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第18章 婚約発表
婚約発表Ⅳ
しおりを挟む言っている意味が良く分からない。
「フィスラ侯爵って?」
「あっ、そっか……。ミエラ様、サファイアの人じゃないから知らないのか……」
令嬢たちは曇った顔で次々に俯く。
「この話、あんまり此処ではしたくなかったんだけど……フィスラ侯爵ってエリステル伯爵と仲が良かったの」
「あっ……」
エリステル伯爵――その名を忘れる筈が無い。私に重症を負わせ、誘拐しようとした張本人――
傷を庇うようにして、左腕をギュッと握り締める。
「だから、イライザ様とエリステル伯爵のご令嬢のナタリー様も仲が良かった。でも、エリステル伯爵があんな事件を起こしたから……」
もう聞かなくても大体分かる。イライザもナタリーとの仲を引き裂かれたのだろう。
逆恨みだ。そうは思うけれど、私が現れなければ、というイライザの気持ちも分からなくもない。
更にクラウの気持ちを考えると、私利私欲に塗れて私を傷付けた親を持つナタリーやイライザとは関わりたくないと思うのだろう。
私もイライザとは関わらない方が良いのかもしれない。左腕を掴む手に、更に力を加える。
「ミエラ」
そんな時、ふと私の肩を左側から誰かが抱いた。そちらに振り向いてみると、リリーが悲しそうな顔で私を見詰めていた。
「大丈夫~? 無理してない~?」
「……ごめんね。ちょっと、辛い」
本音をぽろっと漏らすと、リリーは私を抱き締めて頭を撫でてくれた。あまりにも優しい対応に、思わず涙が零れそうになる。
「……この話は終わり! 皆、明るい話しよ!」
マーガレットの大袈裟に明るい声が聞こえたかと思うと、周辺の空気が軽くなったような気がした。
リリーは私から身体を離し、にっこりと微笑む。
「皆、自己紹介して~? ミエラは皆の事、何にも分からないよ~」
リリーが令嬢たちに向かって声を掛けると、皆が我先にと身を乗り出す。
「私はリネット! よろしくね!」
「私はメイベルだよ! よろしくねー!」
「私はさっき話したアンジェラ! どうぞよろしく!」
「私は――」
矢継ぎ早に話されて、誰が誰だかまるで分らない。九人が自己紹介を終えるのを混乱しながら眺めていた。
転校生も同じような感覚なのだろう。令嬢たちの名前は今後徐々に覚えていこうという結論に至った。
そこへ執事たちが料理を両手に山盛り持って会場内に現れた。いつの間にか中央に置かれた長方形のテーブルに料理を並べていく。
「ミエラ様」
タワー状に積まれた料理に見惚れていると、ルーナが木製のキッチンワゴンを押して隣へやってきた。一礼すると、ただただその場に佇む。
「私は居ないものとしてお振る舞い下さい」とテーブルマナーの勉強中にルーナに言われたのを思い出す。
「皆、料理食べよう? 冷めないうちに」
少しは次期公爵夫人らしい振る舞いをしなくては、と思い切って声を掛けてみた。すると、待ってましたと言わんばかりに令嬢たちは料理へと向かう。
パーティーでは食事をしながらの会話が一番楽しいものだ。
「私たちも行こう?」
私が歩き出すのを待っていてくれたのか、笑顔で令嬢たちを見るリリーとマーガレットにも先を促してみる。
マーガレットは頷くと、先程の令嬢たちの元へと駆けていった。
リリーはスチュアートがするのと同じように私の頭を撫でる。
「リリー、さっきはありがとう」
「どういたしまして~」
二人で「ふふっ」と笑い合い、早速テーブルへと向かった。後ろからワゴンの車輪の転がる音が聞こえてくる。
「ミエラ」
唐突に声を掛けられて振り向いてみると、そこにはクラウとスチュアートの姿があった。
「クローディオ。挨拶は終わった?」
「うん。ミエラは皆と話せた?」
「うん」
笑顔でクラウと手を取り合う。
令嬢たちは感嘆の声を漏らすのと同時に、その瞳までもが輝きを増している。
呆気に取られる暇も無く、そのままクラウが歩き出したので、私も手を引かれながら足を踏み出す。後ろからリリーとスチュアートもついてくる。
クラウが真っ先に向かったのは、やはり山盛りになったポテトサラダの皿の前だった。小皿を取り、ポテトサラダを一掬いする。
見ていると私もお腹が空いてきた。負けじとルーナに頼んでポテトサラダを確保してもらった。キッチンワゴンに乗せられたポテトサラダをスプーンで掬い、そっと頬張る。
「ミエラ」
「何~?」
「ポテトサラダ美味しい」
何気ない一言に、思わず吹き出しそうになってしまった。
「クローディオの大好物だもんね」
「うん」
まるで子供のようだ。まあ、男の人はいつまでも少年の心を持っていると言うから、不思議でもないのだけれど。
この世の何にも代えがたい幸せそうなクラウの表情に顔を緩ませ、もう一口ポテトサラダを頬張る。
「クローディオ様のあんな表情、見るの初めて……!」
「お二人ともお幸せそう……!」
私と一緒に居るからではなく、ポテトサラダが美味しいからこんな表情をしていると思うのは私だけだろうか。
何かが違う。そうは思いながらも、つっこむ者は誰も居らず、令嬢たちの囁きと周囲の楽しそうな笑い声を受け流していた。
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