宮廷画家は悪役令嬢

鉛野謐木

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悪役令嬢幼女編

悪役令嬢は推しを描く

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「ご、ご機嫌麗しゅうヴォルグ様」


なんとなく気恥ずかしいような気まずいような沈黙が訪れる。
ヴォルグ様は剣の稽古をしていたようでその手には木剣が握られていた。


「せっかくだしお前が案内したらどうだ?」


リエン様はニヤニヤしながら肘でヴォルグ様を小突いた。意外といたずら好きなのかもしれない。


「というわけなんだけどもエル、僕が案内してもいいかな」


え、待って。どうしてそうなった。確かにさっきリエン様がヴォルグ様にせっかくだしお前が案内したらどうだとは言っていたけど。
言っていたけど案内されるのは私ですか。聞いていませんよリエン様。いや、聞いていたけども。

そういうわけで私は今ヴォルグ様にエスコートされている。


「あの、ヴォルグ様。お稽古の途中でしたら私に構わず続けられても構いませんよ?」


「いや、別に、大丈夫」


ヴォルグ様はなんだかそわそわしていて私が顔を見ようとすると目を逸らす。
リエン様はヴォルグ様を剣バカと言っていたし、もしかしたらリエン様に私のエスコートを頼まれて断れず、私のせいで稽古を中断させられて不機嫌なのかもしれない。


「ヴォルグ様のお稽古を中断させてしまったのでしょう?私のことはどうかお気になさらず」


「でも」


「私、剣に興味があるのです。よろしければお稽古を見せていただいても?」


ずっと逸らされていた目が急にガバッとこちらを向く。
その目は驚きで見開かれていた。


「え、それなら」


ヴォルグ様は心なしか嬉しそうで、はにかんんでいるように見える。ヴォルグ様はやはり剣が好きなんだなぁと再確認させられた。


「どこでお稽古されるのですか?」


「剣さえあればどこでもできるけど」


それはいいことを聞いたぞ。それならば私が背景を選んでも構わないということだ。
イズフェス邸の庭園には色とりどりの薔薇が咲き乱れている。
その中でもヴォルグ様によく似合うのは真っ赤な薔薇だ。


「そうでしたらあちらの、赤い薔薇のところがいいです」


ヴォルグ様は短い距離だというのに再び赤い薔薇が咲いているところまでエスコートしてくれた。将来有望な紳士である。


「ここのあたりでいいかな」


そう言うとヴォルグ様は剣を構え、素振りを始めた。縦振りだけでなく、斜めや横振りもある。
いや、これはただの素振りではない。おそらくこれはシャドートレーニングだ。ところどころでバックステップを踏み、敵の攻撃から身を躱している。
今は敵と戦っているわけではないのだが、まるで本当に誰かと戦っているように見える。
ヴォルグ様が剣を振りかざす姿はとても絵になる。
背景の薔薇が相まって小説のワンシーンのようだ。
私はスケッチブックを開くとエスキースを始めた。
帰ったら再び記憶を頼りにヴォルグ様を描くためだ。
エスキースの段階でどこに影を設定するかだとか色味でどこを一番暗くするかだとかを決めておくと実際に描くときに楽だ。
今回のモチーフは赤い薔薇をバックに黒を基調とした服装の黒髪に赤い瞳のヴォルグ様だ。
薔薇はとても深い赤でモノクロームにするとヴォルグ様の髪の黒と張り合えるくらいの暗さになる。
しかし、今回の主役はあくまでヴォルグ様なので薔薇は少し明るめにさせてもらう。
真面目なデッサンというわけでもないから少し絵作りしよう。
ヴォルグ様が剣をなぎ払ったときに薔薇の花びらが舞っていたら素敵だ。
私ヴォルグ様が剣をなぎ払ったときのポーズのエスキースに剣の軌道にそって花びらを描き足した。
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