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第11章 新たな家族

新たな家族Ⅱ

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 テーブルの上に置かれたメモ帳に手を伸ばす。次の宿題は公爵夫人の名前──これで良し。
 次にルーカス直筆の教材を開き、内容を確認する。サッと目を通し、パタリと閉じた。
 次に彼が問題を出してくるのは一週間後辺りだろう。
 うーんと伸びをし、再び刺繍の道具をテーブルに広げた。
 今回はリベンジだ。前回クラウにプレゼントしたハンカチよりも、もっと丁寧に、美しく仕上げてやる。そして、今度こそ、心から喜んでもらうのだ。
 ひと針ひと針慎重に縫い進めていく。一箇所でも弛んだり、引きつったりしないように。
 余りにも集中していて、ノックの音に気が付かなかった。

「ミユ」

「……お母様!」

 突然かけられた声に肩が震え、針が飛んでいってしまった。

「ああ~!」

 落としたままでは危ないと、すぐ様立ち上がり、針がある筈の方向を探して拾い上げた。

「凄い集中力」

 キャサリンは「ふふっ」と笑う。

「カイルのケージを組み立てたいの。ミユも手伝ってくれる?」

「はい、勿論」

 キャサリンに部屋から連れ出され、リビングへと着いた。部屋の隅には既に白色のケージの部品が並べられている。

「これ、持ってて」

「奥様、それは私共が──」

「貴女たちは見てるだけで良いの」

 キャサリンは差し伸べられたメイドの手を笑顔で躱し、私に柵を託してくれた。それを私が支えているうちに、キャサリンがネジで固定していく。

「やっぱり、こういうのも飼い主の楽しみだと思うの。何でも使用人に任せてたら、飼い主の座を取られちゃう」

「それ、分かります」

 準備から自分たちで楽しまなくては。犬を飼う意味も無くなってしまうと言うものだ。
 キャサリンは私へ次々にパーツを手渡してくるので、喋る暇はあまり無かった。
 たちまちのうちにケージは組み上がった。小型犬を飼うには丁度良いスペースだろう。

「あとは貴女とクローディオの部屋にもケージを設置しますよ。ついてきて」

「はい」

 キャサリンはずんずんと廊下を進み、私、ケージの部品を持った使用人たちが後に続く。
 こうして考えてみると、彼女はかなり行動力のある人だ。それに体力も。
 あっという間に全部で三つのケージの設営が終わり、リビングへと戻った。そのままソファーに座り、額の汗をハンカチで拭う。キャサリンはと言えば、汗をかいている様子も無く、満足そうに紅茶を嗜んでいる。

「いよいよ明日ですね」

「楽しみ~……」

 ぽわんと子犬の姿を想像してみる。想像しただけでにやけてしまう程に可愛らしい。

「本当は、ミエラもアイリンドル公爵の屋敷に連れていってあげられたら良いんだけれど」

「気にしないで下さい。私は犬を飼えるだけでも嬉しいんです」

 目を輝かせる私に、お母様も微笑む。

「良かった。ミエラが犬好きで」

 と、不意に扉が開いた。

「……あ! ケージ出来てる!」

 ノックも無いまま、ルーカスとクラウがリビングへやってきたのだ。
 クラウはケージの前まで行くと、まじまじとそれを見詰める。

「夕食にしよう。静かに食事を出来るのも今日までかもしれない」

 四人で笑い合うと、ダイニングへと移動した。
 今日の夕食のメインはサーロインステーキだ。その周りにパンやサラダ、フライドポテトも置かれている。
 話の中心は勿論カイルだ。
 躾の方針や、触れ合う時の注意等、キャサリンが本で詰め込んだ知識を共有する。
 カイルの夜の生活は、後々の事も考えて、私とクラウの部屋を一日交代で使う事になった。だから私たちの部屋にもケージを設営したのだ。
 お腹も丁度良い具合に膨れ、胸も子犬でいっぱいだ。楽しみ過ぎて、その日の眠りは浅かった。夢の中にも子犬が出てきた程だ。
 そんな事をしていたから、エメラルドの夢の事なんてすっかり忘れていた。
 次の日、朝食を摂ると直ぐにクラウとキャサリンは屋敷を出発し、ルーカスも仕事の為に城へと向かった。屋敷には私と使用人たちだけだ。リビングでハーブティーを飲みながら音楽を聴き、カイルがやってくるのを今か今かと待ち侘びる。
 時計の針は一時間、二時間、と進んでいく。そして、長針が三周しようかという頃、私を呼ぶ執事の声が響いた。
 急いでエントランスに向かう。そこにはコートを脱いでいる最中のキャサリンと、コートを着て立ったままのクラウの姿があった。その腕の中には茶色の小さな命が──

「お母様、クローディオ、おかえりなさい!」

「ただいま」

「ミエラ、カイル抱いてて」

 待ってましたと言わんばかりに駆け寄り、右腕を差し出した。クラウはその腕のにカイルを乗せ、包み込むようにして掌でお尻を支える。左手にはリードの輪を通した。

「カイル~!」

 とっても温かい。
 カイルは長い耳をそばだて、焦げ茶の瞳で私を見詰める。それも束の間、カイルは私の頬を舐め始めた。

「あはは! くすぐったい!」

 出会って直ぐに私を受け入れてくれた。なんて愛おしい子だろう。頬擦りしてしまう程だ。柔らかな毛がまた心地良い。
 クラウがコートを脱ぎ終えると、居間へと向かった。その途中、カイルはしきりにキョロキョロと辺りを見回していた。

「ミエラ、カイル貸して?」

 リビングへ着くと、カイルはクラウの手でケージの中へ入れられた。近くにあった黄色のボールを見付け、クンクンと匂いを嗅ぐと、パクリと咥える。そのままヘソ天をして、ひとり遊びを始めた。
 可愛過ぎる。穴があくほどにカイルを見詰める。

「なんて可愛いんでしょう」

 キャサリンの呟きが聞こえた。

「アイリンドル公爵の屋敷に行ったら、兄弟犬四匹で跳ねるようにぴょんぴょん遊んでたよ」

「え~!」

 私もその光景を目に焼き付けたかった。
 叶わぬ願いは置いておいて、今はただ、その愛くるしい仕草に心を奪われていた。
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