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第25章 初春

初春Ⅱ

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 それは私だけではなく、クラウとルーカスを除く全員だった。

「同じ反応してるじゃん! 面白ーい!」

「本当にそっくりだ」

 ひとしきり笑うと、少しだけ胸が痛くなってしまった。軽く両手で胸を押さえる。

「ミエラ、大丈夫?」

「うん、ちょっと痛いだけだから大丈夫」

 涙の出てきた右目を人差し指で拭い、呼吸を整える。笑顔で声の掛けられた方を向いてみると、クラウに苦笑いされてしまった。

「俺に似てる父さんが悪い」

「いや、反対だろう」

 このやり取りにも思わず吹き出した。

「もう、笑わせないで~!」

「ごめんごめん」

 頭を掻きながら謝るクラウの背中を、ポンポンと叩きたくなってくる。それが出来ないので、代わりに布団を軽く何度か叩いた。
 お母さん、この人たちが一緒に居てくれるのなら、私は大丈夫そうです。心配掛けてごめんなさい。これからは笑顔を絶やさないようにするから、空の上から見守っていて。心の中で囁き、祈った。

「二人の元気そうな姿も見れたし、俺はそろそろ城に行きます。リリー、夕方には本邸に帰るから」

「分かった~」

 ぱあっと笑顔を向けるリリーの頭を、スチュアートは愛おしそうに撫でる。

「スチュアート、女王陛下によろしくな。気を付けて」

「はい」

 笑顔で手を振るスチュアートに、皆が答える。爽やかな余韻を残し、部屋から一人去っていった。
 扉が小さな音を立てる。

「はぁ……。行っちゃったー……」

 ヒルダは一人、ほうっと溜め息を吐く。

「私じゃ頼りないかな」

「……そんな事無い!」

 ヒルダは横から思い切りセドリックに抱き着いた。一瞬にしてセドリックの顔が紅潮する。

「私のはただのファンだから! 恋愛のとは違うのー!」

「わ、分かったから。ちょっと離れ――」

「セドリック大好きー!」

 この様子だと、完全にヒルダは酔っぱらっている。
 こんな事が多々あるのだろうか。ヒルダの向かいに座っていたリリーが立ち上がり、ヒルダの腕を掴んで引き剥がしにかかる。
 ゆっくりとセドリックから身体を離したヒルダは、目を擦ってこちらをぼーっと見据えた。

「クローディオ! ミエラ!」

「は、はい!」

 勢いで返事をすると、ヒルダはにかっと笑う。

「幸せになるんだよー」

 言うと、ヒルダはソファーの上に沈んでいった。

「ちょっ……ヒルダ!」

「いくら何でも飲み過ぎだな……」

 人は酔っ払うとこうなるのか。此処まで酔っ払った人を間近で初めて見たので、口がぽかんと開いていたと思う。

「お父様、少しだけ別の部屋を貸して下さい」

「ああ。じゃあ、あの事件の時に使った部屋を」

「分かりました」

 ルーカスとセドリックは用件だけを話すと、小さな溜め息を吐く。

「ヒルダ、行くよ」

「んー? 何処にー?」

「ちょっと休もう」

 セドリックはヒルダを抱き抱え、部屋を出ようとする。扉の前へ辿り着く前に、ヒルダがセドリックの頬にキスをした。その瞬間、セドリックはヒルダを落としそうになってしまった。持ち直し、二人は静かに部屋から出ていった。
 キャサリンはその光景を見ていたにも関わらず、ワインボトルに手を伸ばす。それを慌ててルーカスが止めた。

「キャシー、飲み過ぎは良くないよ」

「私は全然飲んでいませんよ?」

「充分飲んでいるよ」

 脹れるキャサリンに、ルーカスは苦笑いをする。

「ルーゼンベルク公爵家は毎年大変ですね~」

「毎日飲まれでもすれば大変だが、年越しと祝い事がある日くらいだからね。大目に見てやらないと」

「それもそっかぁ~」

 談笑するルーカスとリリーを見ながら、今日というこの日を振り返る。お酒を飲み始めてこれまで、然程時間は経っていない。それなのに、ヒルダは泥酔し、キャサリンも辛うじて意識を保っている状態だ。
 お酒を飲めば、クラウもこんな風になってしまうのだろうか。
 視線を移動させ、その顔をじっと見詰めてみる。

「どうかした?」

「クローディオはずっとお酒飲んじゃやだ」

「えっ……」

 この反応の仕方は、いつかお酒を飲むつもりだったのだろう。クラウはほんの少しだけ目を吊り上げ、キャサリンを見る。

「母さんのせいだ」

 そんなクラウに、キャサリンはきょとんと首を傾げる。

「クローディオは何を言いたいんでしょう……?」

「気にしないのが一番だ」

 ルーカスはうんうんと頷き、腕を組む。そこへセドリックが戻ってきた。軽く会釈をし、先程座っていたソファーへと進む。

「ヒルダはぐっすり眠ってしまいました」

「そうか。また起きたら、自分で戻ってくるだろう」

「はい」

 セドリックは小さく笑い、腰をソファーの上へと落ちつけた。

「私は時々不安になってしまいます。ヒルダから受けてる愛を、私も同じくらい返せているのか」

「ヒルダが不満に思っているなら、今頃愛人でも作っているだろう。セドリック、結婚して何年だ?」

「二年です」

「まだまだじゃないか」

 この流れは、私の日本に居る父と同じなら、説教が始まる。説教ほどつまらないものは無い。
 ルーカスの話を受け流しながら、何とかこの流れを変えられはしないだろうかと思案してみる。
 と、そこへキャサリンがルーカスに寄り掛かった。

「私はルーカスと一緒に居られて幸せ者ですね。ずっと、私だけを愛してくれるもの」

 眠たそうに欠伸をするキャサリンの頬を、ルーカスはひと撫でする。
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