22 / 26
九、炎上
炎上1
しおりを挟む
夏休みが終わる前日にお泊り修業から帰ってきて、音楽を聴いたとき、ある変化があった。その曲はお母さんにとっては思い出がたくさんつまっている、という話を聞いた直後だった。若いころのお母さんや友達らしき人の姿が、いっしゅん見えたのだ。
(もしかして、これって思い出に入りかけてた?)
かなではそれ以来、お母さんやお父さんの思い出話を聞いてから、曲を聴くようになった。
そして新学期。まだ夏休みのような暑さが残っている中、かなでは登校した。教室に入るとすでにみいちゃんがきていた。
「おはよう、かなでちゃん」
「おはよう、みいちゃん。うわ、焼けたね」
そのとき女子たちの「おはよー」「おはよー、あやめちゃん」という声が聞こえた。かなでは声がしたほうをふり返った。そこにはぶどうのようなむらさき色で白いバラがついているTシャツに、太ももくらいまでの白くて短いパンツをはいている。
「なんか今日のあやめちゃん、大人っぽーい」
「いつもとふんいきちがうね」
「うん。こういうのが好きなんだ」
あやめがそう言うと女子たちは「でもそっちもかわいいね」だとか「さすがあやめちゃん、なんでも着こなせちゃうんだ」と感心していた。
(石戸さん、好きな服着れたんだ。よかった)
あやめはそんな風に思っているかなでの姿を見つけると、あわててかけよってきた。
「土居さん、ちょっときて」
あやめとかなでは階段の踊り場のすみまで移動した。
「石戸さん、お母さんに話せたんだね」
「うん。ママにね、話してみたんだ。あたしの好きな色と、ママが着せてくれる色はちがうって。そしたらね、ママったら泣いちゃったんだよ」
「え、泣いちゃったの?」
「うん。『ごめんね、苦しかったでしょう? 好きじゃない服を着るだなんて』って。ママ、若いころに好きな服が着れなくて苦しい時期があったんだって。それから『これからは好きな色を自由に組み合わせてみたらどう? それで不安だったらママがアドバイスするわ』って。だから、今日の服だってあたしが自分で選んで、コーディネートしたんだから」
あやめはむねを張った。
かなではもう一つ気になっていることを尋ねた。
「ブレスレット渡せた?」
かなでがそう尋ねるとあやめは残念そうに首を横にふった。
「あ、でもおばちゃんには渡せたんだ。らみちゃんは受けとってくれなかったけど……。らみちゃん、いっしょにビーズ遊びしたの、わすれちゃったのかも」
「そ、そんなことないよっ。律さんが言ってたんだけどね、人はわすれてるんじゃなくって、思い出の引き出しが開きにくくなっちゃってるんだって。だからそれを開きやすくするのが、想鳴者の役割でもあるんだって。あとね、音って思い出すのにとてもよくて……」
かなでが一生けん命説明していると、あやめは小さく笑った。
「いいよ、ありがとう。そんな気はしてたから。……らみちゃんの目、暗かった。あんな目になっちゃうんだ」
かなでも思い出した。ぞくっとするほどの暗い目を。
「だいじょうぶだよ、きっと」
「うん」
あやめはいつものような力強さは消えていた。
それでもかなでは新学期からも変わらず修業が続くと思っていた。しかしそれはまちがっていた。
放課後、いつものように修想館に行くとだれかが門の前にいた。男の人で背筋は丸まっている。
「あの、なにかご用ですか?」
かなでがそう声をかけると、男の人はにげるように走ってその場を去ってしまった。
「なんだったんだろう……」
門の前に立って、かなでは頭が真っ白になった。そこには『さぎ師!』『できないこと言うな』『うそつき!』と書かれた何枚もの紙がはられていた。
「な、なにこれ……」
かなでははっとした。
「さっきの人、これをはってたんだ。でもなんでそんなひどいこと……」
かなでは、口の内側をかみしめながら紙を次々とはがしていった。
「律さんはうそつきじゃないっ。律さんは思い出こめれるもんっ」
気がつくとかなでは泣いていた。両手にはぐちゃぐちゃになったはり紙。にぎっている手に力が入りくしゃっと音をたてる。
「カナデっ? どうしたの、そんなとこで」
かなでは顔を上げた。そこにはドアを開けてイオが驚いた顔で立っていた。
「い、イオ……」
なみだばかり出てかなでは思ったことを言葉にできずにいた。そんな中イオは「とにかく中に」と招き入れた。
かなでは律とイオにことの流れを話した。意外にも律は落ち着いていた。
「実は何日か前からこんなのが続いているのよ。もう警察には相談してるわ」
「……なんでそんなに冷静でいられるんですか?」
かなでが尋ねると律は「これまでにもなんどかあったのよ」と教えてくれた。そして言葉を続けた。
「わたしは負けたくない。正面から言ってくる度胸のない人に。だれかの大切な思い出をふみにじらせないために、わたしは強くいたいの」
「律さん」
かなでは背筋が伸びた律を見た。
(律さん、ほんとうにすごい。わたしもあんな風にならなくっちゃ)
「かなで。もしなにかあったらいけないから、しばらくここでの修業はやめておきましょう」
「そんなっ。わたし、平気ですっ」
「いいえ。あなたになにかあれば、わたしはお母さまに顔むけできないし、大切な弟子が危険な目にあったりしたら、わたしは後悔してもしきれないの。だから、おねがい」
かなではしかたなく首をたてにふった。そしてバイオリンのレッスンも、想鳴者の授業もすることなく、律に送られて家に帰った。
(もしかして、これって思い出に入りかけてた?)
かなではそれ以来、お母さんやお父さんの思い出話を聞いてから、曲を聴くようになった。
そして新学期。まだ夏休みのような暑さが残っている中、かなでは登校した。教室に入るとすでにみいちゃんがきていた。
「おはよう、かなでちゃん」
「おはよう、みいちゃん。うわ、焼けたね」
そのとき女子たちの「おはよー」「おはよー、あやめちゃん」という声が聞こえた。かなでは声がしたほうをふり返った。そこにはぶどうのようなむらさき色で白いバラがついているTシャツに、太ももくらいまでの白くて短いパンツをはいている。
「なんか今日のあやめちゃん、大人っぽーい」
「いつもとふんいきちがうね」
「うん。こういうのが好きなんだ」
あやめがそう言うと女子たちは「でもそっちもかわいいね」だとか「さすがあやめちゃん、なんでも着こなせちゃうんだ」と感心していた。
(石戸さん、好きな服着れたんだ。よかった)
あやめはそんな風に思っているかなでの姿を見つけると、あわててかけよってきた。
「土居さん、ちょっときて」
あやめとかなでは階段の踊り場のすみまで移動した。
「石戸さん、お母さんに話せたんだね」
「うん。ママにね、話してみたんだ。あたしの好きな色と、ママが着せてくれる色はちがうって。そしたらね、ママったら泣いちゃったんだよ」
「え、泣いちゃったの?」
「うん。『ごめんね、苦しかったでしょう? 好きじゃない服を着るだなんて』って。ママ、若いころに好きな服が着れなくて苦しい時期があったんだって。それから『これからは好きな色を自由に組み合わせてみたらどう? それで不安だったらママがアドバイスするわ』って。だから、今日の服だってあたしが自分で選んで、コーディネートしたんだから」
あやめはむねを張った。
かなではもう一つ気になっていることを尋ねた。
「ブレスレット渡せた?」
かなでがそう尋ねるとあやめは残念そうに首を横にふった。
「あ、でもおばちゃんには渡せたんだ。らみちゃんは受けとってくれなかったけど……。らみちゃん、いっしょにビーズ遊びしたの、わすれちゃったのかも」
「そ、そんなことないよっ。律さんが言ってたんだけどね、人はわすれてるんじゃなくって、思い出の引き出しが開きにくくなっちゃってるんだって。だからそれを開きやすくするのが、想鳴者の役割でもあるんだって。あとね、音って思い出すのにとてもよくて……」
かなでが一生けん命説明していると、あやめは小さく笑った。
「いいよ、ありがとう。そんな気はしてたから。……らみちゃんの目、暗かった。あんな目になっちゃうんだ」
かなでも思い出した。ぞくっとするほどの暗い目を。
「だいじょうぶだよ、きっと」
「うん」
あやめはいつものような力強さは消えていた。
それでもかなでは新学期からも変わらず修業が続くと思っていた。しかしそれはまちがっていた。
放課後、いつものように修想館に行くとだれかが門の前にいた。男の人で背筋は丸まっている。
「あの、なにかご用ですか?」
かなでがそう声をかけると、男の人はにげるように走ってその場を去ってしまった。
「なんだったんだろう……」
門の前に立って、かなでは頭が真っ白になった。そこには『さぎ師!』『できないこと言うな』『うそつき!』と書かれた何枚もの紙がはられていた。
「な、なにこれ……」
かなでははっとした。
「さっきの人、これをはってたんだ。でもなんでそんなひどいこと……」
かなでは、口の内側をかみしめながら紙を次々とはがしていった。
「律さんはうそつきじゃないっ。律さんは思い出こめれるもんっ」
気がつくとかなでは泣いていた。両手にはぐちゃぐちゃになったはり紙。にぎっている手に力が入りくしゃっと音をたてる。
「カナデっ? どうしたの、そんなとこで」
かなでは顔を上げた。そこにはドアを開けてイオが驚いた顔で立っていた。
「い、イオ……」
なみだばかり出てかなでは思ったことを言葉にできずにいた。そんな中イオは「とにかく中に」と招き入れた。
かなでは律とイオにことの流れを話した。意外にも律は落ち着いていた。
「実は何日か前からこんなのが続いているのよ。もう警察には相談してるわ」
「……なんでそんなに冷静でいられるんですか?」
かなでが尋ねると律は「これまでにもなんどかあったのよ」と教えてくれた。そして言葉を続けた。
「わたしは負けたくない。正面から言ってくる度胸のない人に。だれかの大切な思い出をふみにじらせないために、わたしは強くいたいの」
「律さん」
かなでは背筋が伸びた律を見た。
(律さん、ほんとうにすごい。わたしもあんな風にならなくっちゃ)
「かなで。もしなにかあったらいけないから、しばらくここでの修業はやめておきましょう」
「そんなっ。わたし、平気ですっ」
「いいえ。あなたになにかあれば、わたしはお母さまに顔むけできないし、大切な弟子が危険な目にあったりしたら、わたしは後悔してもしきれないの。だから、おねがい」
かなではしかたなく首をたてにふった。そしてバイオリンのレッスンも、想鳴者の授業もすることなく、律に送られて家に帰った。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ネズミ駆除課の大事件
翼 翔太
児童書・童話
野良猫から王城のネズミ駆除課に入ることになった黒猫、ヴィント。
ネズミ駆除課に入って半年もしたある日、ヴィントは狂暴なネズミにかまれた。しかしそのネズミは普通ではなくて……。
突如狂暴になったネズミと、魔法をめぐる物語。
児童絵本館のオオカミ
火隆丸
児童書・童話
閉鎖した児童絵本館に放置されたオオカミの着ぐるみが語る、数々の思い出。ボロボロの着ぐるみの中には、たくさんの人の想いが詰まっています。着ぐるみと人との間に生まれた、切なくも美しい物語です。
甘い香りがする君は誰より甘くて、少し苦い。
めぇ
児童書・童話
いつもクールで静かな天井柊羽(あまいしゅう)くんはキレイなお顔をしていて、みんな近付きたいって思ってるのに不愛想で誰とも喋ろうとしない。
でもそんな天井くんと初めて話した時、ふわふわと甘くておいしそうな香りがした。
これは大好きなキャラメルポップコーンの匂いだ。
でもどうして?
なんで天井くんからそんな香りがするの?
頬を赤くする天井くんから溢れる甘い香り…
クールで静かな天井くんは緊張すると甘くておいしそうな香りがする特異体質らしい!?
そんな天井くんが気になって、その甘い香りにドキドキしちゃう!
もぐらちゃんたちのおはなししゅう
佐伯明理(さえきあかり)
児童書・童話
もぐらちゃんたちの日常を描いた短いおはなし。
1〜4は絵本ひろばに掲載された絵本のノベライズなので、内容は同じです。
5以降は新作なので絵本はありません。
校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話
赤髪命
大衆娯楽
少し田舎の土地にある女子校、華水黄杏女学園の1年生のあるクラスの乗ったバスが校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれてしまい、急遽トイレ休憩のために立ち寄った小さな公園のトイレでクラスの女子がトイレを済ませる話です(分かりにくくてすみません。詳しくは本文を読んで下さい)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる