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第5章 手作りプレゼントゼント

手作りプレゼントⅠ

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 親も、クラウも、アリアも居ない初めての異世界での夜が明けた。
 目が覚めてもまだ外は薄暗く、部屋は何かを被っていなければ肌寒い。ソファーの背凭れに掛けられていたガウンを急いで取り上げて羽織り、暖炉の薪にマッチで火を焼べた。
 部屋が温まるまではベッドに舞い戻り、布団で暖を取っていた。読み掛けの本に手を伸ばし、続きを読む。

 女の子の元に辿り着くと、緑の鳥は白いリボンを離しました。
 リボンはハラハラと舞い降り、女の子の目の前に落ちました。
 でも、女の子はその事には気付きません。

 何だかこの本に出てくる女の子と自分を照らし合わせてしまう。まるでクラウと出会ったばかりの頃の私のようだ。
 「ふぅ……」と細い息を吐き、部屋が温まった頃合いをみて、カーテンを開ける為に窓へと歩み寄った。

「おはようございます、お嬢様」

 ルーナが扉を開けた音と私がカーテンをスライドさせた音が重なり、ルーナが現れた事に気付けなかったらしい。突然声がして驚いてしまった。
 ビクッと肩を震わせる私に、暖炉の順にルーナは目線を移動させる。夜明けの強い日差しに照らされるルーナの顔は段々と青ざめていく。

「お嬢様、まさか、とは思いますが、ご自身で暖炉に火を?」

「うん。それがどうかした?」

「いけません!」

 急に声を荒らげるルーナに、又しても肩が震える。

「でも、寒いし……」

「そういう時こそ私を呼んで下さい。お嬢様に怪我や火傷があった後では遅いんです」

 最後はその勢いは萎み、声が震えていた。余程、私の事を心配してくれているのだろう。

「ごめんね。明日からはルーナの事呼ぶから」

「はい、お願い致します」

 それだけを言うと、一呼吸置く。

「お湯をお持ちしますので、少々お待ち下さい」

 お辞儀をすると、音も殆ど立てずに部屋から出ていってしまった。
 朝からルーナを怒らせてしまった。罪悪感が伸し掛り、溜め息が出る。そのままソファーへと向かい、ストンと腰を下ろした。
 項垂れていると、淡く湯気の立ち上る桶とタオルを持ってきた。

「失礼致しますね」

 桶は目の前のテーブルに置かれ、中に満ちたお湯は小さな波を立てている。そこへ両手を伸ばし、さっと顔を洗った。温かくて気持ちが良い。

「こちらをお召になって下さい」

 渡された水色のドレスを受け取り、素直に着替えた。

「食事のご用意も出来ています。ダイニングにご案内致します」

「うん」

 あまり空腹を感じないものの、食べなくてはお昼を迎える前にお腹が鳴るだろう。誘われるままに部屋を出てダイニングに向かった。廊下は思っていた通り、昼間と違って肌寒い。ルーナがストールを持っていてくれて良かった。
 朝食はコーンスープにポテトサラダ、ヒレステーキにパンといった豪勢なものだ。
 朝からこんなに食べて胃もたれしないだろうか。少し心配になったものの、美味しかったので全て平らげてしまった。
 食事を終えると一人で部屋へ戻る。部屋とリビング、ダイニングくらいならば迷子になる事は無いだろう。
 部屋の扉を開けると、甘くて香ばしい、バニラのような香りが漂ってきた。どうやらその香りの元はテーブルに置かれたチョコチップクッキーだったようだ。ソファーに座り、軽くクッキーを摘む。
 そんな事をしながらぼんやりと時の流れを感じていると、廊下からヒールと床がぶつかり合う音が聞こえ始めた。

「ミエラ、おはよう!」

「……お姉様」

 声に振り返ると、清々しい笑顔を見せるヒルダの姿があった。

「昨日はゆっくり休めた?」

「はい」

「良かった。……あっ、別に敬語じゃなくても良いんだからね。もう姉妹みたいなものだし」

 言いながら、ヒルダはゆっくり近付いてきて、私の隣にチョンと腰掛けた。

「私ってば二人兄弟でしょ? 小さい頃は妹も欲しいって思ってたんだよね」

 ヒルダも喜んで私を受け入れてくれたようで凄く嬉しい。此処で素朴な質問をしてみる事にした。

「お姉様は何歳?」

 クラウが十九歳だから、二十歳以上なのは分かる。ただ、ヒルダも顔立ちが若干幼いから、見た目だけでは判断出来ないのだ。

「あれ? 言ってなかったっけ」

「うん」

「二十二歳だよ。ミエラは十八歳だよね? クローディオから聞いてる」

 二十二歳という事は、アレクと同い年という事になる。やはり見た目年齢は実年齢よりも若干若い。
 ヒルダの顔をまじまじと見詰めていると、彼女は「あはは」と笑い始めた。

「ミエラ、私の顔見過ぎ! そんなに珍しい物でも付いてるかな」

「あっ! ごめんなさい!」

 顔の熱が上昇するのが自分でも分かる。両手を頬に持っていくと、また笑われてしまった。

「ミエラってば可愛い。からかいがいがあるって言うか、なんて言うか」

「う、うぅ……」

 そんな事を言われると、余計に困惑してしまう。どうしたら良いのか分からずにいると、ヒルダは小さな息を吐く。

「ずっとお喋りしてたいけど、そろそろ始めよっか。ちょっと待っててね」

 私に微笑みかけると、ヒルダは立ち上がり、洋箪笥の中を何やら探し始めた。箱を四つ程取り出すと、一つずつ運んでテーブルの上に並べた。

「シルクのハンカチ、刺繍糸、刺繍枠、針とペン、元絵と……良し!」

 箱を開けながら中を確認すると、一番最初に開けた箱の中から白色の正方形の布を取り出した。それを私に一枚手渡し、もう一枚を自身も持つ。

「これに刺繍していくんだけど、下絵を描いて欲しいんだ。元絵は此処にあるから、クローディオへのプレゼントだと思って描いてみて。午前中はデザインで終わりかなー」

 ヒルダは紙の束が入った箱を私の前へ持ってくる。一枚ずつ確認してみると、細かく繊細なタッチで花々が描かれていた。

「クローディオのイメージの花って何かある?」

「勿忘草……かなぁ」

「勿忘草?」

 聞き返されたので、こくりと頷いてみせる。
 意外と迷わずに決められた。

「『私を忘れないで』、か。二人っぽいかもね」

 一瞬にしてヒルダの笑顔が哀愁の漂うものへと変わった。
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