上 下
76 / 167
第19章 サファイア観光

サファイア観光Ⅱ

しおりを挟む

「そういえばさ」

「ん~?」

「実は俺、エメラルドの観光地に行った事無いんだ。あんなにエメラルドに行ったのに」

 意外だった。恐らく、前世でも観光地には目も暮れず、確実に人の居る住宅街ばかりを探し回っていたのだろう。

「行ってみたかった場所ならあるんだ。今考えたら、ミユをサファイアに連れて来た時に寄っとくんだった」

 残念そうに、クラウは遠くを見る。
 実は、私も行ってみたかった所ならあるのだ。カノンの記憶のみで知っている、あの風景を私も見てみたかった。

「あそこでしょ? 私もこの目で見てみたかったなぁ」

「何処?」

「一緒に言おう? せ~の!」

「リーシュ塩湖!」

 私とクラウの声が重なる。
 リーシュ塩湖とは、地球で言うウユニ塩湖のような場所だ。広大な塩の湖に雨が降る事によって、湖が鏡面のようになる。空の下には反転した空――想像を遥かに超えるような絶景なのだろう。

「やっぱり、だよね。今度、エメラルドに行く事があったら、リーシュ塩湖にも行ってみよう」

「うん!」

 出来れば、あまり観光客が居ない時期に行きたい。たった二人だけの空を独占したいと思ってしまう。
 クラウはバスケットに手を伸ばすと、「あっ」と声を上げた。

「サンドイッチ、あと一切れになっちゃった。半分こしよう?」

 大きな手で最後の一つとなったサンドイッチを掴むと、バスケットの上で丁寧に半分に割っていく。それでも若干、キャベツがポロポロと零れた。

「はい」

「ありがとう」

 そっと差し出されたサンドイッチを受け取り、早速口に運ぶ。
 やはり冷めてしまったけれど、流石はルーゼンベルクのシェフだ。最後まで美味しく食べる事が出来た。
 外の風景は、すっかり様変わりしていた。建物は一切無く、雪原が果てしなく続いている。
 折角の旅行を楽しみたいのに。朝食を食べたせいもあってか、また眠たくなってきてしまった。意識せずとも大きな欠伸が出てしまう。

「ミユ、眠たい?」

「うん、ちょっと」

「少し寝た方が良いよ。昨日は大分遅かったし、次の街まで景色もあんまり変わらないしさ」

「うん……」

 とろんとした目で隣を見上げると、クラウも微笑んではいるものの、若干眠そうに瞼を擦っていた。

「クラウも眠たいの?」

「ちょっとね」

「じゃあ、二人で寝よっか~」

 「ふわぁ……」と欠伸し、クラウに寄り掛かる。重たい瞼を重力に逆らう事無く閉じた。右半身が温かい。
 微睡みの中、夢の世界に突入しようかという頃だった。

 “馬車には気を付けて”

 誰かが、そう言った気がした。
 何とか瞼をこじ開け、クラウの顔を見上げてみる。いつも優しく私を見守ってくれる瞳は瞼に遮られ、静かに深い呼吸を繰り返していた。
 今の声はクラウのものではなかったのだろうか。一体、誰の声だろう。
 考えても分からないので、やはり寝てしまう事にした。再び身体をクラウに預け、そっと瞼を閉じた。

――――――――

「クローディオ様、ミエラ様」

 男性の声に起こされ、何とか瞼をこじ開ける。
 声のした方を見てみると、開けられた馬車の扉から御者が顔を覗かせていた。

「ルウネルに到着致しました」

 クラウは「んー……」と声を上げて伸びをする。

「良く寝た……」

「ね~」

 私は私で小さな欠伸をした。

「じゃあ、行こっか」

「うん!」

 差し出された手を取り、寝起きとは思えない程軽やかに馬車を出た。

「わぁ……」

 そこにはサファイア王都とは全く違う景色が広がっていた。
 二階建ての窓が付いた、かまくらのような白い石造りの建物が立ち並んでいる。あまりにも白いので、屋根に積もった雪と壁との境目が殆ど分からない。
 針葉樹も所々に植えられていて、白と緑のコントラストが見事だ。

「取り敢えず、温かいもの飲もうよ」

「そうだね~」

 町の入口となる門を潜る。
 長時間の馬車移動だった為、身体も固まってしまいそうだ。
 うーんと伸びをし、クラウの隣を歩く。勿論、今日からドレス姿で。もう、誰かの目を気にする事も無く、堂々とクラウと外を出歩ける。それだけでも嬉しい。

「此処じゃないよね? 湖のある場所」

「うん、違うよ。湖のある町にはまだまだ時間が掛かるよ」

 町のシンボルとなるであろう、街の中央の時計台の時計は九時半を指している。
 屋敷を出発してからまだ三時間、か。

「まだ時間はたっぷりあるし、今日はめいいっぱい楽しむんだから!」

 ガッツポーズをして気持ちを昂らせる。そんな私に、クラウは「あはは」と笑う。

「此処だよ、喫茶店」

 クラウが足を止めた建物のドアの片隅にはコーヒーカップの看板が掲げられていた。
 クラウがドアを開けると、ドアベルの可愛らしい音が鳴ると同時に、チョコレートのような甘い香りが漂ってきた。

「どうぞ、レディ」

「もう、クラウったら~!」

 二人で笑い合いながらドアを潜ると、エプロン姿の女性が出迎えてくれた。

「いらっしゃいませ、此方へどうぞ」

 服装で町の住人でない事が分かったのだろう。案内されたのは暖炉の傍にある窓際の四人掛けの席だった。
 向かい合わせに腰掛けると、クラウはメニューを見る事も無く注文を始める。

「ココア二つと、今日のお勧めのケーキ二つを」

「かしこまりました」

 店の女性は注文をメモに書き留めると、カウンターの奥へと消えていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

死霊王は異世界を蹂躙する~転移したあと処刑された俺、アンデッドとなり全てに復讐する~

未来人A
ファンタジー
主人公、田宮シンジは妹のアカネ、弟のアオバと共に異世界に転移した。 待っていたのは皇帝の命令で即刻処刑されるという、理不尽な仕打ち。 シンジはアンデッドを自分の配下にし、従わせることの出来る『死霊王』というスキルを死後開花させる。 アンデッドとなったシンジは自分とアカネ、アオバを殺した帝国へ復讐を誓う。 死霊王のスキルを駆使して徐々に配下を増やし、アンデッドの軍団を作り上げていく。

多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?

あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」 結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。 それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。 不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました) ※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。 ※小説家になろうにも掲載しております

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました

ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。 大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。 ー--- 全5章、最終話まで執筆済み。 第1章 6歳の聖女 第2章 8歳の大聖女 第3章 12歳の公爵令嬢 第4章 15歳の辺境聖女 第5章 17歳の愛し子 権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。 おまけの後日談投稿します(6/26)。 番外編投稿します(12/30-1/1)。 作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

処理中です...