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第18章 婚約発表

婚約発表Ⅱ

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「では、お部屋の前まで行きましょう。お嬢様の出番ももうそろそろの筈です」

 頷いて立ち上がると、ルーナから自分で刺繍を施したシルク生地の白いストールを受け取り、そっと羽織った。透ける事も無いので、左腕の傷をしっかりと隠してくれる。
 白色の眼帯もしっかりと身に着ける。
 手に汗を握り、生唾を飲み込み、部屋の出入り口を潜った。廊下には使用人の姿は無い。

「駄目、緊張する……」

 膝までもががくがくと震えてきた。こんな調子で大丈夫だろうか。
 ルーナがそっと肩を抱いてくれたので、ドレスを握り締めて何とか足を一歩ずつ前に進めていく。
 階段を降りると、ようやく使用人の姿を確認する事が出来た。午前中に初めて入った大広間の前で、皆、緊張の面持ちで待機している。
 扉は閉じられているから、中の様子を窺い知る事は出来ない。

「私が見守っています。クローディオ様もいらっしゃいます。大丈夫です」

「……うん」

 そうだ。何か不測の事態が起きれば、きっとクラウが助けてくれる。そう信じよう。
 肌寒い廊下でどれくらい待っただろう。大広間の扉が僅かに開いたのだ。

「お嬢様、出番です」

 ライアンが囁くのと同時に、一気に扉が開かれた。
 中はとても煌びやかな世界だった。貴族たちの衣装だけではない。天井には金の豪華なシャンデリアが三つも並んでおり、ガラス張りの右壁側の外の針葉樹には、同じように金色の玉が飾り付けられている。
 貴族たちの視線が私に集中する。心臓が張り裂けそうだ。胸を押さえたい衝動を抑え、前で優雅に手を組んだ。
 誰も物音一つ立てはしない。少しずつ私に道が開けられていく。真っ直ぐに前方を見据え、一歩ずつ、確実に床を踏みしめる。貴族たちが完全に道を開けると、そこには紺色の正装を纏った凛々しいクラウの姿が――
 少しだけ安心し、僅かに笑みが漏れる。

「ミエラ」

 頬をほんのりと染め、微笑みながらクラウが手を差し伸べてくれた。その手を躊躇う事無く取る。
 改めてクラウの隣で貴族たちに向き直った。最前列にはヒルダとセドリック、スチュアート、リリーも居る。
 ルーカスは静けさを打ち破り、声を張った。

「この令嬢がミエラ・アークライト。クローディオの正式な婚約者だ。エメラルドのハウランダー子爵令嬢だが」

 此処で打ち合わせ通りに、そっと瞼を閉じる。頭を僅かに下げると、クラウの手で眼帯がするりと解かれた。
 ゆっくりと瞼を開けて正面に向き直ると、貴族たちの口から次々と驚嘆の声が漏れる。

「見ての通り、クローディオと同じ、元魔導師様だ。この婚約に意義がある者は申し出でよ」

 ルーカスの言葉に、誰も声を発する者は居ない。

「これをもって、ミエラは正式にルーゼンベルクの一員となる。先の事件を知らぬ者は居まい」

 先程までの笑顔はどこへやら。ルーカスは険しい表情へと変わる。
 そこで、羽織っていたストールを掴み、左側をぐいっとはだけさせた。縦に引き裂かれた左腕の傷が露となる。
 会場内から小さな悲鳴が漏れた。

「同じような事件は断じて許さない。ミエラをはじめ、ルーゼンベルクの者に手を出したら命は無いと思え」

 無意識のうちに左手首を握り締めていた。
 クラウの「もう大丈夫だよ」という声が聞こえ、はっと我に返る。ストールを掛け直し、クラウの顔を見上げてみた。そこには温かに私を見詰める瞳があった。思わず微笑みを返す。

「……と、まあ、堅苦しくはなってしまったが、此処は祝いの場だ。皆で語らい、楽しもうではないか」

 ルーカスが指を鳴らすと、華やかなクラシック音楽が流れ始めた。
 此処からは自由行動だ。取り敢えず、私はクラウについて回ろう。
 クラウは私の右手を握ると、早速セドリックとヒルダの元へ向かった。ヒルダは待ちきれないと言わんばかりに駆け出し、私に抱きついてきた。

「ミエラ、おめでとう! ホントにおめでとう!」

「ありがとう」

 私もヒルダの背中に腕を回すと、そっと身体を離す。

「もう、話したい事いっぱいあったんだけどさ、私、忘れちゃったよ」

 ヒルダは「あはは!」と盛大に笑う。

「クローディオもおめでとう!」

「うん、ありがとう」

「絶対にミエラの事幸せにするんだよ!」

 言うと、ヒルダはクラウの背中を思いきり叩く。乾いた音がこちらまで聞こえてきた。

「痛っ! 姉さん、叩かなくたって良いじゃん!」

「そんなに痛くなかったくせにー」

 こんなやり取りを見ていたセドリックは、ヒルダの隣でクスクス笑っている。

「クローディオ、ミエラ。本当におめでとう」

「ありがとうございます」

 私とクラウの声が重なる。思わず互いの顔を見合い、小さく笑ってしまった。

「私たちの事は良いから、他の人たちにも挨拶してきなさい」

「はい」

 セドリックとヒルダにはいつでも会えるから、此処は素直にセドリックの言葉に甘えよう。
 次にリリーとスチュアートの元へと向かった。話をしていたリリーとスチュアートは、私たちがやってきた事を感じ取ると、溢れんばかりの笑顔を向けてくれた。

「ミエラ~!」

「リリー!」

 互いに名を呼び合い、ハグをする。

「良かったね~、ミエラ! おめでとう~!」

「リリー、ありがとう」

「クローディオもおめでとう~!」

「ありがとう」

 スチュアートは『良く出来ました』と言わんばかりにリリーの頭を撫でる。
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