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第二章
10 姪っ子
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その頃、亜佐美は姪の茜のことで悩んでいた。
昨日はお気に入りのピンクのランドセルを汚して帰ってきた。
白いハイソックスと靴も少し汚れていた。
自分で気に入って使ってるものを汚すような子ではないはずだ。
その茜は今はお風呂に入っている。宿題も終わったと言っていたからお風呂から上がったらおやすみなさいを言いにくるはずだ。
茜が何も言いださないならもう少し様子をみたほうがいいかもしれないと亜佐美は思う。
あまり神経質な保護者は小さな子どものためにはならないだろう。
ちょっと早いけれどとビールを取り出した。
そこにお風呂上りの茜がやってきて牛乳を飲みたいと言ったので、あーちゃんと一緒に乾杯しようとグラスを取り出した。
小さい頃から茜は亜佐美のことをあーちゃんと呼ぶ。
お風呂上りの牛乳はこうやって飲むのよと、仁王立ちになって左手を腰にあて、ビールグラスを一気に飲み干してみせた。
「あーちゃん、それ牛乳じゃないから。もうやめてよね、いい年頃の女がそんな品のないこと!」と茜は彼女の祖母とそっくりの口調を真似て笑わせてくれる。
「でもそんなあーちゃんに合わせてあげる」そう笑って同じポーズで牛乳を一気に飲み干す茜。
「あ~か~ね~~~」と言って小さな身体を抱きしめてすりすりする亜佐美から、
「おやすみ、あーちゃん。私、眠い。もう寝るわ」と逃げようとする茜をさらに抱きしめて、
「私は茜の母であり叔母であり妹であり、そして親友だよね?」と茜に言ってみる。
茜は亜佐美の頭をなでながら「わたくし茜はあーちゃんの姉であり母であり姪であり子供であり、そして親友でしょ?」
「うんうん、よく言えました」と言うとようやく離してもらった茜が「おやすみ、あーちゃん。明日はお弁当なしだね」と言って部屋に戻った。
茜は小学2年生の可愛い可愛いひとりっきりの身内だ。
出戻った姉の子で5年ほど一緒に暮らしているが、亜佐美の両親が事故で亡くなっていろいろなことを姉と一緒に乗り越えたところに今度は姉が倒れた。
くも膜下出血で倒れてから数日で帰らぬ人となったのだ。
茜と引き離されないようにするためにはまた膨大な労力が必要だった。
亜佐美は短大を卒業するまで何も考えて生きてこなかったのだ。
就職活動も真剣にはなれず、一社も内定をもらえなかった。しかも就職に難色をしめしていた両親は両親は家事手伝いをすればいいと喜んだくらいだ。
そんな亜佐美がここ数年、葬儀や相続など急に悲しい出来事に向き合わなければならなかったのだ。
ようやく半年前に茜と落ち着いて暮らせる環境が整ったのに、今度は茜のいじめ問題である。
残りのビールを飲みながら部屋の中を見渡した。
アイランド型のキッチン、それに続くリビング。中庭に面したガラス窓の側には小さな丸いテーブルと2脚の椅子。ソファーには淡い色のファブリックをかけ、足元のラグはふかふかだ。リビング側は吹き抜けのように天井が高くなっている。リビングの床をキッチンより数段低く作り、天井板を取り省いたためリビングだけ開放的な空間になった。
亜佐美はキッチンとリビングの間に配した作業台ともいえる大き目のダイニングテーブルに座っていた。1年前にはなかった空間だ。
姉を失った直後は何も考えられなかった。やがて明日のことを考えられるようになったとき、居心地のよい空間を作りたいとなじみの工務店に相談して改装したのだ。
姉が倒れたとき茜は小学一年生になったばかりだった。ピンクのランドセルが欲しくて、姉に強請っていたのを昨日のように覚えてる。
ようやく買ってもらって入学式には姉と一緒にここから出かけたのだ。
茜の父親は、姉の元旦那は海外勤務と聞いている。連絡もとってない。
祖父母と母親が居ない茜を鍵っ子にはしたくなかった。
亜佐美とてお勤めをしたことがないのだから、パートに出るという選択は無理があると自分でもわかったいた。
亜佐美の父が営んで姉が引き継いだ駅前の不動産屋を廃業し、その場所を貸出した。他にもいくつかの賃貸物件を引き継いだので、今はその管理をしているだけだ。
事務作業をする部屋はキッチンの奥にあった。就職をする必要はないのだが、茜のためにも自分のためにも何かしらやってみたかった。
両親の残した古い家を改装しながら、茜が学校から帰ってくる時間には家に居たい、朝の仕事がよかった。家に居て午前中にできる仕事、そのことばかりを考えていた。
いざ改装が終わってみると思った以上に心地よく、ほとんどその部屋で過ごすことになっていた。
『改装終わりました♪』
庭の写真や空の写真にまじって時々料理の写真も更新しているブログに載せたら、いつも見てくれてるブログ仲間から『おめでとう~~!素敵ですね!!』というメッセージがたくさん届いた。
茜のために時々必要なお弁当も写真を撮ってUPした。
亜佐美自身高校生のときから時々自分のお弁当は作っていたけれど、インターネットで見かけるいまどきの子供用のお弁当を見てびっくりだ。
楽しげなお弁当がたくさんある。最近では参考にしながら茜のお弁当も彩りよく作れるようになった。
ひとつわかったことがある。
小さなお弁当はその分だけきっちりとおかずを作ることができない。
多めに作ってその一部をお弁当に詰めるということになる。
たとえば卵焼きは3個の卵を割りほぐして作るが、お弁当に入れるのはたったひときれだ。卵1個用のフライパンもあって買ってみたが、1個分で作ってその4等分した一切れを入れるくらいだ。
朝と昼と同じおかずを食べるのは茜が嫌がるし、もちろん亜佐美も自分用にお弁当に詰めたりとっておいてお昼に食べたりするのだが、それよりも何かに活用できないか考えていた。
そして思いついたのが、『お弁当作ります』という貼り紙だ。
個人宅のキッチンということと、自分が作れる量ということで、4~6人分くらいが最適かなと亜佐美は考えた。もとよりこの少ない数で儲けるつもりもお弁当屋として手広くやっていくつもりもない。作ったものが無駄にならず1ヶ月の食費分くらいになれば充分だ。
茜と自分の分で2人分、ということはお客様は4人がマックスだなと決まった。
早速茜にも話した。そして二人で文面を考えて亜佐美が手書きの貼り紙をしたのだ。
昨日はお気に入りのピンクのランドセルを汚して帰ってきた。
白いハイソックスと靴も少し汚れていた。
自分で気に入って使ってるものを汚すような子ではないはずだ。
その茜は今はお風呂に入っている。宿題も終わったと言っていたからお風呂から上がったらおやすみなさいを言いにくるはずだ。
茜が何も言いださないならもう少し様子をみたほうがいいかもしれないと亜佐美は思う。
あまり神経質な保護者は小さな子どものためにはならないだろう。
ちょっと早いけれどとビールを取り出した。
そこにお風呂上りの茜がやってきて牛乳を飲みたいと言ったので、あーちゃんと一緒に乾杯しようとグラスを取り出した。
小さい頃から茜は亜佐美のことをあーちゃんと呼ぶ。
お風呂上りの牛乳はこうやって飲むのよと、仁王立ちになって左手を腰にあて、ビールグラスを一気に飲み干してみせた。
「あーちゃん、それ牛乳じゃないから。もうやめてよね、いい年頃の女がそんな品のないこと!」と茜は彼女の祖母とそっくりの口調を真似て笑わせてくれる。
「でもそんなあーちゃんに合わせてあげる」そう笑って同じポーズで牛乳を一気に飲み干す茜。
「あ~か~ね~~~」と言って小さな身体を抱きしめてすりすりする亜佐美から、
「おやすみ、あーちゃん。私、眠い。もう寝るわ」と逃げようとする茜をさらに抱きしめて、
「私は茜の母であり叔母であり妹であり、そして親友だよね?」と茜に言ってみる。
茜は亜佐美の頭をなでながら「わたくし茜はあーちゃんの姉であり母であり姪であり子供であり、そして親友でしょ?」
「うんうん、よく言えました」と言うとようやく離してもらった茜が「おやすみ、あーちゃん。明日はお弁当なしだね」と言って部屋に戻った。
茜は小学2年生の可愛い可愛いひとりっきりの身内だ。
出戻った姉の子で5年ほど一緒に暮らしているが、亜佐美の両親が事故で亡くなっていろいろなことを姉と一緒に乗り越えたところに今度は姉が倒れた。
くも膜下出血で倒れてから数日で帰らぬ人となったのだ。
茜と引き離されないようにするためにはまた膨大な労力が必要だった。
亜佐美は短大を卒業するまで何も考えて生きてこなかったのだ。
就職活動も真剣にはなれず、一社も内定をもらえなかった。しかも就職に難色をしめしていた両親は両親は家事手伝いをすればいいと喜んだくらいだ。
そんな亜佐美がここ数年、葬儀や相続など急に悲しい出来事に向き合わなければならなかったのだ。
ようやく半年前に茜と落ち着いて暮らせる環境が整ったのに、今度は茜のいじめ問題である。
残りのビールを飲みながら部屋の中を見渡した。
アイランド型のキッチン、それに続くリビング。中庭に面したガラス窓の側には小さな丸いテーブルと2脚の椅子。ソファーには淡い色のファブリックをかけ、足元のラグはふかふかだ。リビング側は吹き抜けのように天井が高くなっている。リビングの床をキッチンより数段低く作り、天井板を取り省いたためリビングだけ開放的な空間になった。
亜佐美はキッチンとリビングの間に配した作業台ともいえる大き目のダイニングテーブルに座っていた。1年前にはなかった空間だ。
姉を失った直後は何も考えられなかった。やがて明日のことを考えられるようになったとき、居心地のよい空間を作りたいとなじみの工務店に相談して改装したのだ。
姉が倒れたとき茜は小学一年生になったばかりだった。ピンクのランドセルが欲しくて、姉に強請っていたのを昨日のように覚えてる。
ようやく買ってもらって入学式には姉と一緒にここから出かけたのだ。
茜の父親は、姉の元旦那は海外勤務と聞いている。連絡もとってない。
祖父母と母親が居ない茜を鍵っ子にはしたくなかった。
亜佐美とてお勤めをしたことがないのだから、パートに出るという選択は無理があると自分でもわかったいた。
亜佐美の父が営んで姉が引き継いだ駅前の不動産屋を廃業し、その場所を貸出した。他にもいくつかの賃貸物件を引き継いだので、今はその管理をしているだけだ。
事務作業をする部屋はキッチンの奥にあった。就職をする必要はないのだが、茜のためにも自分のためにも何かしらやってみたかった。
両親の残した古い家を改装しながら、茜が学校から帰ってくる時間には家に居たい、朝の仕事がよかった。家に居て午前中にできる仕事、そのことばかりを考えていた。
いざ改装が終わってみると思った以上に心地よく、ほとんどその部屋で過ごすことになっていた。
『改装終わりました♪』
庭の写真や空の写真にまじって時々料理の写真も更新しているブログに載せたら、いつも見てくれてるブログ仲間から『おめでとう~~!素敵ですね!!』というメッセージがたくさん届いた。
茜のために時々必要なお弁当も写真を撮ってUPした。
亜佐美自身高校生のときから時々自分のお弁当は作っていたけれど、インターネットで見かけるいまどきの子供用のお弁当を見てびっくりだ。
楽しげなお弁当がたくさんある。最近では参考にしながら茜のお弁当も彩りよく作れるようになった。
ひとつわかったことがある。
小さなお弁当はその分だけきっちりとおかずを作ることができない。
多めに作ってその一部をお弁当に詰めるということになる。
たとえば卵焼きは3個の卵を割りほぐして作るが、お弁当に入れるのはたったひときれだ。卵1個用のフライパンもあって買ってみたが、1個分で作ってその4等分した一切れを入れるくらいだ。
朝と昼と同じおかずを食べるのは茜が嫌がるし、もちろん亜佐美も自分用にお弁当に詰めたりとっておいてお昼に食べたりするのだが、それよりも何かに活用できないか考えていた。
そして思いついたのが、『お弁当作ります』という貼り紙だ。
個人宅のキッチンということと、自分が作れる量ということで、4~6人分くらいが最適かなと亜佐美は考えた。もとよりこの少ない数で儲けるつもりもお弁当屋として手広くやっていくつもりもない。作ったものが無駄にならず1ヶ月の食費分くらいになれば充分だ。
茜と自分の分で2人分、ということはお客様は4人がマックスだなと決まった。
早速茜にも話した。そして二人で文面を考えて亜佐美が手書きの貼り紙をしたのだ。
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