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第15章 取り残された四人
取り残された四人Ⅱ
しおりを挟む「ミユ、水、飲みたい……。そこに……」
身体を捩って激しく咳き込むクラウの背中を咄嗟に擦った。ナイトウェアはしっとりと汗で湿っている。
咳が収まると、ベッドの傍に置いてあるスツールの上の水が入ったグラスに手を伸ばし、上体を起こしたクラウに手渡した。ゆっくりと受け取ると、ちびちびと飲み干す。
取り敢えず、着替えをさせなくては。このままでは余計に熱が上がってしまう。
とは思うものの、ナイトウェアを置いてある場所が分からない。水嚢の収納場所も分からない。
私だけでは身動きが取れない。
「クラウ、私、お父様とお母様起こしてくるね」
「うん……」
再び横になったクラウに布団を掛けながら、部屋の見取りを思い出してみる。ルーカスとキャサリンの部屋は二階の一番奥、別邸でいう私とクラウの部屋の位置だった筈だ。
部屋を飛び出し、早速、ルーカスとキャサリンの部屋へと向かう。途中でエントランスホールの吹き抜けから使用人たちが私服姿で出払っていくのが見えた。
先ずはキャサリンからだ。扉の前で一呼吸置き、三回ノックをする。
「お母様、起きて下さ――」
瞬間、枕が私目掛けて飛んできた。防御出来ずに、枕は私の顔面に直撃した。そのまま床にへたり込む。
「おはよう……」
キャサリンは「ふわぁ……」と欠伸をすると、むくっと起き上がり伸びをする。
「あら? どうしてミユが此処に?」
自分が枕を投げ付けた事なんてお構い無しに、キャサリンは小首を傾げる。
此処で呆然としていては駄目だ。何の為にキャサリンを起こしたのか分からなくなってしまう。
「お母様、大変なんです! クローディオが……高熱で倒れちゃって……!」
「えっ!?」
キャサリンは血相を変え、私の元へ駆け寄ってきた。
「ルーカスはこの事を知ってる?」
「いえ、お父様もまだ眠ってるみたいで……」
「大変!」
キャサリンはへたり込んだままの私の手を取り、立ち上がらせた。その表情はかなり焦っている。
「早くルーカスを起こしましょう!」
「はい!」
頷き合い、この部屋の扉と、次いでルーカスの部屋の扉を押し開ける。
ルーカスは気持ち良さそうにスヤスヤと寝息を立てていた。
「ルーカス!」
「ん……? うーん……」
寝言は言うものの、起きないルーカスに腹を立てたのか、キャサリンはルーカスの身体を激しく揺さぶり始めた。
「ルーカス! 起きて!」
「ん……? キャシー……?」
ようやく目覚めたお父様は上体を起こし、瞼を擦る。
「二人揃ってどうした……?」
「クローディオが高熱で倒れたらしいの!」
「なんだって……!?」
途端にルーカスの表情は険しくなり、ベッドから立ち上がった。何も言わず、駆け足で部屋を出る。ルーカスにの後に、キャサリンと私も続いた。
「いつもは身体が丈夫なのに、こんな日に限って……」
「昨日、汗の処理をちゃんとしてなかったのかしら」
さほど時間も掛からず、クラウの部屋に着いた。部屋に入るなり、ルーカスは声を上げる。
「クローディオ、大丈夫か!?」
「頭、痛い……。喉も、痛い……」
キャサリンは私がしたようにクラウの額と自身の額に手を当て、体温を測る。
「こんな高熱……初めてかもしれない……」
「今は何時だ?」
「丁度、七時半です」
「医者が回診に来るまで……後一時間半か……。待ってられないな……」
ルーカスは悩む隙も見せず、私たちに背を向ける。
「医者の所まで行ってくる。クローディオ、少し我慢しててくれ」
それだけ言うと部屋から出ていってしまった。足音が遠ざかっていく。
お母様はクローゼットへと行き、ナイトウェアを手にして戻ってきた。
「これに着替えて。汗掻いてるでしょう?」
「うん……」
キャサリンは枕元にナイトウェアを置くと、私へと向き直る。
「ミユ、私たちは水嚢持ってきましょう。まだ場所が分からないでしょう?」
「はい」
お母様に大きく頷いてみせる。
「クローディオ、ちょっと待っててね」
クラウが小さく頷いたのを見届けて、私たちも部屋を後にした。
廊下は私たちの足音以外、何も聞こえない。本当に使用人全員が屋敷から居なくなってしまったらしい。
一階へと下り、キャサリンはダイニングの方へと向かう。そのダイニングも通り過ぎ、更に二つ目の扉の前で止まった。
「此処ですよ」
キャサリンが扉を開けると、柔軟剤の匂いがふんわりと漂ってきた。
そこはランドリールームだった。木製の桶や洗濯物が所狭しと置かれている。物干し竿も部屋の中にあり、ドレスやスーツ、メイド服、燕尾服などが掛けられている。
キャサリンはそれらを避けながら部屋の奥へと進む。突き当りには両手を伸ばしただけでは足りない、大きな戸棚が置いてあった。
「えーっと……」
キャサリンは戸棚の中を手探りで探す。中段を探していると、その手が止まった。
「あった」
キャサリンの手には金属の棒らしき物と白いゴムの袋が握られている。
「じゃあ、キッチンに行きましょうか」
二人で直ぐに隣のキッチンに移動し、奥の二つ並んだ扉のうちの一つに置かれていた製氷皿から氷を取り出し、水と一緒にゴムの袋に注ぎ込んだ。
「戻りましょう」
私は本当に付いてきただけになってしまったけれど、何処に何があるかの確認は出来た。
急いで来た道を引き返す。
部屋に着いてベッドへと駆け寄ると、クラウはスヤスヤと寝息を立てて眠っていた。
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