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第一章 電脳の少女
第02話 妖精の隠れ家
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俺の名前は川原夏樹。
来月で十七歳になる、六月生まれの高校二年生だ。
一応、学校は県内でも指折りの進学校。だけど俺は、二年になってからは、訳あって学校には通ってない。現在、絶賛休学中だ。
あのK市爆撃事件から、ちょうど一週間が過ぎた。
日本政府はあの後すぐに、国連を通してF国に猛抗議した。しかし、F国は特に反論する訳でも無く、ただ日本に対して明確な敵意だけを示した。要するに、世界に向けて、後出しで宣戦布告をアピールした訳だ。
それに対し、日本政府はと言うと……未だに対応策すら決めかねている。この期に及んで反撃は憲法違反だの、A国と連携して報復するべきだのと、政府の見解は真っ二つに割れていた。
国内の世論もごちゃごちゃで、毎日の様にコメンテーターがテレビの中で言い争っている。一週間が経った今でも、未だに国の方針すら決めかねている政府に、国民の不満はもう爆発寸前の様に思えた。
(今って、既に戦争状態なんじゃないのか……?)
俺は、駅前から繋がるアーケードを歩きながら、『戦争反対』のプラカードを掲げて練り歩く集団を見て思った。既に都市ひとつ爆撃されといて、今更、反対も何もないだろう。こっちが幾ら戦争反対と言った所で、むこうは既に戦争してるつもりなのでは……? 今は、こんな事をしている場合じゃない様な気がするんだけど。
そんな事を考えながら、俺は、未だに緊張感の足りないアーケードの中を歩いていた。
殆どの店が爆撃前と同じ様に、普通に営業している。人通りも余り事件前と変わらない。相変わらず昼前のアーケード街は、買い物客で賑わっていた。
(本当に変わらないな……)
変わった事と言えば、毎日の様に見かける様になった喧しい抗議の集団と、K市への援助を呼び掛けるボランティア達。戦争も、爆撃の被害も、どこかテレビやネットの中だけの出来事みたいに思えた。まあ、俺はネットはやらないんだけど。
人通りの多いアーケードから脇道に入り、俺は、屋根の無い路地の一角にある雑居ビルの前に立った。ここの二階に目当ての店がある。
『妖精の隠れ家』
装飾の少ないシックな店構えだが、まあ、俗に言うメイド喫茶だ。
この街では余り見かける事はないが、それでも駅前と合わせて数店舗ある。この店を選んだのは、ここが一番、この街のメイド喫茶の中で人通りが少なくて、客が居なさそうだったからだ。
最初は興味本位だった。
一人で入るのは少し恥ずかしかったが、一度入ってしまえばどうと言う事は無い。学校に通わなくなった俺は毎日ここに通い、気が付けば日中はここで読書をするのが日課になった。今では、立派なこの店の常連客の一人だ。
俺はエレベーターの無いビルの階段を上り、目の前にある店のドアを開いた。カランコロンとドアベルが控えめに響く。
「「お帰りなさいませ、ご主人様!」」
定番の文句で、メイドさん達が俺を出迎えてくれる。両親が殆ど家にいない俺は、この「お帰りなさい」だけでも何だか嬉しい。
俺は、店の一番奥、いつものカウンター席の左端に腰をかけ、肩にかけていたバッグを足下に降ろした。
この店はカウンター席が六つと、四人掛けのテーブル席が二つだけの小さな店だ。しかし、昼前の店は食事目当ての客もいて、いつもよりは若干、人が多い。それでも、俺を入れてカウンターに三人と、テーブル席に二人だけなのだが。
「今日はいつもより早いですね、ご主人様」
オーダーを取りに来たメイドさんから、肩越しに声を掛けられた。俺は少しだけ振り返り、そのメイドさんに答える。
「テレビは戦争、戦争ばっかりで……家に居ても気が滅入りそうだったから」
「そうですね……」
少し悲しそうに頷いてくれたのは、ここのメイド長……オーナーの亜里紗さんだ。
多分、二十代半ばくらいであろう、落ち着いた雰囲気の美人さん。長い黒髪を後ろで束ねた、優しい笑顔のお姉さんだ。この店の常連客は殆ど、この亜里紗さんに癒されたくて、ここに来ていると言っても過言では無い。
よくある丈の短いスカートでは無く、少しゴシック風なロングスカート。白いカチューシャに抑え目なフリルの、上品なメイド服に身を包んだ亜里紗さんは確かに魅力的だった。
「とりあえず……オムライスと、食後にコーヒーを下さい」
今日は朝から何も食べていないので、遅めの朝食を摂る事にした。確かブランチとか言うんだっけ、こういうの。
「畏まりました。コーヒーの銘柄はいつもので宜しかったですか?」
この店はコーヒーも銘柄から選べる。店内で挽いたコーヒー豆をドリップしてくれる、中々、本格的な趣きだ。俺はいつも、この店のオリジナルブレンドを頼んでいた。
「はい」
「畏まりました」
亜里沙さんは軽く一礼して、カウンターの中へ戻って行った。
俺は足下のバッグから文庫本を取り出そうと、少し目線を動かした。その時ふと、一つ空けた横のカウンター席から視線を感じた。何気無しに見返すと、大人しそうな眼鏡の少年がこちらをチラチラと伺っている。俺と目が合うとその少年は、このタイミングを待っていたかの様に軽く会釈をして来た。
──常連客の『萌くん』だ。
前髪を真っ直ぐ揃えた、俗に言うオカッパ頭。女の子と見間違いそうな童顔に、大きな黒縁の丸眼鏡をかけている。色白で、如何にもひ弱そうな小柄な少年だ。
『萌くん』と言うのは本名では無いらしいが、何故そう呼ばれているのか迄は詳しくは知らない。ただ、亜里沙さん達との会話の端々から、彼が二次元の女性にしか興味が無いという事は分かった。所謂、アニメオタクと言うやつらしい。
特に普段から言葉を交わす仲では無いが、お互いに挨拶くらいはする程度には見知っている。おそらく気の弱い彼は、俺に挨拶するタイミングを見計らっていたんだろう。
俺は萌くんに軽く会釈をして、目で挨拶を交わした。萌くんは、とりあえず礼儀は果たせたと言う感じで、ホッとした様に目線を手元のスマホに戻す。
そして、暫く文庫本の小説を読んでいると、コトリと目の前に注文したオムライスが置かれた。無言で出されたので思わず反応してしまう。俺は文庫本から目線を上げて、何となく皿を置いた手の持ち主を見た。
「ご、ご注文のオ、オムライス……です」
顔を真っ赤にした、見た事が無い少女が目の前に立っている。そわそわと落ち着かない素振りで目線を泳がせる、メイド服を着た少女。かなり緊張しているみたいだけど……新人だろうか?
「あ、すいません……ありがとう」
何がすいませんなのか自分でもよく分からないけど、とりあえず俺は、置かれた料理に礼を述べた。
相変わらずどう答えて良いか分からずに、オロオロしている新人の少女。よく見ると胸元の名札に『見習い♡あきな』と書いてある。
やっぱり、入ったばかりで緊張しているのか……そんな事を考えていると、コーヒーを煎れていた亜里沙さんが、カウンターの中から説明を始めた。
「今日から来て貰っている、新人の秋菜ちゃんです。まだ入ったばかりで緊張してるから、優しくしてあげて下さいね」
相変わらず癒やし効果抜群の笑顔で、優しく新人を紹介する亜里沙さん。そのタイミングを見計らった様に、おずおずと新人メイド──秋菜が口を開いた。
「み、見習いメイドの秋菜です。よろしくお願いしますっ!」
ガバッと大げさに頭を下げて、挨拶する秋菜。少し落ち着いた俺は、改めて彼女の姿を直視した。
どストライク……
目を反らさずに、しっかり正面から見直した秋菜はとんでもなく可愛かった。
心臓の音が、ドキンと鳴った様な気がする。
俺はこの時、一撃で……
そう、一撃で彼女に。
──秋菜に、心を奪われた。
来月で十七歳になる、六月生まれの高校二年生だ。
一応、学校は県内でも指折りの進学校。だけど俺は、二年になってからは、訳あって学校には通ってない。現在、絶賛休学中だ。
あのK市爆撃事件から、ちょうど一週間が過ぎた。
日本政府はあの後すぐに、国連を通してF国に猛抗議した。しかし、F国は特に反論する訳でも無く、ただ日本に対して明確な敵意だけを示した。要するに、世界に向けて、後出しで宣戦布告をアピールした訳だ。
それに対し、日本政府はと言うと……未だに対応策すら決めかねている。この期に及んで反撃は憲法違反だの、A国と連携して報復するべきだのと、政府の見解は真っ二つに割れていた。
国内の世論もごちゃごちゃで、毎日の様にコメンテーターがテレビの中で言い争っている。一週間が経った今でも、未だに国の方針すら決めかねている政府に、国民の不満はもう爆発寸前の様に思えた。
(今って、既に戦争状態なんじゃないのか……?)
俺は、駅前から繋がるアーケードを歩きながら、『戦争反対』のプラカードを掲げて練り歩く集団を見て思った。既に都市ひとつ爆撃されといて、今更、反対も何もないだろう。こっちが幾ら戦争反対と言った所で、むこうは既に戦争してるつもりなのでは……? 今は、こんな事をしている場合じゃない様な気がするんだけど。
そんな事を考えながら、俺は、未だに緊張感の足りないアーケードの中を歩いていた。
殆どの店が爆撃前と同じ様に、普通に営業している。人通りも余り事件前と変わらない。相変わらず昼前のアーケード街は、買い物客で賑わっていた。
(本当に変わらないな……)
変わった事と言えば、毎日の様に見かける様になった喧しい抗議の集団と、K市への援助を呼び掛けるボランティア達。戦争も、爆撃の被害も、どこかテレビやネットの中だけの出来事みたいに思えた。まあ、俺はネットはやらないんだけど。
人通りの多いアーケードから脇道に入り、俺は、屋根の無い路地の一角にある雑居ビルの前に立った。ここの二階に目当ての店がある。
『妖精の隠れ家』
装飾の少ないシックな店構えだが、まあ、俗に言うメイド喫茶だ。
この街では余り見かける事はないが、それでも駅前と合わせて数店舗ある。この店を選んだのは、ここが一番、この街のメイド喫茶の中で人通りが少なくて、客が居なさそうだったからだ。
最初は興味本位だった。
一人で入るのは少し恥ずかしかったが、一度入ってしまえばどうと言う事は無い。学校に通わなくなった俺は毎日ここに通い、気が付けば日中はここで読書をするのが日課になった。今では、立派なこの店の常連客の一人だ。
俺はエレベーターの無いビルの階段を上り、目の前にある店のドアを開いた。カランコロンとドアベルが控えめに響く。
「「お帰りなさいませ、ご主人様!」」
定番の文句で、メイドさん達が俺を出迎えてくれる。両親が殆ど家にいない俺は、この「お帰りなさい」だけでも何だか嬉しい。
俺は、店の一番奥、いつものカウンター席の左端に腰をかけ、肩にかけていたバッグを足下に降ろした。
この店はカウンター席が六つと、四人掛けのテーブル席が二つだけの小さな店だ。しかし、昼前の店は食事目当ての客もいて、いつもよりは若干、人が多い。それでも、俺を入れてカウンターに三人と、テーブル席に二人だけなのだが。
「今日はいつもより早いですね、ご主人様」
オーダーを取りに来たメイドさんから、肩越しに声を掛けられた。俺は少しだけ振り返り、そのメイドさんに答える。
「テレビは戦争、戦争ばっかりで……家に居ても気が滅入りそうだったから」
「そうですね……」
少し悲しそうに頷いてくれたのは、ここのメイド長……オーナーの亜里紗さんだ。
多分、二十代半ばくらいであろう、落ち着いた雰囲気の美人さん。長い黒髪を後ろで束ねた、優しい笑顔のお姉さんだ。この店の常連客は殆ど、この亜里紗さんに癒されたくて、ここに来ていると言っても過言では無い。
よくある丈の短いスカートでは無く、少しゴシック風なロングスカート。白いカチューシャに抑え目なフリルの、上品なメイド服に身を包んだ亜里紗さんは確かに魅力的だった。
「とりあえず……オムライスと、食後にコーヒーを下さい」
今日は朝から何も食べていないので、遅めの朝食を摂る事にした。確かブランチとか言うんだっけ、こういうの。
「畏まりました。コーヒーの銘柄はいつもので宜しかったですか?」
この店はコーヒーも銘柄から選べる。店内で挽いたコーヒー豆をドリップしてくれる、中々、本格的な趣きだ。俺はいつも、この店のオリジナルブレンドを頼んでいた。
「はい」
「畏まりました」
亜里沙さんは軽く一礼して、カウンターの中へ戻って行った。
俺は足下のバッグから文庫本を取り出そうと、少し目線を動かした。その時ふと、一つ空けた横のカウンター席から視線を感じた。何気無しに見返すと、大人しそうな眼鏡の少年がこちらをチラチラと伺っている。俺と目が合うとその少年は、このタイミングを待っていたかの様に軽く会釈をして来た。
──常連客の『萌くん』だ。
前髪を真っ直ぐ揃えた、俗に言うオカッパ頭。女の子と見間違いそうな童顔に、大きな黒縁の丸眼鏡をかけている。色白で、如何にもひ弱そうな小柄な少年だ。
『萌くん』と言うのは本名では無いらしいが、何故そう呼ばれているのか迄は詳しくは知らない。ただ、亜里沙さん達との会話の端々から、彼が二次元の女性にしか興味が無いという事は分かった。所謂、アニメオタクと言うやつらしい。
特に普段から言葉を交わす仲では無いが、お互いに挨拶くらいはする程度には見知っている。おそらく気の弱い彼は、俺に挨拶するタイミングを見計らっていたんだろう。
俺は萌くんに軽く会釈をして、目で挨拶を交わした。萌くんは、とりあえず礼儀は果たせたと言う感じで、ホッとした様に目線を手元のスマホに戻す。
そして、暫く文庫本の小説を読んでいると、コトリと目の前に注文したオムライスが置かれた。無言で出されたので思わず反応してしまう。俺は文庫本から目線を上げて、何となく皿を置いた手の持ち主を見た。
「ご、ご注文のオ、オムライス……です」
顔を真っ赤にした、見た事が無い少女が目の前に立っている。そわそわと落ち着かない素振りで目線を泳がせる、メイド服を着た少女。かなり緊張しているみたいだけど……新人だろうか?
「あ、すいません……ありがとう」
何がすいませんなのか自分でもよく分からないけど、とりあえず俺は、置かれた料理に礼を述べた。
相変わらずどう答えて良いか分からずに、オロオロしている新人の少女。よく見ると胸元の名札に『見習い♡あきな』と書いてある。
やっぱり、入ったばかりで緊張しているのか……そんな事を考えていると、コーヒーを煎れていた亜里沙さんが、カウンターの中から説明を始めた。
「今日から来て貰っている、新人の秋菜ちゃんです。まだ入ったばかりで緊張してるから、優しくしてあげて下さいね」
相変わらず癒やし効果抜群の笑顔で、優しく新人を紹介する亜里沙さん。そのタイミングを見計らった様に、おずおずと新人メイド──秋菜が口を開いた。
「み、見習いメイドの秋菜です。よろしくお願いしますっ!」
ガバッと大げさに頭を下げて、挨拶する秋菜。少し落ち着いた俺は、改めて彼女の姿を直視した。
どストライク……
目を反らさずに、しっかり正面から見直した秋菜はとんでもなく可愛かった。
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