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第21章 オーロラ

オーロラⅡ

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「私の話だけ聞いて、鵜呑みにしないでね? あの二人にも事情があったのかもしれないし」

「うん、分かった」

 覚悟を決め、すうっと息を吸い込んだ。

「私に聞かれてないと思って、陰口言われてたの。お姉様が先に気付いてくれて、私も付いていったらそこにメイベルとルイーザが居て、私の事言ってて……」

「どんな事言ってた?」

 思い出すだけで気持ちが沈んでしまう。俯き、小さく口を開いてみる。

「たかが田舎の子爵の娘、威厳も無い、プライドも無い、サファイアの学も無い、無い無い尽くしの成り上がりの次期公爵夫人って……」

 溜め息交じりになってしまった。
 繋いでいるクラウの手に力が入る。

「そんな……! 許せない……!」

「だから、私の話ばっかり鵜呑みにしちゃ駄目だよ。何か事情が――」

「事情があっても言っちゃいけない事だ! ミユが傷付くって分かるのに……!」

 クラウはそっと私の身体を抱き寄せる。背中に腕を回し、私の頭にポンポンと触れる。

「ミユ、辛かったね。話してくれてありがとう」

 そんなに優しい事をするから、堪えていたものが溢れてしまった。涙は頬を伝い、クラウの服へと落ちる。

「うぅ~……」

「もう少し他人に厳しくても良いくらいだよ。ミユは優し過ぎる」

「だって……だって~……」

 いくら嫌な事を言われても、嫌いになり切れないのだ。いつかは仲良くなれるのではないだろうか。そんな風に考えてしまう。
 クラウの背中に腕を回し、わんわんと泣き始めてしまった。涙が止まらない。

「たとえ他人に何を言われたとしても、俺はミユの味方だから」

「うん……」

「だから大丈夫」

「うん……」

 鼻を啜り、クラウの胸に顔を埋める。そんな私をクラウはずっと宥めてくれていた。
 どれくらいそうしていただろう。涙がようやく止まり、クラウの顔を見上げてみる。

「ありがとう。ちょっとスッキリした」

「そっか。良かった」

 まだ本調子とまではいかないかもしれない。でも、私にはやらなければいけない事があるのだ。

「私、部屋に戻らなくちゃ。リリーに刺繍入りのハンカチあげるって決めたの」

「まだ一週間あるじゃん。そんなに急がなくても――」

「二週間後までには、お姉様と、マーガレットと、リネットと、アンジェラの分も」

「そんなに?」

 身体を離すと、呆気に取られた顔を向けられた。

「リネットとアンジェラの分は兎も角、姉さんとマーガレットの分は後でも大丈夫だよ。あんまり根詰めたら疲れるよ?」

「う~ん……」

 そんな事を言われても、ネットやテレビやゲームが無いこの世界では刺繍が唯一没頭できるものなのだ。
 どうしたものかと考えていると、クラウはゆっくりと腰を上げた。

「それじゃあさ、俺もミユの部屋に行くよ。話しながらだったら、ちょっと休憩も出来るじゃん?」

「良いの?」

「うん」

 にっこりと微笑み、大きく頷く。
 今日はクラウに甘えてしまおう。

「ありがとう」

 言いながら、私もそっと立ち上がる。

「カイル~、行くよ~」

 いつの間にか一人でボール遊びをしていたカイルに声を掛け、挙って部屋を出た。
 先程この廊下を歩いた時に圧し掛かっていた重い気持ちは、何処へ行ってしまったのだろう。全てはクラウのお陰だ。

「こうやって見ると、カイルも大分大きくなったよね」

「そうだね~。此処に来てから、もう直ぐ三か月経つくらいなのに」

 カイルの身体の大きさは一回り以上成長したと思う。
 此処でふと気が付いた。私、大事な事を忘れている気がする。そう、三か月――

「う~ん……?」

「どうかした?」

 駄目だ、思い出せない。首を振り、先程思い浮かんだ何かを払拭する。

「う~ん、思い出せないから、多分どうでも良い事なんだと思う」

「それなら良いんだけどさ」

 そんな事を話している間に、あっという間に自室へと辿り着いた。
 扉を開けると、カイルを先頭に部屋へ足を踏み入れる。早速、洋箪笥を開けると、目の前に裁縫箱が現れた。図案や真っ白な絹のハンカチも含めて、四つの箱に収められている。

「裁縫箱ってこれ?」

「うん、これ四つだよ」

 裁縫箱を指さすクラウに頷いてみせる。

「俺が運ぶよ。ミユ、箱落としたら大変だし」

「ありがとう」

 ちょっとした気遣いが素直に嬉しい。
 クラウがテーブルに裁縫箱を運んでくれたのを見届けると、ソファーに腰を下ろした。クラウも私の隣に腰を下ろす。

「リリーって言ったら、やっぱり百合の花だよね。庭に氷の百合が咲いてるくらいだもん」

「えっ?」

 クラウは少し驚いた表情に変わる。私、もしかして変な事を言ってしまっただろうか。

「もしかしてミユ、あの氷の百合、本物だって思ってる?」

「えっ?」

「あれ、スチュアートが一日一輪ずつ彫ってる氷像だよ」

「えっ!?」

 あの百合が全て氷像だったなんて。信じられない。
 それが真実なのだろうけれど、だとすればスチュアートのリリーに対する愛情は相当の物だろう。考えるだけで温かい気持ちになり、自然と笑みが零れていた。

「スチュアート、一見女たらしに見えるかもしれないけど、あれでも一途な愛妻家なんだよ」

「うん、最初はビックリしたけど、リリーとスチュアートの事見てたら分かるよ」

 あんなに仲の良いカップルはリリーたちと私たちの他には居ないかもしれない。あと、アレクとフレアもそれに匹敵するくらいに仲は良いだろう。
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