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オーディションで出会った敵

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「あんた、気づいてる?」
「なにをだ?」
「パルフェのルミアって、カラヴィッチ菓子じゃなくて魔法王国菓子なの。だから、同じ所に入ってたら本来はおかしいの」
 ルミアというのは、日本で言うところの求肥に似たお菓子である。パルフェは言うまでもなく、パフェに似ている。魔王はきょとんとなっている。
「だからなんだっていうのだ」
「パルフェは、カラヴィッチ菓子でしょ。ぜんぶカラヴィッチ菓子じゃなきゃ、おかしいでしょう?」
「わたしはどちらも食べたいが?」
 喫茶店で、魔王とキアーラ、そしてメレリルが、パルフェについて論じ合っていた。
「わたしの国は、資源がないのだ。あれこれ細かく区別するのは、ぜいたくだと思う」
 真顔で、魔王。ふーん、と王女はほおづえをついて見せた。
「資源がないから、仕方なく芸能界入りするのですよね」
 メレリルが、フォローを入れてくれる。大きく肯く魔王。
「それで、ここのパルフェを食べたがったのね?」
 王女は、声を低めた。
「こう言っちゃなんだけど、そんなにあなたがルミア好きなら、なにもフルーツパルフェを頼むことないの。魔法王国菓子専門店なら、この首都アウラにもあるんだからね」
「わたしは、ここのパルフェのルミアが好きなのだ!」
 断固として、魔王は言った。
「一度、それを鎌田さんに言ってみたら? ウケるから」
 もう、お手上げという態度の王女さま。
「では、今日のスケジュールを申し上げます」
 メレリルは、スーツのポケットからすらりとシステム手帳を取り出した。鎌田スカウトマンから、スケジュールについて任されているので、隙あらば仕事をさせようと試みている。
 内心でどう思っているのかは、不明だ。
 だが、賭けてもいい。
 ぜったい、おもしろがってる。
 その証拠に、サソリのしっぽが、楽しそうにゆらゆらしている。
「今日の午前九時、あと二十分でドラマの撮影が始まります。ドラマの題名は、『関谷海峡 殺人事件~殺意の温泉避暑地』というものです。ストーリーは、関谷(せきや)海峡にある天馬の楽園で、テロリストによる殺人事件が勃発。主役の魔王さまが、なんとか犯人をつかまえるものの、犯人の兄であるゴードンが弟の命乞いをし、二人の間に恋が芽生える。しかし犯人は卑劣にも、自分の弟を邪魔に思って殺し、魔王も殺そうとする。魔王は、歌で対抗し、テロリストを海峡から自殺に追い込む、というものです」
「はー。ちょっと無理のある話なんじゃないの?」
 王女は、鼻にしわを寄せている。
「歌か? 歌を歌うのか?」
 魔王の方は、別なところで引っかかっている。
「ダメなの?」
 キアーラは、首をかしげる。
「役者をころしかねん」
 これでも魔王は、心配しているのである。
「いいじゃん、どうせ役の上だし。耳栓もあるんだし」
 本気にしていない王女。
「それはそうだが……」
 釈然としていない魔王であった。
  二十分後、ドラマの撮影が始まった。
 二時間ものであったが、セリフを暗記して演技をするのは、なかなか大変だった。
 カメラに合わせて瞳孔を開いたり閉じたり、
「ゴードンさんを、もっと熱烈に見つめて! そう、追いかける視線で!」
 という指摘を受けたりした。
 特にむずかしかったのは、犯人の兄役ゴードンに対して恋が芽生えるシーン。
 ゴードンの、傲慢な鼻を見あげながら、
「あなたのことが、心配なの」
 なんて潤んだ瞳で言わなければならない。
  唇をわななかせ、頬をぬらし、カメラをしかと見据えて。
 本心ではないことを言うなんて、初めての経験。
 つらいなんでもんじゃない。
 照明で痛くなった目に目薬をさしていると、ゴードンがこちらに歩いてくるのが見えた。顔が引きつっていて、あまり機嫌はよくなさそうだ。
「おまえ!」
 ゴードンは、いきなり魔王を指さして、どなりつけた。
「魔法王国の魔王だろう!」

  その場にいた全員が、しぃんと静まり返った。
 魔王の心臓は、スキップビートではじけんばかりになった。
 正体が、バレたら、周囲がどう反応するか。
 カラヴィッチ国では、魔法はあまり歓迎されていない。
 戦争で、たくさんの人を殺した魔王は、特に恨まれている。
 魔法王国の魔王。
 それは、忌むべき邪神の名前。
「きさまは、魔法王国の魔王だ!
 というセリフを、このドラマのどこかにいれたいのだ! かまわんか」
 ゴードンは、続けた。
 魔王は、ほっとしたあまり、足がスライムになったかと思った。  
 「か、かまわぬが、それはテロリストに宣戦布告するという場面で使うのか?」
 魔王は、かろうじて反応して見せた。
「それ、いいね!」
 監督は、台本を持った手を振り回しながら、笑顔を見せていった。
「さっそくそのシーン、いってみようか!」
 カメラ回して! と怒号が飛ぶ。
「さすが貴族さまの血を引くだけあって、いいセンスしてる。でもそれくらい、うちの魔王だって気がついてるよ」
 嫌みを言うのがキアーラ王女である。
「いやーん。もしかしてあなた、ゴードンのことが好きなの?」
 そばで見学している女優の大西は、ぽいと投げ出すように、
「ゴードンは、槍の試合で負けたことがないわ。ちょーカッコイイのよ」
「かんけーないわよあんなの」
 キアーラ王女は、ぷくっとふくれっ面をして見せた。
「こらこら、外野がうるさいぞ。本番中なんだから、雑音を入れんでくれないかな」
 監督は、ハエでも追っ払うような仕草だ。
 魔王は、ゴードンの瞳をじっと見つめた。ここからが、恋愛のシーンだ。一番難しいところである。思い入れたっぷりに、そして抑えた演技でいかねばならない。おおげさすぎると、興ざめになるし、抑えすぎると何をやってるのか判らない。
「ぼくの、どこが好きなんだ」
 ゴードンのセリフは、どこかつっけんどんである。そこがまた、いい味出していたので、監督は嬉しそうだ。
「わたしは、一人ではやっていけないの」
 魔王は、きわめて淡々と、
「わたしだけじゃない。ひとはだれでも、一人じゃやっていけないと思う。そして、それに気づかせてくれたのがあなただったの」
「はいカット!」
 監督が号令を掛ける。一気に緊張がほぐれる。ざわざわと、雑談がはじまる。
「ふん、少しはできるじゃないか」
 ゴードンは、当てこするような口調で言った。
「あなたほどじゃない」
 魔王は、不快感を隠しながら、鷹揚に言った。ゴードンは、きまじめな顔になった。
「たかが三流ドラマだと思ってるのであろう」
 嘆くような口調だった。
「この頃の流行なのである。テロリストに恋愛、温泉にグルメ。なんでもつっこみゃ、視聴率が取れると思ってるのだ局の連中は」
 案外、まじめな口調だった。思わず魔王は、まじまじとゴードンを見つめてしまった。
 「でもとても一流の仕事とは言えないわね。朝ドラはどうなったのよ」
 キアーラが、文句をつけると、ゴードンは腹立だしげに、
「吾輩も、あのオーディションが朝ドラの審査だと思っておったが、どうやら手違いがあったらしい。下積みから経験しろということなのであろう」
「わたしは構わん。どうせ三週間しかいない」
   魔王は、悠然と構えてみせる。ゴードンは、にこりともせずに、
「そりゃよかった。ライバルは一人でも少ない方がよい」
 カツカツカツと立ち去っていく背後に、魔王はサルのマネをしてみせた。舌をつきだし、目をぐるぐるさせる。女優の大西は、ぷっと吹き出してしまい、キアーラがその口を慌てて押さえつけた。
 ゴードンは、振り返った。魔王の舌が宙で静止している。
「ルミア専門店なら、中央区の南端にあったから見ておくがよい」
 魔王は、舌を引っ込めた。「なんでルミアが好きだとわかる」
「吾輩も、あの喫茶店に入っておったのだ! あんな大声で騒ぐものではないぞ。一般市民に迷惑であろうが、キアーラ王女」
 ギクッとした王女に、とどめの一言。
「ちなみに吾輩は、パルフェのクリームが好きだ」
 勝手に言ってろ!  魔王はまた思いっきり、舌をつきだした。
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