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第19章 サファイア観光

サファイア観光Ⅳ

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 走りゆく馬車の車窓には、段々と針葉樹が増えてきた。森が近いのだろうか。
 クラウの方を見てみると、私とは反対側の車窓を眺めていた。

「クラウ」

「……ん?」

 話し掛けると、視線が私の方へと戻ってきた。

「これから森に入るの?」

「ううん、山だよ。その山を越えた先に町と湖があるんだ」

「そうなんだ……」

 針葉樹だけが立ち並ぶ雪山なんて、まるで御伽噺の中の世界だ。日本の私の故郷でも見た事が無い。
 ワクワクとしながら車窓を眺める私たちを乗せ、馬車は坂道を登り始めた。

「そんなに珍しい?」

「何が~?」

「山」

 目を爛々とさせていたのだろうか。窓に映るクラウは不思議そうな顔をしている。

「山は珍しくないよ。針葉樹だけしか生えてない山が珍しいの。私が見た事がある山は、広葉樹も針葉樹も両方生えてたから」

「そっか」

 納得してくれたのか、クラウは小さく一度だけ頷く。

「それに、ドライブ自体が楽しいの。馬車に乗って、今まで見た事の無い景色に出会って、それが楽しいの」

「どらいぶ……?」

「あっ……。乗り物に乗って長距離移動する事だよ」

 そうか、この世界には自動車が無いから、ドライブと言う単語すら無いらしい。説明すると、クラウは何度か頷いた。
 太陽の光に照らされる雪はダイヤモンドのように光り輝いている。馬車が木の葉を掠めると、そこに積もっていた雪が一気に落ちる。その度に少し驚いてしまう。そんな事をしていたからか、クラウの次の行動に気付く事が出来なかった。

「きゃっ!」

 身体に軽い衝撃を受けた瞬間、温かなぬくもりに包まれる。身体が抱き締められる。

「俺もミユと一緒にどらいぶ楽しみたい」

 楽しそうにクラウが呟く。
 思わず小さく笑ってしまった。

「ずっと一緒だよ~」

「うん」

 昨日、誓い合った仲だ。そんなに簡単に覆ったりはしない。
 窓に映るクラウの笑顔に微笑み掛け、右手でその手の甲に触れた。
 温かな空気に包まれる中、馬車と一台もすれ違う事無く、自然溢れる山道をひた走った。
 山を下ると、その町は直ぐに見えてきた。
 ぽつりぽつりと現れ始めた民家は、小さくなった鉛筆のような六角柱と円錐が重なり合った形の建物だった。木組みの柱にベージュの壁で、とても可愛らしい雰囲気だ。

「もうすぐ着くから準備しよっか」

「うん」

 返事をすると、クラウは私の頬にキスをした。少し頬が熱くなる。
 そのまま身体を離し、正面を向いて座り直す。クラウは前屈みになると、ボストンバックを取り出した。

「それ、何に使うの?」

「買ったお土産を中に入れるんだよ」

 見知らぬ土地でのお土産探しも楽しみだ。何が売られているのだろう。考えを巡らすだけでも楽しい。
 馬車は減速を始め、町の門の手前で停車した。早速馬車から降り、清々しい空気の中でうーんと伸びをする。
 可愛らしい建物が乱立する街の中へ繰り出すと、鳥やリボンのモチーフの像が至る所に飾られている。

「ねえ、クラウ」

「ん?」

「何でこんなに鳥の石像がいっぱいあるの?」

 聞くと、クラウは穏やかに微笑む。

「此処は『白いリボンと緑の鳥』の舞台になってる町なんだよ」

「そっか~! だからなんだ!」

 今、まさに読んでいる本の舞台だったとは。嬉しい偶然だ。事実を知ると、一気にこの町に愛着が沸いてくる。もう気分はルンルンだ。歌でも歌いたくなったけれど、この世界の歌は一つも知らないし、何より恥ずかしい。心の中で当時流行っていたJポップを口ずさみ、クラウの隣を歩く。

「どれくらいで湖に着くかなぁ」

「十五分くらい歩いた所にある筈なんだけど……あっ、見えてきた」

 クラウが指さす先には、民家に隠れて僅かに見えてきた湖らしきものがあった。
 今日は観光客が少ないらしく、人通りは疎らである。居ても町の人と思われるであろう庶民の格好をした人ばかりだった。
 この調子だと、湖は私たちの貸し切り状態かもしれない。そう考えると、余計にワクワクしてくる。
 徐々に大きくなってくる湖は、雪国の物とは思えない程に透き通ったものだった。普通、氷点下の湖は氷となる際に白く濁ってしまう。
 どういう原理で透明のままなのだろうか。不思議で堪らない。
 よろよろしながら歩いていると、隣から笑い声が聞こえた。

「どうしたの~?」

「ううん。ミユ、表情がコロコロ変わって面白いなって」

「そうかなぁ」

 考えてみても自分ではさっぱり分からない。
 又しても笑うクラウはさて置き、湖に関心を戻してみる。視界は段々と開けてきているから、到着はもうそろそろの筈だ。
 しばらく歩いていると、ようやく湖畔に辿り着いた。

「着いた~!」

 湖の周りは木々に囲まれていて、風光明媚な場所だった。思わず溜め息が漏れてしまう程に。
 湖の氷には濁りが全く無く、湖底まで肉眼で見ることが出来る。白い砂には緑色の水生植物が生えている。なんだか揺らめいて見えるようでもある。

「ちょっとさ、あの桟橋の端っこまで歩いてみようよ」

「桟橋~?」

「ほら、あそこ」

 クラウがすっと右の方を指し示す。そこには確かに木製の桟橋が掛けられていた。

「行こう~! クラウ、早く~!」

 旅行が久し振りで、楽しくて仕方が無い私はクラウを追い越し、足早に桟橋を目指していた。新雪は私が歩を進める度に低い音を鳴らす。

「ミユ、ちょっと早いって!」

 はしゃぐ私をクラウは笑いながら追い掛けてくる。

「……捕まえた!」

「ひゃっ!」

 やはり、男の人の足には敵わないらしい。あっという間に私の身体はクラウに拘束されてしまった。その手も直ぐに放される。

「一緒にって言ったじゃん」

 クラウは私の右手を掴み直すと、無邪気に笑った。
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