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第28章 母の涙
母の涙Ⅳ
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「キャシー」
「はい」
「いや、何と言うか」
照れ臭そうに頭を掻くと、ルーカスは生唾を飲んだ。
「ありがとう」
その言葉に、キャサリンははっと顔を上げる。
「い、いえ……。ずっとルークって呼ぶ機会を窺っていたの。今まで呼べなくて……その……」
口籠ると、また俯いてしまった。
「ごめんなさい」
最後は、本当に申し訳無さそうに声が萎んでいく。
こんなやり取りは、何だか初々しく感じる。
「私は最初からキャシーしか考えられなかったよ。私が女性として愛するのはキャシーだけだし、これからだって他には居ない。断言出来るよ」
ルーカスは顔を上げたキャサリンの手をそっと取り上げた。
「王女だった私が、ルークを他の女性から取り上げてしまって良いのかって……ずっと葛藤してた。私一人のものにしてしまって良いのかって。ルークったら女性の人気者ですし……」
「良いに決まっている。私がそれを望むんだから」
林檎色だったキャサリンの顔がトマト色にまで染め上げられる。
私もキャサリンの気持ちが分かる。結婚相手が異性からモテモテだと苦労が尽きないだろう。
ルーカスがキャサリンの身体を抱き締める。その時を待っていたかのように、クラウとスチュアートが口笛を鳴らした。
「父さん、カッコいいよ」
「二人とも、大人をからかうな」
その瞬間、皆から笑いが沸き起こる。
「こんなに幸せで波乱万丈な誕生会、私、初めてだよー」
「私もこの場に居合わせられて本当に良かったです」
私も、こんなにも心が温まる誕生日は初めてだ。
人と人が愛し合う所を見るのが、こんなにも感動するなんて。
うるうる来てしまって、視界が僅かに滲んでいる。
ルーカスが意を決したように身体を離すも、今度はキャサリンがルーカスに飛び付いた。
「もう少しこのままでいさせて下さい」
「うーん」
ルーカスは照れ臭そうに目を伏せると、再び両腕をキャサリンの背中に回した。
「ミユ」
「何~?」
声を掛けられて振り向いてみると、クラウは哀愁を漂わせた表情でこちらを見詰めていた。
「俺、自覚無いんだけどさ」
「うん」
「姉さんが言ってたみたいに、母さんと同じような苦労をミユにさせちゃうかなって……ちょっと心配になった」
「えっ……?」
開いた口が塞がらない。この人は今頃になって、何故こんな事を言っているのだろう。
「今更~!?」
「そんなに叫ばなくたって良いじゃん」
クラウは僅かに顔を赤らめる。
「もう、ご令嬢からモテモテな自覚は持って欲しいなぁ」
「うーん……」
前世を思い出す前の私も鈍感だったとは思うけれど、この人は私を上回る程の鈍感さだ。
頭を掻くクラウに、苦笑いを返してみる。
「その代わり、私もね?」
「ん?」
「お父様と同じ苦労をクラウにさせちゃうかも」
伝え方が悪かったのか、クラウは首を傾げた。
「ご令嬢たちの前で、クラウって……呼べないかも……」
略称の意味を知ってしまった今、略称で呼び合うには相当の覚悟と勇気が要る。
ショックを受けたのか、クラウはがっくりと肩を落とす。
「クローディオ! ミエラ!」
「は、はい!」
突然ヒルダに呼ばれ、勢いで返事をしていた。
「バースデーケーキだよ! こっちおいで!」
いつの間にケーキが用意されていたのだろう。それに、いつの間に皆はソファーへと移動したのだろう。
ルーナとライアンに手伝ってもらい、私たちもソファーへと向かった。その途中でもケーキに目が釘付けとなる。
豪華な苺の三段ケーキだ。クリームもピンク色で、キャサリンに似た女性の砂糖菓子も乗っている。とても可愛らしい。
全員がケーキの周りに集うと、メイドが蠟燭に火を点ける。執事たちはカーテンを閉め、部屋を薄暗がりにした。
「せーの!」
「ハッピーバースデー、ハピハピバースデー――」
皆が揃って、私の知らない歌を歌い出す。サファイアではこれがハッピーバースデーの曲なのだろう。
私もリズムに乗って身体を揺らしてみる。
「おめでとうー!」
掛け声と同時に、ヒルダの手で蝋燭の火がが吹き消された。それぞれの顔を照らす物が無くなり、拍手が巻き起こる。
本当に嬉しそうにヒルダが笑うと、一気に部屋は明るくなった。物理的にも、雰囲気も。
「これ、私たちからのプレゼント!」
「俺たちはこれです」
メイドがケーキを切り分ける中、セドリックとヒルダ夫妻、リリーとスチュアート夫妻が掌に収まる程の小さなプレゼントボックスを渡した。キャサリンは待ちきれないと言わんばかりに包みを開けていく。
「あら、可愛い」
現れたのはエジプシャングラスに似たアイスブルーの香水瓶、それと、雲の浮かぶ空を切り取った様な四角いアロマキャンドルだった。
「大事にしますね」
キャサリンはそれらを大切そうに包みに戻し、今度はルーカスの方をじっと見詰める。
それに応えるように、ルーカスはポケットを弄ってみせる。
「私からはこれだよ」
キャサリンに差し伸べられた掌の上には、先の二組のものと然程大きさの変わらないプレゼントボックスが乗せられていた。
キャサリンが手を出すと、ルーカスはその包みをそっとキャサリンに握らせる。
「開けても良い?」
「うん、勿論」
ルーカスが答えると、好奇心いっぱいの瞳が包みに狙いを定めた。
リボンを解き、包装紙を広げ、箱の中に入っていたのは懐中時計だった。その表面にデザインされているのは――桔梗だろうか。
「綺麗……」
キャサリンは顔の高さまで懐中時計を持ち上げると、まじまじと見詰める。
「桔梗の花言葉は永遠の愛、か。叔父様らしいというかなんというか」
スチュアートは感心したように小さく笑う。
「永遠の愛?」
「うん」
キャサリンが尋ねると、ルーカスは一言だけ返す。そこには、ルーカスの溢れんばかりの愛情が籠っているようだった。
そして見てしまった。キャサリンの目尻に光るものを――
「はい」
「いや、何と言うか」
照れ臭そうに頭を掻くと、ルーカスは生唾を飲んだ。
「ありがとう」
その言葉に、キャサリンははっと顔を上げる。
「い、いえ……。ずっとルークって呼ぶ機会を窺っていたの。今まで呼べなくて……その……」
口籠ると、また俯いてしまった。
「ごめんなさい」
最後は、本当に申し訳無さそうに声が萎んでいく。
こんなやり取りは、何だか初々しく感じる。
「私は最初からキャシーしか考えられなかったよ。私が女性として愛するのはキャシーだけだし、これからだって他には居ない。断言出来るよ」
ルーカスは顔を上げたキャサリンの手をそっと取り上げた。
「王女だった私が、ルークを他の女性から取り上げてしまって良いのかって……ずっと葛藤してた。私一人のものにしてしまって良いのかって。ルークったら女性の人気者ですし……」
「良いに決まっている。私がそれを望むんだから」
林檎色だったキャサリンの顔がトマト色にまで染め上げられる。
私もキャサリンの気持ちが分かる。結婚相手が異性からモテモテだと苦労が尽きないだろう。
ルーカスがキャサリンの身体を抱き締める。その時を待っていたかのように、クラウとスチュアートが口笛を鳴らした。
「父さん、カッコいいよ」
「二人とも、大人をからかうな」
その瞬間、皆から笑いが沸き起こる。
「こんなに幸せで波乱万丈な誕生会、私、初めてだよー」
「私もこの場に居合わせられて本当に良かったです」
私も、こんなにも心が温まる誕生日は初めてだ。
人と人が愛し合う所を見るのが、こんなにも感動するなんて。
うるうる来てしまって、視界が僅かに滲んでいる。
ルーカスが意を決したように身体を離すも、今度はキャサリンがルーカスに飛び付いた。
「もう少しこのままでいさせて下さい」
「うーん」
ルーカスは照れ臭そうに目を伏せると、再び両腕をキャサリンの背中に回した。
「ミユ」
「何~?」
声を掛けられて振り向いてみると、クラウは哀愁を漂わせた表情でこちらを見詰めていた。
「俺、自覚無いんだけどさ」
「うん」
「姉さんが言ってたみたいに、母さんと同じような苦労をミユにさせちゃうかなって……ちょっと心配になった」
「えっ……?」
開いた口が塞がらない。この人は今頃になって、何故こんな事を言っているのだろう。
「今更~!?」
「そんなに叫ばなくたって良いじゃん」
クラウは僅かに顔を赤らめる。
「もう、ご令嬢からモテモテな自覚は持って欲しいなぁ」
「うーん……」
前世を思い出す前の私も鈍感だったとは思うけれど、この人は私を上回る程の鈍感さだ。
頭を掻くクラウに、苦笑いを返してみる。
「その代わり、私もね?」
「ん?」
「お父様と同じ苦労をクラウにさせちゃうかも」
伝え方が悪かったのか、クラウは首を傾げた。
「ご令嬢たちの前で、クラウって……呼べないかも……」
略称の意味を知ってしまった今、略称で呼び合うには相当の覚悟と勇気が要る。
ショックを受けたのか、クラウはがっくりと肩を落とす。
「クローディオ! ミエラ!」
「は、はい!」
突然ヒルダに呼ばれ、勢いで返事をしていた。
「バースデーケーキだよ! こっちおいで!」
いつの間にケーキが用意されていたのだろう。それに、いつの間に皆はソファーへと移動したのだろう。
ルーナとライアンに手伝ってもらい、私たちもソファーへと向かった。その途中でもケーキに目が釘付けとなる。
豪華な苺の三段ケーキだ。クリームもピンク色で、キャサリンに似た女性の砂糖菓子も乗っている。とても可愛らしい。
全員がケーキの周りに集うと、メイドが蠟燭に火を点ける。執事たちはカーテンを閉め、部屋を薄暗がりにした。
「せーの!」
「ハッピーバースデー、ハピハピバースデー――」
皆が揃って、私の知らない歌を歌い出す。サファイアではこれがハッピーバースデーの曲なのだろう。
私もリズムに乗って身体を揺らしてみる。
「おめでとうー!」
掛け声と同時に、ヒルダの手で蝋燭の火がが吹き消された。それぞれの顔を照らす物が無くなり、拍手が巻き起こる。
本当に嬉しそうにヒルダが笑うと、一気に部屋は明るくなった。物理的にも、雰囲気も。
「これ、私たちからのプレゼント!」
「俺たちはこれです」
メイドがケーキを切り分ける中、セドリックとヒルダ夫妻、リリーとスチュアート夫妻が掌に収まる程の小さなプレゼントボックスを渡した。キャサリンは待ちきれないと言わんばかりに包みを開けていく。
「あら、可愛い」
現れたのはエジプシャングラスに似たアイスブルーの香水瓶、それと、雲の浮かぶ空を切り取った様な四角いアロマキャンドルだった。
「大事にしますね」
キャサリンはそれらを大切そうに包みに戻し、今度はルーカスの方をじっと見詰める。
それに応えるように、ルーカスはポケットを弄ってみせる。
「私からはこれだよ」
キャサリンに差し伸べられた掌の上には、先の二組のものと然程大きさの変わらないプレゼントボックスが乗せられていた。
キャサリンが手を出すと、ルーカスはその包みをそっとキャサリンに握らせる。
「開けても良い?」
「うん、勿論」
ルーカスが答えると、好奇心いっぱいの瞳が包みに狙いを定めた。
リボンを解き、包装紙を広げ、箱の中に入っていたのは懐中時計だった。その表面にデザインされているのは――桔梗だろうか。
「綺麗……」
キャサリンは顔の高さまで懐中時計を持ち上げると、まじまじと見詰める。
「桔梗の花言葉は永遠の愛、か。叔父様らしいというかなんというか」
スチュアートは感心したように小さく笑う。
「永遠の愛?」
「うん」
キャサリンが尋ねると、ルーカスは一言だけ返す。そこには、ルーカスの溢れんばかりの愛情が籠っているようだった。
そして見てしまった。キャサリンの目尻に光るものを――
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