、男はきびすを返そうとした。
 本当にこの男、ただ全力の俺達と戦いたいだけみたいだ。逃げずに出迎えてくれるのなら、堂々と乗り込んでやる。今はウォルフの治療も急ぎたいしな。それまでは生かしておいてやろう。

「分かった。すぐに楓を返して貰いに行く。それまであいつを丁重に扱え。もし楓に何かあってみろ……その時はお前等、皆殺しだ」

「ほう……大した殺気だ。どうやら次は本当に楽しめそうだな。安心しろ。人質に手を出す様な下衆な輩、我が隊には一人もおらん」

 何となくだが嘘では無さそうな気がする。確かにこいつ等は、猪熊達とはどこか雰囲気が違う。何というか……侍の矜持みたいな物を感じる。おそらく楓は、本当に丁重に扱われているんだろう。

「分かった。俺が行くまでは生かしといてやる。逃げるなよ?」

「こんな楽しい話、逃げる訳が無いだろう。俺は大概、屯所に居る。いつでも乗り込んで来るがいい」

 クククッと愉快そうに笑い、男は俺達に背を向けた。
 すると、跪いていたウォルフが男を追う様に、掠れた声を絞り出した。

「ぐ……ぬ……に、人間……き、貴様の名は……」

 名を聞いたのはおそらく、借りを返すつもりなんだろう。
 全く、無茶をする奴だ。

「ああ……悪い。そう言えばまだ名乗ってなかったな。俺の名は──」

 その名を聞いて妙に俺は納得した。

 道理で強い訳だ。

 もう俺は今更、この世界にこの男がいても驚かない。寧ろその強さの理由を見た気がした。



「──永倉新八ながくらしんぱちだ」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

チートな幼女に転生しました。【本編完結済み】

Nau
恋愛
道路に飛び出した子供を庇って死んだ北野優子。 でもその庇った子が結構すごい女神が転生した姿だった?! 感謝を込めて別世界で転生することに! めちゃくちゃ感謝されて…出来上がった新しい私もしかして規格外? しかも学園に通うことになって行ってみたら、女嫌いの公爵家嫡男に気に入られて?! どうなる?私の人生! ※R15は保険です。 ※しれっと改正することがあります。

【完結】彼女以外、みんな思い出す。

❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。 幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。

処理中です...