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第6話 計画失敗
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結論から述べると、リディアの素晴らしいひらめきはノアの渋面が物語った通り、失敗に終わった。
翌週、晴れ渡った空の下で行われた模擬戦で、リディアはジークを完膚なきまでに叩きのめした。開始の合図と共に魔術で作り出した氷の槍を、彼の喉元に突きつけたのだ。それだけで、勝敗は決していた。
魔術の発動までの時間は魔術師の力量を測る一つの基準となる。ジークが魔術を使う前にリディアが発動できた。その事実は、ジークが魔術師としてリディアに劣っているということの証明だ。
リディアの成績が平凡なのは、ジークの機嫌を損ねないための処世術。実技も座学も、ジークよりいい成績を取ったら嫌味を言われるとわかっていたから。卒業後は王家に嫁ぐことが決まっているリディアにとって成績は二の次で、ジークに嫌われないことの方が重要だった。だからいつも手を抜いていたのだけれど。
婚約の解消を決意したのだから、もうジークと良好な関係を築く努力は必要ない。
多くの観衆がいる前で、リディアは婚約者に敗れて唖然としているジークに言ってやった。
「婚約者が己より優秀では、ジーク様の立つ瀬がありませんもの。無能なジーク様がお可哀想でこれまで手を抜いて差しあげていたのですが、気づきませんでしたか?」
事前に考えてきた台詞は我ながら完璧だったと思う。ノアに協力してもらった甲斐あって、嫌味の切れ味は抜群。これならジークも怒り狂って婚約破棄を突きつけてくるわ、とリディアは確信していたのだが。
その日の放課後、廊下でリディアを呼び止めたジークが放ったのは――。
「いいか。婚約者を立てるのが貴族の女の常識だ。あんな真似、二度とするんじゃない」
決別の言葉ではなかった。
「……それだけですか?」
予想に反して、ジークの対応は穏便だった。リディアの戸惑いにジークは不審な顔をしたが、すぐに合点がいったように続けた。
「……ああ、僕に恥をかかせた自覚があるのか。謝罪なら聞き入れてやる」
おかしい。彼の自尊心をこれ以上ないくらいポッキリとへし折ったのに。どうしてジークは別れを告げてこないのだろう。
混乱したリディアは最終的に、
「申し訳、ございませんでした……?」
長年のジークへの処世術を発動させてしまって、気づいた時には謝罪が唇からこぼれ落ちていた。
謝罪を聞いたジークは、よしよし、と満足そうな顔で去って行ったのだった。
◆◆◆◇◆◇◆◆◆
「わたしに腹を立てているのは間違いないのに、ジーク様はどうして婚約の解消を言い出してくれないの!?」
中庭でノアと落ち合ったリディアは、ベンチに腰を下ろして頭を抱えた。ノアに計画成功を伝えるはずだったのに、こんな展開は予想外だ。
公の場で辱めて生意気な態度を取れば、ジークなら癇癪を起こすと思っていた。彼は後先考えない人だから、怒りのまま衝動的に婚約破棄を言い出すと踏んでいたのに。なぜ今回に限っては理性的なのだろう。計画が頓挫して、リディアは途方に暮れてしまった。
「侯爵家に非がない形で婚約を解消するには、ジーク様から申し出てもらうのが一番なのに……っ!」
数々の浮気だけでは、婚約解消までは難しいだろう。ジークの性格を利用して、癇癪を起こしてもらうのがベストなのに。
四年前まで女王として王国を統治していたダイアナ・ルディナヴェール・ウィスタリアは次男を溺愛している。ジークが婚約破棄を願い出れば、息子の願いを聞き届けるはず。国王を説得し、リディアの代わりとなる優れた血筋の令嬢を見つけてくるだろう。
ジークがその気になってくれさえすれば、この婚約は解消できるのだ。どうすれば彼をその気にさせることができるのか。思い浮かばなくて、リディアは困ってしまう。
「……本気で婚約解消したいのか? ずっと我慢し続けてきたのに」
隣に座ったノアが意外そうに言う。彼はリディアの決意を本気だとは捉えていなかったらしい。
「だって、もしまたジーク様がノアの名誉を貶めるような行為に走ったら、わたし、怒りのままにジーク様を氷漬けにしてしまうわ」
「あー……」
リディアの瞳があまりにも据わっていたのか、ノアが珍しく困った顔をする。
ジークの婚約者となってから四年と少し。彼がノアを貶めようとしたのは初めてだ。次また同じようなことが起こったら、リディアは怒り狂う自信がある。
才能を努力で磨き、賞賛を浴びているリディアの幼馴染。ノアの輝かしい経歴がジークの癇癪で汚されるなど、あってはならないことだった。
「わたしがジーク様を害してしまう前に、なんとか婚約を解消しないと」
「…………」
考え込むリディアの隣で、ノアが浅くため息を吐いた。
翌週、晴れ渡った空の下で行われた模擬戦で、リディアはジークを完膚なきまでに叩きのめした。開始の合図と共に魔術で作り出した氷の槍を、彼の喉元に突きつけたのだ。それだけで、勝敗は決していた。
魔術の発動までの時間は魔術師の力量を測る一つの基準となる。ジークが魔術を使う前にリディアが発動できた。その事実は、ジークが魔術師としてリディアに劣っているということの証明だ。
リディアの成績が平凡なのは、ジークの機嫌を損ねないための処世術。実技も座学も、ジークよりいい成績を取ったら嫌味を言われるとわかっていたから。卒業後は王家に嫁ぐことが決まっているリディアにとって成績は二の次で、ジークに嫌われないことの方が重要だった。だからいつも手を抜いていたのだけれど。
婚約の解消を決意したのだから、もうジークと良好な関係を築く努力は必要ない。
多くの観衆がいる前で、リディアは婚約者に敗れて唖然としているジークに言ってやった。
「婚約者が己より優秀では、ジーク様の立つ瀬がありませんもの。無能なジーク様がお可哀想でこれまで手を抜いて差しあげていたのですが、気づきませんでしたか?」
事前に考えてきた台詞は我ながら完璧だったと思う。ノアに協力してもらった甲斐あって、嫌味の切れ味は抜群。これならジークも怒り狂って婚約破棄を突きつけてくるわ、とリディアは確信していたのだが。
その日の放課後、廊下でリディアを呼び止めたジークが放ったのは――。
「いいか。婚約者を立てるのが貴族の女の常識だ。あんな真似、二度とするんじゃない」
決別の言葉ではなかった。
「……それだけですか?」
予想に反して、ジークの対応は穏便だった。リディアの戸惑いにジークは不審な顔をしたが、すぐに合点がいったように続けた。
「……ああ、僕に恥をかかせた自覚があるのか。謝罪なら聞き入れてやる」
おかしい。彼の自尊心をこれ以上ないくらいポッキリとへし折ったのに。どうしてジークは別れを告げてこないのだろう。
混乱したリディアは最終的に、
「申し訳、ございませんでした……?」
長年のジークへの処世術を発動させてしまって、気づいた時には謝罪が唇からこぼれ落ちていた。
謝罪を聞いたジークは、よしよし、と満足そうな顔で去って行ったのだった。
◆◆◆◇◆◇◆◆◆
「わたしに腹を立てているのは間違いないのに、ジーク様はどうして婚約の解消を言い出してくれないの!?」
中庭でノアと落ち合ったリディアは、ベンチに腰を下ろして頭を抱えた。ノアに計画成功を伝えるはずだったのに、こんな展開は予想外だ。
公の場で辱めて生意気な態度を取れば、ジークなら癇癪を起こすと思っていた。彼は後先考えない人だから、怒りのまま衝動的に婚約破棄を言い出すと踏んでいたのに。なぜ今回に限っては理性的なのだろう。計画が頓挫して、リディアは途方に暮れてしまった。
「侯爵家に非がない形で婚約を解消するには、ジーク様から申し出てもらうのが一番なのに……っ!」
数々の浮気だけでは、婚約解消までは難しいだろう。ジークの性格を利用して、癇癪を起こしてもらうのがベストなのに。
四年前まで女王として王国を統治していたダイアナ・ルディナヴェール・ウィスタリアは次男を溺愛している。ジークが婚約破棄を願い出れば、息子の願いを聞き届けるはず。国王を説得し、リディアの代わりとなる優れた血筋の令嬢を見つけてくるだろう。
ジークがその気になってくれさえすれば、この婚約は解消できるのだ。どうすれば彼をその気にさせることができるのか。思い浮かばなくて、リディアは困ってしまう。
「……本気で婚約解消したいのか? ずっと我慢し続けてきたのに」
隣に座ったノアが意外そうに言う。彼はリディアの決意を本気だとは捉えていなかったらしい。
「だって、もしまたジーク様がノアの名誉を貶めるような行為に走ったら、わたし、怒りのままにジーク様を氷漬けにしてしまうわ」
「あー……」
リディアの瞳があまりにも据わっていたのか、ノアが珍しく困った顔をする。
ジークの婚約者となってから四年と少し。彼がノアを貶めようとしたのは初めてだ。次また同じようなことが起こったら、リディアは怒り狂う自信がある。
才能を努力で磨き、賞賛を浴びているリディアの幼馴染。ノアの輝かしい経歴がジークの癇癪で汚されるなど、あってはならないことだった。
「わたしがジーク様を害してしまう前に、なんとか婚約を解消しないと」
「…………」
考え込むリディアの隣で、ノアが浅くため息を吐いた。
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