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第14章 サファイアの花
サファイアの花Ⅰ
しおりを挟む粉雪が舞い散る闇の中、金のドアノッカーを握り、三度叩き鳴らす。直ぐ様扉は開かれた。
「ミエラ~!」
軽い衝撃を上半身に受ける。リリーが飛び付いてきたのだ。
「リリー、こんばんは」
「ミエラ、よく来たね」
「スチュアートもこんばんは」
リリーの後ろでスチュアートがにっこりと微笑んでいる。
「さあ、中に入って。そこだと冷えるから」
「うん。お邪魔します」
リリーは私から身体を離すと、スチュアートの元へと駆けていった。二人は手を繋ぎ、笑い合う。本当に仲が良いんだなと、微笑ましくなる。
それと同時に感じる、この疎外感は何だろう。
コートと眼帯をメイドに渡し、瞼を伏せる。
「この時間だから、ナイトドレスの方が良いよね~。私の部屋までついてきて?」
「分かった」
リリーに頷くと、二人は私を先導して歩き始めた。
分かった。この疎外感は、私には寄り添える相手が今、傍に居ないからだ。二人の間に立ち入れる隙が無い。
こんな疎外感をクラウは百年間もずっと抱えていたのだろうか。切なく、やるせない気持ちでいっぱいになる。
階段を上り、廊下を進む。奥まで行くと、二人は一つの扉の前で止まった。
「此処が私の部屋だよ~。スチュアートは私たちの着替えが終わるまで待っててね? 絶対だよ~!」
「うん、分かってるよ」
スチュアートはリリーの頭を撫でる。リリーは「ふふっ」と笑うと、手招きをした。
「ミエラ、早く~」
「うん!」
慌ててリリーと一緒に部屋の中へと入る。一気に暖かな空気に包まれた。
この部屋は白と水色の可愛らしいロココ調の家具が置かれている。
リリーはクローゼットへ向かうと、白のナイトドレスを二着取り出した。
「ミエラ、こっち着てね。私はこっち着るから~」
差し出された方のナイトドレスを受け取ると、早速着替えた。ゆったりとした白色のドレスにはふんだんにレースが使われていて、寝間着としては豪華すぎる程だ。
着替え終わると、リリーはスチュアートを招き入れる。
「最初に俺たち、ミエラとクローディオにお礼を言わないと」
スチュアートは右手を胸に当て、頭を下げる。
「リリーに対する、メイドたちの無礼な振る舞いに気付いてくれてありがとう」
「えっ?」
「私が怪我をしても、メイドたち動いてくれなかったでしょ~? いつの間にかそうなってて、私、何も言えなくて……。でも、二人がスチュアートに言ってくれたお陰で、スチュアートも気付いてくれたの」
「俺はリリーが遠慮してるんだと思ってたんだ。改めてメイドを問い詰めたら、リリーに対する嫉妬だった。怪我をしたんなら、俺に手当てしてもらえば良いって。即刻クビにして、王室のメイドをこっちに引き抜いてきたよ」
この行動力と決断力、流石は元王子様だ。リリーの事を大事に思ってくれる旦那様で良かった。
それと同時に考えさせられる。心の闇は、確実にスティアの人々の間に広がっていると。
スチュアートは両手をぎゅっと握り締める。
「リリーを侮辱するものは、たとえ誰であっても許さない。それが妹のブレナであっても」
「スチュアート、そんなに怖い顔しないの~」
リリーがスチュアートの頭にポンポンと触れると、スチュアートの眉間から皴が消えていった。
ブレナとは、確かサファイア女王の名前だった筈だ。
「あ、俺としたことが……。クローディオにも伝えといて」
「うん、分かった」
スチュアートは片手で髪を掻き上げると、私にそっと微笑みかける。どうやら冷静さを取り戻したようだ。
「ミエラ、客室に案内するよ。ついて来て」
スタスタと扉に近づくスチュアートの手をリリーが繋ぎ止める。
「駄目~! ミエラは私と一緒に寝るの~!」
「えっ? でもリリー、ベッドは一つしかないよ?」
「私のベッドは広いでしょ~? だから大丈夫! 枕も二つ用意したんだから~!」
リリーはその手をぶんぶんと振り回す。これにはスチュアートも困ってしまったようだ。頭を掻きながら苦笑いをする。
「分かった分かった。ただし、夜更かしはしない事。良い?」
「うん」
リリーは勢い良く返事をすると、スチュアートから手を離した。
「本当にミエラの事が気に入ったんだね。二人ともおやすみ」
「おやすみ~」
「おやすみなさい」
別れの挨拶を済ませると、スチュアートは手を振りながら部屋から出ていってしまった。
リリーは手持無沙汰になったのか、今度は私の右手を握り、軽く振り始めた。
「スチュアートには、ああ言ったけど、十一時まで……日は跨がないようにするから、良い~?」
「うん、大丈夫だよ」
「良かったぁ」
リリーは破顔一笑する。
今は夜の九時だから、寝るまでには二時間はある。まだ眠気は無いし、大丈夫だろう。
二人でソファーに座ると、用意されていたホットミルクに口をつける。砂糖も入っていて、ほんのりと甘くて心がほっとする。
「私、嬉しいんだ~。ミエラに会えて、こうやって話せて。同年代で真面に話しかけてくれるの、ヒルダと妹のマーガレットだけだったから」
「えっ? どうして?」
「だって私、公爵令嬢だし、結婚相手は王子様だし……。皆、私の事は一歩引いた眼で見てた」
貴族とはそういうものなのだろうか。どんな出身で、誰と結婚しようと、その人はその人で変わりは無い筈なのに。
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