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第14章 サファイアの花
サファイアの花Ⅱ
しおりを挟むリリーは悲しそうに微笑みながら瞼を伏せる。
「ヒルダは結婚してから少し疎遠になっちゃって。ハインツベルンの次期公爵夫人は三十代後半だし、小さな子供も居るし……。私から話し掛けるのは勇気がいるしで、あんまり仲良くはしてないの。だから、他に仲良く出来るのはクローディオの結婚相手だけだろうって……」
今までどれ程寂しかったのだろう。考えるだけで胸が押し潰されそうになる。
「私、沢山遊びに来るね! お散歩デビューしたらカイルも連れて!」
「うん! 楽しみにしてる~!」
何故かリリーには優しくしたくなってくる。リリーが年下だったなら、髪がクシャクシャになるまで頭を撫で回していただろう。
代わりにリリーの左手を撫でてみる。
「それなら、今度はアビーも別邸に連れてこなくちゃ~」
「アビー?」
「うん! カイルの兄弟犬だよ~! 私たちが飼う事になってるの~!」
カイルの兄弟犬なら、可愛いに決まっている。もう親バカっぷりが発動しているかもしれない。
カイルとアビーが戯れている所を一人で想像し、悶絶してしまった。
「ミエラ~?」
「……あっ! ううん、何でもない」
「変なの~」
言いながら、リリーは「ふふっ」と笑う。
「そうだ! 私、今日の為にトランプ買ってきたの~! 一緒にやろう?」
「うん、良いよ~」
リリーはチェストに向かうと、引き出しの中から何かを取り出して隣に戻ってきた。その手には、天使が描かれた青色の古風なトランプが握られている。
私たちはメイドが来て部屋の明かりが消されるまで、会話を楽しみながらババ抜きや大富豪、神経衰弱等、色々なゲームをして遊んだ。
────────
「リリー! ミエラ! 何時まで寝てる気?」
うっすらと瞼を開ける。腹部に何か乗っている感覚がある。
ぼんやりと左側を向いてみると、リリーの寝顔がすぐ傍にあった。腹部を確認してみると、リリーの右腕が乗っかっていた。
「スチュアート、おはよう」
「ふわぁ……」と欠伸をし、リリーの腕をそっと除けてから起き上がる。
まだ眠っていたい。昨日は夜更かしし過ぎただろうか。
リリーに至っては、まだスヤスヤと寝息を立てながら夢の中に居るようだ。
「リリー! 起きて!」
「にゃむ……」
寝言は言うものの、一向に起きる気配がない。
スチュアートは大きな溜め息を吐くと、執事を一人招き入れた。その手にはトランペットが握られている。
「吹いて」
その言葉を合図に、競馬のファンファーレのような高音の曲が吹かれた。お陰で眠気は一気に吹き飛んでいった。
ところが、リリーにとってはただの目覚ましのようだ。半開きの瞼を右手で擦り、「はあぁ~……」と大きな欠伸をする。
「二人とも直ぐ着替えて。朝食食べたら出発するよ」
「こんなに早く?」
時計を見てみると、まだ七時前だ。
「開会式は八時に始まるんだ。このままじゃ遅刻だよ」
「八時!?」
スケートリンクまでは此処から何分掛かるのだろう。着替えと髪の手入れを考えると、今から取り掛からないと朝食を食べる時間すら無い。
「リリー、急ごう!」
「うん~」
咄嗟にリリーの手を掴み、スチュアートを置いて廊下へ飛び出していた。ひたすら突進し、階段を駆け下りる。のは良いけれど、この先の道順が分からない。
「ごめん。リリー、ここから案内して~」
「分かった~」
リリーは「ふぁ……」と小さな欠伸をし、私の手を取ると急に走り出した。何度か交差部を曲がるとスピードを落とす。
「着いた~」
リリーの手で開かれた扉の先には一面のドレスが――
「リリー、ドレス借りるね!」
「うん~」
以前リリーが貸してくれた緑色のドレスと似た物にしよう。間違いは無い筈だ。
緑色のドレスが固まっている場所に辿り着くと、一着一着吟味していく。それなのに、ドレスの数が多過ぎてなかなか決まらない。
もう、目を瞑って一着引き抜いてみよう。
手探りでハンガーを一つ選んでみる。取り出したドレスは新緑の色のシルク生地がふんだんに使われたボリュームのあるドレスだった。
既に白色の小花があしらわれたふんわりとした水色のドレスを選び終わったリリーは、私が選んだドレスを見て両手を合わせる。
「わぁ……! 素敵なドレス選んだね~!」
「私が着ても変じゃないかな?」
「全然変じゃないよ~!」
ドレス選びの基準がいまいち分からないので、そう言ってもらえるだけで自信に繋がる。
ドレスを手にリリーの部屋に引き返すと、それぞれがメイドに手伝ってもらって着替える。髪も一つに結うと、メイクまでしてもらった。
ダイニングではサンドイッチを詰め込み、少し冷えたコーンスープで流し込む。この時、既に七時四十五分だ。
私たち三人と、アイリンドル別邸の使用人全員が乗り込み、合計六台の馬車が連なる。
「間に合うかな……」
「大丈夫だよ~。私たち頑張ったもん~」
「リリーは楽観的だなぁ……」
スチュアートは車窓に目を遣る。
「スケートリンクって何処にあるの?」
「あっ、ミエラ初めてだもんね~。サファイア城の庭だよ~」
そんな所にスケートリンクがあるとは。恐らく女王の魔法で臨時的に作られた会場だろう。
スチュアートは何かを思い出したかのように私を見ると、口を開いた。
「ミエラ。もしルーゼンベルクの者に会っても、気軽に呼んじゃ駄目だよ。ルーゼンベルク公爵、ルーゼンベルク公爵夫人、クローディオ様って呼ぶ事。一応、俺たちの事も様づけで呼んで」
「うん、分かった」
「婚約発表までの……半年の我慢だよ」
「うん」
これくらいの我慢なんてなんてことない。ルーゼンベルクの屋敷に帰れば、皆が家族の様に接してくれるのだから。
そうこうしているうちに、サファイア城への橋へと差し掛かる。
「スチュアートはクローディオから聞いてるけど、リリーはスケート大会出るの?」
「うん~。基本的にサファイアの貴族は全員参加なの~。辺境の貴族は別だけど」
という事は、来年は私も参加しなくてはいけないのだろうか。それまでに、クラウやヒルダにみっちりスケートのトレーニングもしてもらわなくては。
決意を固めていると、馬車が減速を始めた。
「リリー、ミエラ、準備して。着いたら出来る限りダッシュだ」
馬車は城の入り口を通り過ぎ、庭へと向かう。通りに置かれた時計の時刻は七時五十五分――
言われた通り、馬車を降りるとリリーに続いて走り続けた。転ばないように、慎重に。スチュアートは私たちのペースに合わせるためか、私の後ろを駆けてくる。
会場の入り口には二人の衛兵が立っていたけれど、挨拶をしている時間は無い。その二人を通り過ぎ、階段を上り始めた時だった。
無情にも金管楽器のファンファーレが鳴り響き、
「これよりスケート大会を開催します」
女王の端的な開会宣言がなされた。
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