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第14章 サファイアの花
サファイアの花Ⅲ
しおりを挟む雪のように真っ白な会場を、色とりどりのコートを着た観客が埋め尽くしている。
向かいの観客席が使用人の席なのだろう。こちらと比較すると、コートの色に派手さが無い。
公爵家の観覧席は最前列だった。今度は会場内の階段を駆け下りる。
リリーがお辞儀をした先にはルーゼンベルクの面々が――
違和感を持たれないように、平静を装って私もぺこりと頭を下げてみる。
ルーカス、キャサリン、クラウ――微笑み掛ける事しか出来ないのが悲しい。クラウも微笑み返してくれたのが幸いだ。
その隣にはハインツベルンと思われる人が並んでいた。小さな男の子が二人居たから。こちらにもお辞儀をする。
私たちの席はその奥側らしい。奥からリリー、スチュアート、私の順で座る。
「あら? リリー、また寝坊?」
「うん~。やっちゃった~」
更に奥に居たのは、恐らくリリーの母親――アイリンドル公爵夫人だろう。茶髪碧眼の四十代くらいの女性が話し掛けてきた。
「えへへ……」とリリーは頭を掻きながら笑う。
「ホント、お姉様らしい」
ポニーテールの金髪碧眼の少女が冷めた目でリリーを見る。
「そちらのご令嬢は?」
「ミエラっていうの。スチュアートの知り合いだよ~」
「これはこれはミエラ嬢。よろしく頼むよ」
短い金髪にヘーゼルナッツ色の瞳の、体格の良い四十代くらいの男性――恐らくはアイリンドル公爵が軽く頭を下げるので、私も慌てて深々とお辞儀をした。
此処で更に深く私の事を聞かれたらどうしよう。内心びくつきながら事の行方を見守る。
心配は杞憂だったようだ。アイリンドル公爵一家は三人で談笑を始めた。
ほっと息を吐き、クラウの方を見てみる。
しかし、ハインツベルンの人たちの陰になって、ちらりと頭の先くらいしか見えない。
「ミエラ、何キョロキョロしてるの?」
「あっ、ううん、何でもない」
注意する意図もあったのだろう。スチュアートにほんの少しだけ険しい顔をされてしまった。
「競技が始まるよ。可愛い競技が」
可愛い競技とは何だろう。不思議に思っていると、観客席に居た子供たちが一斉にスケートリンクの中へと入っていった。
「五歳以上、十歳以下の男の子の部を始めます」
貴族たちの席と使用人たちの席の間のこじんまりとした、それでいて目立つ席に声の主は居た。この声、あの姿、一度しか会った事は無いけれど、サファイア女王であるブレナで間違いない。
衛兵姿の男性たちが子供たちを誘導する。
女の子はリンク中央に集められ、男の子はリンクの左端に集められた。その中には先程見たハインツベルンの男の子二人も居る。
どうやら滑走順は無作為らしい。衛兵に先導された男の子四人がスタートラインに就く。
「いちについて! よーい……」
瞬間、衛兵が手にしていたクラッカーの紐が引かれ、破裂音が鳴り響く。男の子たちは真剣な目でスタートを切った。
勝負はスケートリンク一周で決まるらしい。小さな手をぶんぶん振り、一生懸命に滑っている。
一位の子は二十秒程でゴールしてしまった。あの細いスケート靴の刃でよく滑れるものだ。
四位の子は途中で転んでしまい、泣きながらゴールした。
子供たちの家族や使用人の歓声で会場は沸いている。
「可愛いなぁ……」
こうして見ていると、自分の小学生時代の運動会の出来事を思い出す。運動音痴で運動会は大嫌いな子供だった。
そうこうしているうちに、十二人の男の子の滑走が終わった。決勝はそれぞれ上位二位までの子が出られるらしい。六人の男の子がスタートラインに立ち、一斉に戦いの火蓋が切られる。
「頑張れ~!」
思わず大声を上げていた。スチュアートの小さな笑い声が聞こえる。
流石は決勝まで残った子供たちだ。転ぶ子は誰も居ない。大人顔負けの顔つきでリンクを駆け抜ける。
先頭でゴールテープを切った子は満面の笑みで小さな金のトロフィーを受け取った。
「小さいのに凄いなぁ……」
「子供なりに、皆に良い所を見せたいんだよ。ミエラ、知ってる?」
「何を~?」
「サファイアの社交界デビューは十八歳って決まってるんだよ。だから、それまではこのスケート大会が他者と関わる貴重な場なんだ」
そんな話をしている間に、男の子は観客席に戻り、勝負は女の子の番に変わっていた。
「じゃあ、スチュアート様も十八歳までは?」
「うん、家族と城に来る者と親戚としか関わってなかった。あの頃は退屈だったな……」
「そうなんだ……」
恐らく、勉強も家庭教師に教わっていたのだろう。閉鎖的な空間に違いない。
女の子のレースを眺めながら、感傷に浸っていた。
レースは滞りなく執り行われ、十一歳以上、十七歳以下の男子の部と女子の部も終わった。
そこで丁度、城の鐘の音が鳴る。
「午前の部は終了します。午後の部までご歓談下さい」
女王のアナウンスが流れると、目の前に突然小さなテーブルが現れた。これは女王の魔法だろうか。
「ビックリした~……」
「初めてならそうだよね」
スチュアートとリリーはクスクスと笑う。
衛兵たちの手によって、熱々のビーフシチューとコーンスープが配られた。
「料理も魔法である程度までしか冷めないようにしてあるから、気を付けて食べるんだよ」
「うん」
外気でも冷えるだろうけれど、スプーンで掬ったビーフシチューに息を吹きかけてみる。口に運ぶと、家庭的というよりは如何にもプロのシェフが作った料理という味がした。
「あっつい~! 舌火傷した~……」
「だから、気を付けてって言ったのに……」
リリーの大声に、スチュアートが苦笑いをする。リリーの両親も「ふふふ」と笑う。
寒い外で熱々な料理を楽しむという特殊な経験のせいか、シェフの腕のお陰か、美味しくぺろりと平らげてしまった。
衛兵に空の器を預けると、テーブルがポンと煙を立てて消え去った。
「次は俺たちの番だ。リリーとミエラに良い所見せるよ」
スチュアートは腰に手を当て、爽やかに笑う。
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