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第10章 邂逅(中編)

邂逅(中編)Ⅱ

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 数歩前を歩くリエルは、傍に咲いた白色の花を撫でる。

「此処にテント建てちゃいますね」

 振り返ると、ロイが胸ポケットに手を入れているところだった。何かを取り出すと、それを地面に置く。

「皆さん、少し離れて下さい」

 言われた通りに後退ると、そこには緑色のテントが現れた。ロイが魔法で小さくしたテントを復元したのだろう。

「私とカイルは釣りに行ってきます。アリアとサラは?」

「食べられる野草を探してきます」

「では、魔導師の皆さんは、ばらけずにテントの近くで固まってて下さい」

 ロイが指示を出すと、使い魔たちは二手に分かれて離れていってしまった。
 仕方なく、残された私たちはテントの入り口に集まり、輪になって腰を下ろした。

「どーする?」

「昔話でもする?」

「どんなだ?」

「例えば、俺たちの過去、とか」

 リエルの提案に、ヴィクトは首を横に振る。

「魔導師になる前のか? 考えなくても駄目だろ」

「世界が終わるかもしれないんだ。話すくらい、許されるよ」

「あたしは嫌。折角、柵から解放されたのに」

「じゃあ、アイリスは聞くだけで良いよ」

 俯くアイリスに、リエルは明らかに不服そうな顔をする。

「やっぱ、やめよーぜ。こんな時にまで、空気悪くする事ねぇだろ」

 いつも空気を悪くしているのはアイリスなのに。口に出せば反論されるだけなので、一人で頬を膨らませてみる。
 その気持ちを知ってか知らずか、ヴィクトは肘でリエルを小突く。

「ちょっと肩慣らししねーか? いきなり戦いに巻き込まれたんじゃ、反撃出来るもんも出来ねぇしな。来い」

「ちょっ……ヴィクト!」

 立ち上がると、ヴィクトはリエルの腕を掴んで引き摺り始めた。

「ロイは散り散りになるなって言ってたじゃん!」

「ちょっとだけだ。構わねぇだろ」

「あぁ、もう」

 観念したのか、リエルも腰を上げ、二人で使い魔たちが行った方とは反対へと赴く。
 程なく、その方角から竜巻と水柱が混じったようなものが、天高く立ち上った。

「カノン」

 意外だった。アイリスに声を掛けられるとは。気まずい空気が流れるだけだと思っていたのに。

「何~?」

「ちょっと、話があるの。でも、ヴィクトとリエルには聞かれたくなくて……」

「あれじゃあ、聞こえないと思うんだけど……」

 二人の魔法は衰える事は無い。

「念の為、夜に二人で、ね?」

「う~ん……。しょうがないかぁ」

 出来ればアイリスとは二人きりになりたくはないけれど、必死に懇願するような瞳に免じて、今回だけは彼女に合わせよう。
 頷くと、アイリスはにこりと微笑んだ。

――――――――

 リエル、ヴィクト、使い魔たちが寝静まった深夜十一時に、懐中時計を枕元へと置いた。
 既にアイリスはテントを離れたようだ。私も約束の場所へそろそろ行かなくては。
 音を立てないように布団から出て、アリアとサラの枕元を通る。

「にゃむ……」

 サラが一人呟いた。
 もしかして、起こしてしまっただろうか。ドキドキしたものの、心配は杞憂に終わったようだ。サラは寝返りを打つと、すぅすぅと呼吸を繰り返す。
 良かったと口から出そうになるのを止め、静かにテントを出た。
 外の空気は新鮮だ。涼しい風が駆け抜け、私の髪を、マントを靡かせる。
 湖畔へ行けば、アイリスに会える筈だ。
 何を話す気なのだろう。訝りながら、草原を踏み締める。
 湖畔まで丁度半分、と言った頃だろうか。前方に、何やら黒いものを見付けたのだ。ピタッと足を止める。

「何? あれ……」

 野生動物でも出てきてしまっただろうか。それなら、驚かせないようにしなくては。
 それが視界から居なくなるまで、息を潜める――筈だった。
 目が光っている。それも赤色に。

「嘘……でしょ?」

 私一人では真面に戦えない。皆に知らせなくては。考えるよりも早く、身を翻す。
 影に背を向け、直走った。
 こんなの卑怯だ。深夜に奇襲だなんて。
 テントまであと少しだ。急げ、私。息も上がり始めた頃、僅か先に影の姿が――
 慌ててブレーキをかける。勢い余って前のめりになり、両手を地面に突いてしまった。
 駄目だ、足ではテントまで辿り着けない。ワープだ。
 テントの中を思い起こし、瞼を閉じる。
 それなのに。

「フッ……」

 ワープが使えない。理由も分からない。
 兎に角、影から逃げなくては。左手に広がる森へと方向転換した。もしかすると、木の幹の陰に体を隠せるかもしれない。咄嗟の判断だった。
 森に入ると、その木の幹が行手を阻む。このまま走っても、すぐに追いつかれる。一本の木に狙いを定め、幹に身体を隠した。呼吸が荒く、音で居場所がバレてしまうかもしれない。必死に息を殺す。

「隠れても無駄だ」

 何かが破裂し、足元を掬う。その衝撃で倒れ込んでしまった。左足に鈍い痛みが走る。

「痛っ……」

「ワタシから逃げ切れるとでも思ったか?」

 間近に影の顔がある。目は細められ、あるかも分からない口はニタリと笑っているように見えた。

「嫌……」

 怖い。この場で殺されるのだろうか。震える声を振り絞る事しか出来ない。

「此処で殺してしまっても良いが……もっと良い案がある」

 ゆっくりと首を振る。仲間に危機をもたらしたくはないのに。私にはそれを避ける術が無い。

「『呪い』なんてどうだ?」

 影は私の胸に向かって手を翳す。

「そんなの嫌……!」

「それで止めるとでも?」

 身体から一瞬にして血の気が引いていく。
 爆発的な衝撃を受け、背中から木の幹に激突した。そのまま崩れ落ちる。一瞬、呼吸が出来なくなった。

「胸に出来た痣は呪いの証だ。オマエたちがワタシを倒せば、オマエも死ぬ。必ずだ」

 意識を保つのもままならない。咳き込み、なんとか影の姿を捉える。

「二日後に、また此処で会おう」

 そこへ誰かが視界に入ってきた。赤色のハイヒールに白色のロングスカート――最後に見たのは、アイリスの歪んだ笑顔だった。
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