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第19章 サファイア観光
サファイア観光Ⅴ
しおりを挟むその笑顔が、プロポーズをしてくれた時のリエルと重なる。
駄目だ、こんな事を考えてはクラウに失礼だ。打ち消すようにして私も笑ってみせる。
「……あっ! そこに魚居る!」
「えっ? 何処~?」
「あっ。行っちゃった……」
「え~……」
なんだ、この目で確かめたかったのに。
「む~……」と唸り声を上げると、クラウはクスリと笑う。
「桟橋行ったらちゃんと見れるよ」
良かった。まだ見る機会があるのであれば、それに賭けよう。一人ガッツポーズをし、クラウについていく。
桟橋を歩いていると、粉雪が舞い始めた。掌でそれを受け取ると、六角形の雪の結晶がしっかりと見える。キラキラと輝いてもいる。
なんて美しいのだろう。
白い吐息を吐くと、クラウが此方に振り向いた。
「何してるの?」
「ううん、雪の結晶、綺麗だなって思って」
「そうだね。自然の不思議だよ」
「うん」
再び歩き始めたクラウに遅れを取るまいと、少しだけ駆け足になる。
そういえば、雪が降り積もる筈なのに、湖上にはそれが無い。一体どうなっているのだろう。益々不思議で堪らない。
と、一瞬だけ錦鯉のような紅白の魚が桟橋の下へと潜っていくのが見えた。
「あっ! 魚!」
「ホントだ!」
優雅にひれを動かして泳ぐ魚は、一瞬にして陰へと隠れてしまった。魚が居るという事は、湖の底は凍っていないという事だろう。
あっという間に桟橋の端まで歩いてきてしまった。二人で湖の真ん中に放り出された気分になる。本当に氷なのかと疑う程に透明で、清らかな湖だ。感嘆の吐息が漏れてしまう。
「この湖の上を、あの緑の鳥は飛んでたんだね~」
「うん、童話の中だけどね」
クラウと顔を見合わせ、「ふふっ」と笑い合う。
「ホントにこれがサファイアで一番小さな湖だなんて……もっと小さな湖もありそうなのに」
「サファイアは湖自体が少ないからね。そんなもんだよ」
そういうものなのだろうか、と疑問に思いながらも、コクリと頷いた。
「ミユ、寒くない?」
「う~ん、足先冷たくなってきちゃった」
皮のブーツを履いているとはいえ、防寒対策は完全ではないようだ。靴下を履く訳にもいかず、タイツだけで旅行に来てしまっていた。足先が冷えると、体感温度も下がってくる。
クラウは私の頭を撫でると、そっと抱き寄せる。
「そろそろ戻ろっか。凍傷になっても困るし」
「うん」
湖も堪能できたし、今日はこのくらいで良いだろう。この世界に写真が無い事が悔やまれる。
二人で踵を返すと、クラウは私の肩を抱く。
「これでちょっとは寒くないじゃん?」
「うん」
笑いながら返事をする。この人は、私に対してはいつも優しい。本物の家族と離れ離れになったとしても、この世界を選んで良かった。そう思わせる程に。
寄り添いながら景色を堪能し、湖畔へと戻ってきた。
さて、次に待っているものと言えば。
「じゃあ、お土産屋に入ってみようか」
「うん!」
待ちに待った買い物の時間だ。
一体どんなものが売っているのだろう。楽しみで仕方が無い。
「お土産屋さんって何処?」
「えっ? この町の建物殆どそうだよ」
「えっ!?」
先程見た建物は二十軒はあったと思う。それが全て土産屋なら――絶対に買う物を迷うに決まっている。
欲しい物を数個に絞ることが出来るだろうか。歩きながら困惑してしまった。
「そう言えば、リリーの屋敷でお茶会やるのっていつだっけ」
「来週だよ~」
予定の変更が無ければ、丁度一週間後だ。
クラウはボストンバックを見遣ると、「うーん……」と唸り声を上げる。
「その時に集まる令嬢は何人?」
「リリーとお姉様と私を入れて十三人だよ~」
「それなら大丈夫かな……」
クラウは何やら一人で納得したようで、「うん」と小さく頷いた。
「小さい物なら、全員分お土産買っても大丈夫だよ。それと、再来週はリリーの誕生日だから、誕生日プレゼントも買っていったら良いよ」
「えっ!? リリーの誕生日!?」
全く知らなかった。リリーも誕生日が近いのなら、教えてくれても良いのに。
取って置きの誕生日プレゼントを選ぼう。そう心に決め、湖畔に一番近い土産屋へと足を踏み入れた。ドアベルの音と共に、仄かな木の匂いが香る。
そこは木工芸の店だった。木にとまっている鳥、今にも羽ばたかんとしている鳥、勿論、リボンを咥えた鳥――様々なポーズをした鳥が至る所に飾られている。エントランスに飾ればさぞや素敵な客人を出迎える物となるのだろう。ただ、サイズが大きすぎる。身長の半分程度の大きさがあるのではないだろうか。「凄いね」だとか「素敵だね」などと端的な会話をしながら見物しただけで、その店を出てしまった。
「う~ん、凄いんだけど……」
「流石に持って帰れないし、送ったとしても父さんも母さんもビックリするだけだろうし……」
私たちの趣味には少しだけ合わなかった。
気を取り直し、次の店へと入る。
今度はレースやオーガンジー、絹等の生地で作られた白いリボンだけの店だった。
如何にも女の子が好きなものだ。可愛くて心が躍る。
「クラウ、一つ買っても良い?」
「勿論」
髪をハーフアップにするにしても、飾り気が無いとやはり寂しい。
お茶会へ身に着けて行ける物を選ぼう。興味津々でリボンの模様や手触りを一つずつ確かめていく。
「そうだ、本に出てくるリボンってどんな生地なのかな?」
「それは俺にも分からないよ。読者の想像次第、なんじゃないかな」
そうか。やはり自分の気に入ったものを選ぶしかないようだ。再びリボンへ視線を戻し、それらを凝視する。
私の好みで言うと、レース生地なのだ。それにしても模様が豊富過ぎて選ぶに選びきれない。
「どれで悩んでるの?」
「これと、これと、これと、これと、これ」
花があしらわれたレースのリボンを五つ指さし、尚も凝視する。
と、横からクラウは先程指さした五つのリボンを全て摘まみ上げてしまった。
「これで合ってる?」
「うん、合ってるけど……」
まさか、全て買ってしまうつもりではないだろうか。
私が頷くのを確認したクラウは、止める間も無く、そのまま店員の所へ持っていってしまった。何かを会話した後に、リボンは一つのクラフト紙の包みに入れられる。それを受け取ると、クラウはボストンバックに丁寧に詰め込んだ。
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