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第19章 サファイア観光

サファイア観光Ⅰ

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「……ミエラ! ミエラ!」

 誰かが私を呼んでいる。身体も揺さぶられている気がする。
 ぼんやりと瞼を開けると、視界いっぱいにクラウの顔が映った。
 一気に目が覚める。

「旅行行くよ! 早く着替えて!」

 まるで遠足に行く小学生のように、クラウは無邪気に笑う。

「今、何時?」

「六時だよ!」

 「ふわぁ……」と欠伸をし、そろそろと起き上がる。それを合図に、一緒に寝ていたカイルも頭を上げる。
 クラウの後ろにはルーナも控えていた。にっこりと微笑み、緑色のドレスを手にしている。

「分かったから、ちょっと待って~」

「六時半には出発しよう。直ぐ日が暮れちゃうから」

「うん……」

 もう一度、大きな欠伸をする。
 昨日の就寝時刻は、結局、午前二時を回っていた。良くあんなに元気に起きる事が出来るものだとクラウに感心してしまった。
 クラウが出払った事を確認し、ゆっくりとナイトドレスを脱ぐ。

「もう、子供みたい……」

「良いじゃないですか。クローディオ様があんなにはしゃがれるのは、ミエラ様の前でだけですよ?」

 そう言われると、何も言い返せなくなる。あの無邪気さに惹かれた私にも原因があるし、まあ良いかと自分で自分を納得させた。
 フリルの付いた可愛らしいドレスを身に纏い、髪を一つに束ねようとしたところでルーナに止められた。笑顔で首を振るルーナに首を傾げてみる。

「クローディオ様は昨日のミエラ様の髪形が気に入ったそうです。同じ髪形に、と」

「えっ?」

 少し嫌な考えが頭を過る。カノンと同じ髪形だからではないか、と。
 駄目だ、告白された時にしっかりと言われたではないか。クラウが好きになってくれたのは、カノンではなく私だ。
 しかし、心の何処かに引っ掛かっているのも事実である。
 自分で上手く結べる自身が無かったので、その場でルーナに髪を纏めてもらった。ファンデーションとチークだけの薄化粧もする。

「お父様とお母様はまだ寝てるよね」

「はい。しっかりおやすみになっておいでです」

「二人が起きるまでカイルをお願いね」

「かしこまりました」

 今日はカイルは屋敷で留守番をさせておく予定だ。まだ幼い子犬を無闇に長時間外出させられはしない。
 足元に寄ってきたカイルと目線を合わせ、優しく頭を撫でてみる。
 カイルは気持ち良さそうに目を細め、ブンブンと尻尾を振ってくれた。

「良し、行こう~」

 時計の針は六時二十五分を指している。遅刻せずに済みそうだ。
 そのまま部屋を出て廊下を進み、階段を下りてエントランスに辿り着く。そこにはソワソワした様子のクラウとバスケットを持ったライアンが居た。

「ライアン、おはよう」

「おはようございます、ミエラ様」

 挨拶を済ませると、ライアンはぺこりと頭を下げる。

「ライアン、コートを」

「はい」

 ルーナとライアンは、グレーのお揃いのピーコートを私たちに着せてくれた。地味に、お揃いコーディネートは初めてかもしれない。
 帽子と手袋もしっかりと身に着け、準備は万端だ。
 ライアンは持っていたバスケットをクラウに手渡す。

「朝食のサンドイッチです。馬車の中でお召し上がりください」

「うん」

 クラウと手を取り合い、互いに笑い合う。二人きりで旅行なんてワクワクしない訳が無い。
 ルーナはそっとカイルを抱き上げる。

「いってらっしゃいませ」

 二人に見送られ、ダイヤモンドダストの舞う外へと繰り出した。
 馬車は屋敷の前で待機していて、レディーファーストで私が奥に座った。馬が嘶くと、馬車は軽やかに走り出す。
 クラウは膝に置いたバスケットの布をそっと剥がしていく。途端に油の良い香りが漂ってきた。

「冷める前に食べちゃおう」

「うん」

 とはいえ、氷点下だから直ぐに冷めてしまうのだろう。
 差し出されたバスケットの中には、キャベツたっぷりのエビカツサンドが入っていた。キャベツが零れ落ちないように優しく手に取り、口に運ぶ。シャキシャキのキャベツとプリプリのエビは相性抜群だ。

「美味しい」

「うん、美味しい」

 自然と笑みが零れる。
 と、此処で先程疑問に思った事を本人に聞いてみる事にした。

「ねえ、クラウ」

「ん?」

「この髪形、嫌じゃない? 辛くない?」

 クラウは笑顔で首を振る。

「全然嫌じゃないよ」

「カノンと同じだから?」

 クラウははっとした顔をすると、ブンブンと勢い良く首を振った。

「違うよ。髪を下ろしたミユも好きだけど、ちょっと幼いし、ただ纏めただけじゃ、ちょっと華やかじゃないし。この髪形が一番ミユに似合ってる」

 そうであるなら、私が嫌がる必要も無い。素直にクラウの気持ちを受け取っておこう。

「じゃあ、これからずっとこの髪形にしてようかな~」

「うん、良いと思うよ」

 顔を見合わせ、二人で「ふふっ」と笑い合う。

「……そうだ! 湖にはどれくらいで着くの?」

「うーん、お昼くらいには着くんじゃないかな。途中で休憩もしたいし」

「美味しい食べ物もある?」

「勿論!」

 俄然楽しくなってきた。サンドイッチを食べているのに、もうおやつの想像までもが膨らんでいく。

「まさかアイスクリームじゃないよね?」

「違う違う! そんなの食べたら身体が凍っちゃうよ。有名なのはリンゴと蜂蜜のホイップクリームクレープかな」

「美味しそう……」

 想像しただけで涎が出てきそうだ。うっとりとしながらサンドイッチを頬張る。
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