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第5章 風

風Ⅱ

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“それよりも、過去を見たくて来たのではないか?”

「そうだけど……」

“では”

 小首を傾げる間も無かった。一瞬にして、耐え難い程の睡魔に襲われる。意思に反し、瞼は重く下がっていく。
 どうしてこんな事に。混乱しているうちに、目に映る景色は変わっていった。

――――――――

 自分がテーブルに伏せって眠ってしまった事に気付き、はっと顔を上げた。
 斜め向かいの席には、黄色の瞳で、短髪の薄茶の髪の人物が座っていた。その人――ヴィクトはニッと笑い、私を見る。

「良く眠れたか?」

「うん。この部屋、ポカポカだし~」

 眠気を誘う室温、背中から降り注ぐ日光、転寝をするには最高の環境だ。
 小さな欠伸をすると、右手で目を擦る。

「そんなに擦るな。目ぇ赤くなるぞ?」

「う~ん」

 取り敢えず擦るのを止め、目を瞬かせる。
 何故、ヴィクトと二人きりになったのだろう。頭を働かせ、考えてみる。
 そうだ、少し男性の意見を聞きたくて、ヴィクトを呼び出したのだった。
 呼び出した張本人が寝てしまうなんて。悪い事をしてしまった。

「ヴィクト、ごめんね」

「何がだ?」

「折角来てくれたのに、私、寝ちゃって」

「いや、いつもの事じゃねーか」

 私、そんなに寝てしまっているだろうか。
 首を捻って考えてみても、思い当たる事は無かった。

「む~……?」

「やっぱオマエ、おもしれーな」

 もしかして、馬鹿にされているのだろうか。
 ちょっぴり腹が立ってしまい、頬を膨らませてみる。

「そんなに脹れなくても良いじゃねーか」

「む~……」

 これでは怒っている私の方が馬鹿みたいだ。
 大袈裟に溜め息を吐くと、何とか自分の気持ちを切り替える。
 ヴィクトは声を出して笑い、腕を組んだ。

「んで、話ってなんだ?」

「あ、あの……」

 男の人が渡されて嬉しい誕生日プレゼントは何だろう。
 私の中で、小説かオルゴールかで迷いが生じていた。

「ヴィクトが貰って嬉しい誕生日プレゼントって何?」

「くれんのか? でも、オレのはもう終わってるしよー、オマエもプレゼントくれただろ?」

「そうじゃなくて~」

「あ?」

 何故、こんなにも分かってくれないのだろう。もうすぐ誕生日なのは、あの人だというのに。

「リエルか?」

 心の中で散々文句を言っていたのに、当てられると心臓がとくんと跳ねた。
 頬が熱を持ち始める。

「オマエ、分かりやすいな」

「む~……」

 ヴィクトだって、アイリスの前では顔が赤いし、若干声が上ずるし、表情だってコロコロと変わる。
 私の事は言えないと思う。

「それで、ヴィクトが貰って嬉しい物って何~?」

「オレか? そーだな、花一本貰えりゃそれで良い」

「それだけ?」

「あぁ、好きなヤツからならな」

 何だか、聞いた意味が無いかもしれない。カイルに聞いた方が良かっただろうか。

「アイツもそーだと思うけどな」

「私の事、好きかどうかも分からないもん」

「そーか?」

 リエルはアイリスにも優しいから、あまり自信が無い。
 笑みを浮かべたまま私を見るヴィクトに、小さく首を横に振った。

「どうしよう~。本か、オルゴールか……」

「もう本にしちまえよ。来年はオルゴール渡せば良いんじゃねーか?」

「う~ん……」

 このまま悩んでいても仕方が無いのは分かっている。
 ヴィクトに促されるまま、小説に決めてしまおう。

「ヴィクト、ありがとう」

「決まったのか?」

「うん」

 微笑んでみせると、ヴィクトの大きな右手がこちらに伸びてくる。そのまま私の頭を撫で回す。

「もう、止めてよ~」

「良ーじゃねーか」

 ヴィクトにとって、私は妹みたいな存在なのかもしれないけれど、これでは妹を通り越して子供のような扱いだ。
 ヴィクトたちと出会ってから、もう三年が経つ。このまま私の位置づけは変わらないのだろうか。
 一向に私の頭を撫で回すヴィクトの腕を、両手でしっかりと掴んだ。
 とその時、扉の蝶番が軋む音が響いたのだ。

「……アイリス?」

 肩まで靡く黒髪を持つ人なんて、アイリスしか居ない。
 直ぐに扉は閉まってしまい、甲高いヒールの音は遠ざかっていく。

「ヴィクト、アイリスが勘違いしちゃうかもしれないから、行って!」

「あ、あぁ。済まねぇな」

 ヴィクトは自身の頭を軽く搔き、足早に会議室から去っていった。
 この頃から、アイリスとの仲は不穏になっていったと思う。

――――――――

 目を開けると、真っ白な天井が視界に入った。
 少しだけ頭が痛い。

「あれ……?」

 黄色の花畑に居た筈なのに。何故、ベッドの中に居るのだろう。
 掛け布団を両手で握り、記憶を辿る。

「ミユ、混乱してない?」

 フレアの優しい声が聞こえる。

「う~ん……」

 フレアの顔も、アレクの顔も見るのが怖くなってしまい、布団を頭からすっぽりと被った。
 確かにヴィクトの顔はアレクに似ていた。似ていたというより、瓜二つだ。
 ううん、もしかすると、私の思い込みがそう言う夢を見せたのかもしれない。それならばアレクに失礼だ。
 ただの好奇心で見た過去なのに。私、何をしているのだろう。
 と、此処で疑問が生じた。

「今見たものが、過去?」

 影と呼ばれるものは一切出てこなかったし、戦いに繋がる事も起きていない。
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