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第7章 水

水Ⅲ

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「カノン、俺――」

「綺麗だよね、空」

「えっ?」

「一日でこんなに色が変わるなんて、凄いよね~」

 もしかすると、人間よりも表情が豊かかもしれない。見ていて飽きない。
 ぼんやりとしていると、隣から小さな笑い声が聞こえた。
 思わずリエルの方を振り向いた。

「ん~?」

「いや、なんでもない」

 又してもリエルは笑う。
 そんなに笑うなら、何が面白のか理由を聞かせてくれても良いのに。僅かに頬を膨らませてみる。

「ごめんね」

「しょうがないなぁ~」

 リエルが困り顔になってしまったので、許す事にした。これでは何だか私が悪いみたいだ。
 風がさわさわと草原を、私たちを撫でて流れていく。
 リエルと喧嘩をする為に、此処に来たのではないのに。
 プレゼントを持つ両手に力を籠める。

「これ、プレゼント。誕生日おめでとう」

 勢い良く、プレゼントをリエルに押し付けた。
 私の頬も、リエルの頬もほんのりと紅潮する。

「ありがとう」

 返ってきた顔はにっこりと笑っていたので良しとしよう。
 リエルはリボンを解き、包みを開けていく。中から姿を現したのは、勿論、木製のオルゴールだ。
 側面に着いたねじを巻き、蓋を開くと可憐なワルツの音が鳴り始める。

「可愛い音でしょ?」

「うん、凄く可愛い」

「去年からこれにしようって決めてたんだよ~」

「そんなに前から?」

 驚かれると、段々恥ずかしくなってしまう。
 照れ隠しの為に笑いながら大きく頷いた。
 リエルは目を細め、嬉しそうに微笑む。

「手、繋いで良い?」

「えっ? う、うん」

 突然の発言に驚き、慌てて返事をしてしまった。もしかしたら、声が裏返っていたかもしれない。
 私の左手にリエルの手が触れる。心臓が喉から飛び出してしまいそうだ。
 そして、リンゴのように真っ赤に染まった顔のリエルを見て、この恋は片思いなのではなく、両片思いなのだな、と悟った。

――――――――

 今のオルゴールの曲名は、確かくるみ割り人形の花のワルツ――ううん、異世界の記憶なのだから、地球の曲である筈がない。首を振ろうとした瞬間、強烈な頭痛に襲われた。

「痛……い……!」

 頭を抱え、呻き声を上げる。誰かが私の身体を撫でてくれているけれど、返事をする事が出来ない。
 冷たいものも頭の上に乗せられる。それも気休めにすらならない。
 まさか、こんなに酷い頭痛に襲われるとは思ってもみなかった。涙が滲む。

「ミユ、これ飲んで」

 ぼんやりとフレアの声が耳に届く。
 何かを握らされたので、それをそのまま口に放り込んだ。甘い何かが口の中でほろほろと溶けていく。
 痛みのせいなのか、口に含んだもののせいなのか、再び瞼は光を閉ざした。

 次に目を覚ましたのは夜だった。日が変わっていたのか、そうではないのかは分からない。
 ずっと付き添っていてくれたのか、傍にはアレク、クラウ、フレアの姿があった。

「私……」

「頭痛はどう?」

「まだ、少し痛い」

 とは言え、先ほど経験したような痛みよりは大分ましだ。冷静に状況を確認出来る。

「さっき飲ませてくれたのは何?」

「鎮痛剤と睡眠薬だ」

 だからすぐに眠ってしまったのだ。頭痛が治まってきているのも鎮痛剤のお陰だろう。

「鎮痛剤はあんま身体に良くないからな。ホントに酷い時だけだ」

「うん。ありがとう」

 お礼を言った後で気付いた。過去を見て、頭痛で苦しんでいるのはこの人たちのせいなのではないかと。

「このままミユの調子が良くなれば、六日後にまた過去を見に――」

「私が行きたくないって言ったら……皆はどうする?」

 瞬間、三人の顔が一気に曇った。
 これ以上酷い頭痛なんて、私の身体が耐えられそうにない。もう十分だ。

「第一、この過去を見て何になるの? さっぱり分からない人の良く分からない過去なんて」

「過去を見なきゃ先に進めねーんだ」

「先って何? 進めないって何処に?」

 聞かれたくない事を問うたのか、三人は顔を見合わせる。

「もう限界だよ」

 クラウは俯き、小さく呟く。

「あたしもこれ以上、隠し事はしたくないよ」

 フレアまでもが私から目を逸らした。
 気まずい空気だけが流れる。

「あのな、ミユ」

 そう口にしたアレクでさえ、陰鬱そうな表情だ。
 小さく息を吐き出すと、後の言葉を続ける。

「オレらは最初からオマエを騙してた」

「えっ?」

「いや、コイツらは関係ねぇな。オレがオマエを騙してたんだ」

 騙された覚えなんてない。
 私が小首を傾げると、アレクはポリポリと頭を掻く。

「この過去を見終われば、オマエは完全に魔法を使えるようになる。たまに花がどっかから出てきてただろ? あれはオマエの魔法だ」

 頭の処理が追い付かない。ただただ口をぽかんと開け、三人を見詰めてみる。
 魔法を得るか得ないか、それを決めるために過去を見ていた筈なのに。三人は最初から、魔法を得る前提で私を連れ回していたのだ。
 問題の中心に居る私に黙ったままで。
 流石にこれは許せない。怒りがふつふつと湧いてくる。

「頼む、責めるならオレだけを責めてくれ」

「三人とも出てって」

「他にも話が――」

「良いから出てって!」

 もう何も信用出来ない。
 ベッドで伏せ、頭の上から布団を被った。

「行こう」

 クラウの小さな声が聞こえると、三人の遠ざかっていく足音が続いた。

「何で?」

 何故、そんなに私を頼るのだろう。放っておいてくれないのだろう。
 お願いだから、地球に返して欲しい。
 右目から涙が零れ落ちた。
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