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第19章 サファイア観光
サファイア観光Ⅱ
しおりを挟む「そういえばさ」
「ん~?」
「実は俺、エメラルドの観光地に行った事無いんだ。あんなにエメラルドに行ったのに」
意外だった。恐らく、前世でも観光地には目も暮れず、確実に人の居る住宅街ばかりを探し回っていたのだろう。
「行ってみたかった場所ならあるんだ。今考えたら、ミユをサファイアに連れて来た時に寄っとくんだった」
残念そうに、クラウは遠くを見る。
実は、私も行ってみたかった所ならあるのだ。カノンの記憶のみで知っている、あの風景を私も見てみたかった。
「あそこでしょ? 私もこの目で見てみたかったなぁ」
「何処?」
「一緒に言おう? せ~の!」
「リーシュ塩湖!」
私とクラウの声が重なる。
リーシュ塩湖とは、地球で言うウユニ塩湖のような場所だ。広大な塩の湖に雨が降る事によって、湖が鏡面のようになる。空の下には反転した空――想像を遥かに超えるような絶景なのだろう。
「やっぱり、だよね。今度、エメラルドに行く事があったら、リーシュ塩湖にも行ってみよう」
「うん!」
出来れば、あまり観光客が居ない時期に行きたい。たった二人だけの空を独占したいと思ってしまう。
クラウはバスケットに手を伸ばすと、「あっ」と声を上げた。
「サンドイッチ、あと一切れになっちゃった。半分こしよう?」
大きな手で最後の一つとなったサンドイッチを掴むと、バスケットの上で丁寧に半分に割っていく。それでも若干、キャベツがポロポロと零れた。
「はい」
「ありがとう」
そっと差し出されたサンドイッチを受け取り、早速口に運ぶ。
やはり冷めてしまったけれど、流石はルーゼンベルクのシェフだ。最後まで美味しく食べる事が出来た。
外の風景は、すっかり様変わりしていた。建物は一切無く、雪原が果てしなく続いている。
折角の旅行を楽しみたいのに。朝食を食べたせいもあってか、また眠たくなってきてしまった。意識せずとも大きな欠伸が出てしまう。
「ミユ、眠たい?」
「うん、ちょっと」
「少し寝た方が良いよ。昨日は大分遅かったし、次の街まで景色もあんまり変わらないしさ」
「うん……」
とろんとした目で隣を見上げると、クラウも微笑んではいるものの、若干眠そうに瞼を擦っていた。
「クラウも眠たいの?」
「ちょっとね」
「じゃあ、二人で寝よっか~」
「ふわぁ……」と欠伸し、クラウに寄り掛かる。重たい瞼を重力に逆らう事無く閉じた。右半身が温かい。
微睡みの中、夢の世界に突入しようかという頃だった。
“馬車には気を付けて”
誰かが、そう言った気がした。
何とか瞼をこじ開け、クラウの顔を見上げてみる。いつも優しく私を見守ってくれる瞳は瞼に遮られ、静かに深い呼吸を繰り返していた。
今の声はクラウのものではなかったのだろうか。一体、誰の声だろう。
考えても分からないので、やはり寝てしまう事にした。再び身体をクラウに預け、そっと瞼を閉じた。
――――――――
「クローディオ様、ミエラ様」
男性の声に起こされ、何とか瞼をこじ開ける。
声のした方を見てみると、開けられた馬車の扉から御者が顔を覗かせていた。
「ルウネルに到着致しました」
クラウは「んー……」と声を上げて伸びをする。
「良く寝た……」
「ね~」
私は私で小さな欠伸をした。
「じゃあ、行こっか」
「うん!」
差し出された手を取り、寝起きとは思えない程軽やかに馬車を出た。
「わぁ……」
そこにはサファイア王都とは全く違う景色が広がっていた。
二階建ての窓が付いた、かまくらのような白い石造りの建物が立ち並んでいる。あまりにも白いので、屋根に積もった雪と壁との境目が殆ど分からない。
針葉樹も所々に植えられていて、白と緑のコントラストが見事だ。
「取り敢えず、温かいもの飲もうよ」
「そうだね~」
町の入口となる門を潜る。
長時間の馬車移動だった為、身体も固まってしまいそうだ。
うーんと伸びをし、クラウの隣を歩く。勿論、今日からドレス姿で。もう、誰かの目を気にする事も無く、堂々とクラウと外を出歩ける。それだけでも嬉しい。
「此処じゃないよね? 湖のある場所」
「うん、違うよ。湖のある町にはまだまだ時間が掛かるよ」
町のシンボルとなるであろう、街の中央の時計台の時計は九時半を指している。
屋敷を出発してからまだ三時間、か。
「まだ時間はたっぷりあるし、今日はめいいっぱい楽しむんだから!」
ガッツポーズをして気持ちを昂らせる。そんな私に、クラウは「あはは」と笑う。
「此処だよ、喫茶店」
クラウが足を止めた建物のドアの片隅にはコーヒーカップの看板が掲げられていた。
クラウがドアを開けると、ドアベルの可愛らしい音が鳴ると同時に、チョコレートのような甘い香りが漂ってきた。
「どうぞ、レディ」
「もう、クラウったら~!」
二人で笑い合いながらドアを潜ると、エプロン姿の女性が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ、此方へどうぞ」
服装で町の住人でない事が分かったのだろう。案内されたのは暖炉の傍にある窓際の四人掛けの席だった。
向かい合わせに腰掛けると、クラウはメニューを見る事も無く注文を始める。
「ココア二つと、今日のお勧めのケーキ二つを」
「かしこまりました」
店の女性は注文をメモに書き留めると、カウンターの奥へと消えていった。
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