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第2章 対面

対面Ⅲ

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「男は良いよね。興味無いなら無いでしれっとしてれば良いんだから。女はそうはいかないもん。社交界は戦場だから」

「戦、場?」

「そう。戦場だよ。っと、話長くなりそうだね」

 ヒルダはサッと此方へ来ると、私の向かいの席に腰を下ろした。

「次期公爵って言うだけでも人目を引くのに。姉の私が言うのもなんだけど、クローディオったら童顔の癖にイケメンでしょ?」

「……童顔は余計だし」

「そこ、黙る」

 ヒルダはほんのりと頬を染めるクラウを指差し、端的に言い放つ。

「本人は気付いてないみたいだけど、貴族のご令嬢が取り入ろうとしてハイエナみたいに群がってくるの。うーん、ハイエナって言うよりも蝿、かなぁ」

「蝿……」

「うん、蝿。私が蠅叩きでバシバシ撃ち落としてたけどね」

 貴族のご令嬢方を蝿と言い切ってしまえるのが凄い。吐息を吐いて感心していると、ヒルダは「感心してる場合じゃないよ」と話を続ける。

「お母様は王女から公爵夫人になったから、反感は殆ど持たれなかった。でしょ?」

「そう、ね」

 キャサリンとヒルダは顔を見合わせ、頷き合う。

「私も公爵令嬢から侯爵夫人になったから、殆ど問題無し。でも、ミユ、貴女は違う」

 アイスブルーの瞳が僅かに鈍く光った気がした。

「異世界人なのは置いといて……外国の子爵令嬢がサファイアの公爵夫人になるなんて聞いた事無いもん。今までクローディオに向いてた愛情や関心が、ミユへの嫉妬、関心に変わる。それが八ヶ月後の婚約発表の日。そう高を括ってた方が良い」

 ゴクリと音を立てて生唾を飲み込む。

「このままエメラルドに逃げ帰るか、茨の道でもクローディオと愛を貫くか、選択肢はこの二つ。ミユ、どうする?」

「私は……」

 この世界に留まると決めた時、私の決意は固まっていた。意地でも差し出された手を繋ぎ止めてみせる。
 自分の意志を伝えるように、ヒルダを強く見詰め返した。

「絶対に逃げ帰りません。八ヶ月間……その後も意地でも頑張ります」

「……そう」

 私の言葉を聞くと、ヒルダは破顔一笑する。

「良かったぁ。私、実を言うと、貴女を見て安心したの。今まで見てきたご令嬢とは何処か違う。そう、傲慢さが無いんだもん。私、クローディオはお父様が選んだ高飛車なご令嬢と結婚するんだと思ってた。そんな女のプライドなんて、私がぶっ潰そうって決めてたくらいなんだから」

「ぶっ潰そうって……」

 溜め息を吐いて頭を抱えるクラウに、ヒルダは「あはは」と笑う。

「……良かったじゃん、クローディオ。良い人が見付かって。こんな素直な子、なかなか居ないよ?」

「分かってるよ」

 クラウは微笑み、私の右手をそっと握った。それを見て、ヒルダはパチンと手を合わせる。

「よし。ミユ、私が八ヶ月間、貴女にきっちり貴族のあれこれを叩き込んであげるから。覚悟しといてね」

「……はい」

 しっかりと頷いてみせる。
 ルーカスとキャサリンの笑い声が聞こえた気がした。

「ミユ。私たちの事はお父様、お母様、お姉様と呼びなさい。私たちも貴女の事は、使用人や他の貴族の前ではこれまで通りミエラと呼ぶから」

「はい」

 良かった。クラウの家族は私の事もきちんと家族として迎え入れてくれるらしい。
 微笑むルーカスに目を向け、ほっと胸を撫で下ろす。

「ミユ、貴女も疲れたでしょう? 別邸へは明日案内するから、今日はこの屋敷で休んで」

 キャサリンはスツールに置かれたゴールドの小さなベルを手に取ると、何度か振り鳴らした。間を置かず、先程の使用人たちが部屋の中へ静かに入ってきた。

「ルーナ」

「はい」

 名を呼ばれたらしいメイドが一歩前へ出る。

「ミエラ嬢を部屋へ連れて行ってあげて頂戴」

「かしこまりました」

 メイドは丁寧にお辞儀をすると、私の元へとやって来た。再びお辞儀をし、にこやかに微笑む。

「ミエラ嬢、行きましょう」

「……うん」

 歳は私と同じか、一、二個下だろう。赤褐色の長い髪は一つに纏められ、グリーングレーの瞳は若干猫目で一重だ。
 促されるままにソファーから立ち上がり、クラウと手を離す。

「後で部屋に行くから」

「うん」

 青と銀のオッドアイに見送られ、部屋を後にした。
 扉が閉まると、メイドは足を止めて私に向き直る。

「私はルーナと申します。お嬢様の専属メイド、兼、お嬢様のメイド長です。これからよろしくお願い致します」

「うん、お願いします」

 僅かに頭を下げようとすると、ルーナは慌ててそれを制止した。

「お嬢様、頭は下げないで下さい! お嬢様の仕草一つ一つがこれからの生活に影響してきますから。歩きながらお話しましょう」

 言って、私が歩き出すのを待ち、ルーナは私に歩調を合わせる。

「明日、お嬢様は別邸へ行かれますよね?」

「うん、お母様にそう言われた」

「私もお嬢様と一緒に別邸へ移ります。何かあった時は気兼ねなく私を頼って下さい。約束です。何かあった時は必ず、です」

「うん」

 繰り返された言葉に何か違和感を覚えたけれど、気にしない振りをして頷いた。

「これからお嬢様は色々な方に出会うでしょう。善意を持ってお嬢様に近付いてくる方ばかりでは無いでしょうから。家庭教師を含めて、ですよ。お気をつけ下さいね」

「うん」

 はっきり言って、まだ出会ってもいない人たちの事を考える余裕は今の私には無い。話は右から左へと流れて行った。
 どれくらい廊下を歩いただろう。誰かの案内が無ければ迷子になってしまうだろう。それくらい広い邸内を歩き、一つの扉の前でルーナは足を止めた。

「お疲れ様です」

 ぺこりとお辞儀をし、扉を開ける。
 おずおずと中へ入ると、ベッドやテーブル、椅子といった必要最低限の物しか置かれていない空間だった。広さは学校の教室三つ分、といったところだろうか。

「今は本当に家具が少ないですが、お嬢様がご婚約発表をされる頃までにはお嬢様の好みに合わせた調度品をご用意致しますので」

 部屋の中を見回した後、ルーナへと向き直った。ルーナは微笑み、又してもお辞儀をする。

「今日はゆっくりとお休み下さいませ」

 柔らかな声を残し、扉は静かに閉められた。
 今日は酷く疲れた。もう立っていられない。とにかく腰を落ち着けよう。
 ソファーへと向かい、ドサッと腰を下ろした。大袈裟に溜め息も吐いてみる。

「これから……どうなるんだろう……」

 頭を過ぎるのは漠然とした不安ばかりだ。
 ──もう今日は何も考えたくない。
 身体は意識をせずとも横に傾いていく。

「クラウ、ごめん。今日は……疲れちゃった……」

 制御を失った瞼は光を閉ざした。
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