上 下
11 / 26
五、楽器の魂

楽器の魂2

しおりを挟む
 なぞの光を見てから、かなでは光の正体についてずっと考えていた。
(あの光、なんでバイオリンのそばにあったんだろう? ……あれ、そういえば前に律さんのバイオリンが光ったことがあったよね。……もしかして)
 かなではある可能性にたどり着いた。一週間後のレッスンの日、かなでは律に話すことにした。
「律さん、わたし実はこのあいだ光を見たんです。ふわふわと浮いていて、ドアをすり抜けていきました」
「……じゃあ、その光の正体はなんだと思う?」
 かなではある可能性にたどりついた。
「もしかしてあの光の正体は……バイオリンの魂、ですか?」
 かなでがそう言うと律のバイオリンから丸い光が出てきて、人の形になった。
「ぴんぽーん! せいかーい」
 かなでは両手を広げて登場したイオに目を丸くした。そんなかなでをイオは首をかしげて見ていた。
「イ、イオ? ま、まさかほんとうに楽器の魂なの……?」
「え、うん。かなではそれがわかっていたんじゃないの?」
「いや、正直ぜんぜん信じられないっていうか、びっくりっていうか……」
「まあ、そうでしょうね」
 律はそう言った。
「よく光が楽器の魂だってわかったわね」
「一度だけ、バイオリンの中に入るのを見たんです。それに前に律さんがそのバイオリンの魂は自由に歩き回るのが好きだって言ってましたよね。それでもしかして、と思ったんです」
(でもまさかイオがそうだったなんて……)
 かなではイオをまじまじと見つめた。
「イオ、ほんとうにバイオリンの中にいるんだね。見た目はわたしたちと変わらないのに……」
「でもさっきの見たでしょ? それにボクは食べる必要もないし、水とかも飲まなくていいんだ。あとボク、実は三百才なんだよ」
 イオはウィンクして言った。
「さ、三百才っ?」
 かなでは目を丸くした。イオの顔にはしわはなく、身長もかなでのほうが高い。かなでが「うそだあ」と言いながらイオの体のあちこちを見ていると、イオは「残念ながらうそじゃないんだなあ」とにやにやしていた。
「ボクはイタリアの北のほうでつくられたんだ。当時あのあたりはうでのいい職人がたくさんいてね。そのあとお金持ちの人や音楽家の手にわたって、いろんな国に行ったんだ」
「え、でもなんで見た目がわたしより年下なの?」
 かなでが尋ねるとイオはよくぞ聞いてくれました、と言わんばかりの笑みをうかべて答えた。
「つくられて二百年経っていたけれど、ボクはどんな姿になればいいかわからなかった。それを当時の持ち主に話したら、一枚の絵を持ってきたんだ。それが死んでしまった彼の友達だった。それ以来、ボクの姿はこれさ。もしかしたらほかの見た目になれるのかもしれないけれど、ボクはこのボクが大好きなんだ。だからこの姿がいい」
 イオは見た目の年齢にぴったりの、底抜けに明るい笑顔をかなでにむけた。
「イオ、あなたわざとかなでに見つかるようにしていたでしょう?」
「え」
 律にそう言われたイオは小さく舌を出した。
「バレちゃったか」
「なんでそんなことしたの?」
 かなではイオに尋ねた。するとイオは「単純だよ」と言って答えた。
「ボクのことに気づいてほしかったんだ。ボクが楽器の魂だって。リツはその内話すからって言ったけど、そんなに待てなかったんだ。カナデともっともっと仲良くなりたくってね」
 理由を聞いた律はため息をついていた。
「そんなことだろうと思ったわ」
イオは「えへへ」にかっと歯を見せて笑っていた。律はぱんぱんと手をたたいた。
「そろそろはじめましょうか。そうね。せっかくだから今日は楽器の魂がどんな存在なのか勉強しましょうか」
 楽器が魂を持つには条件があること、それはつくられて百年経っていること、きちんと手入れをされていてそのあいだにこわれたことがないこと、かざられているだけではなくきちんと音楽をかなでられたことがあること、などを律から説明された。そしてルゥトはフルートの魂だということも教えてもらった。ほかにも二人いるらしく、順番に会わせてくれるらしい。
かなでの想鳴者としての修業はまだまだ学ぶことが多かった。それに新たに課題も出された。
 一つ目は毎日五分ニュースを見て、どんな内容だったかをノートにまとめる。それを律に見せるのだ。律が言うに は「聴く力と根気をきたえるための修業」らしい。
 二つ目は修想館にきたときに、前回のレッスンとくらべてなにかちがうところがないかチェックすることだった。変わったところがあれば帰るときまでに律に報告する。これは小さな変化に気がつくことができれば、どの思い出を大切にしているかわかり、細かいところまで気遣いができると説明された。そして今日は想鳴者の起こりを律に教えてもらっている。
「想鳴者となった旅人の男性が使っていたのがハープだった。十四世紀、男性はフランス中を旅していた。ある日、旅人は一人の男性が酔いつぶれているのを見つけた。その男性は半年前にむすめを亡くしてから酒びたりになっていた。旅人は彼が満足するまで話を聞いて、曲をおくったの」
 かなではむすめを亡くした男性のことを思うと、とても悲しくなった。律の話を引き続き聴く。
「すると次の日、男性から持っていたむすめのハンカチに話した思い出が宿ったことを知らされた。思い出が宿ったのは旅人のハープのおかげだった。ハープも男性のことをかわいそうに思っていたから。そしてハープはこれからも思い出をこめる手伝いをすると申し出た」
「あの、律さん。いいですか?」
「なに?」
「なんでハープだったんですか?」
 かなでの質問に律はすらすらと答えた。
「もともと楽器というのは、お祭りのときに神様に音楽をささげるために使われていた。きっと……願いや思いをこめたんでしょうね。男性の先祖は神官だったらしいし、彼が持っていたハープは家に代々伝わっていたものだったそうだから。ハープそのものはずっと男性の家にあったし、さわっていた。ちゃんと彼のものになったのは旅に出る直前だったらしいわ」
「じゃあ、もしハープじゃなくてほかの楽器だったらそれになってたかもしれないんですか? たとえばピアノとか」
「かもね。まあ、ピアノはまだその時代には生まれていないけれど。弦楽器や打楽器、笛なんかは古くからあったみたいね」
「へえ」
 かなではたき火を囲んでおどったり笛や太鼓を鳴らしたりしている人々を想像した。
「だから楽器には不思議な力が宿りやすいのかもしれないわね。ずっと大切にされてきて、人間とともに生きてきて」
 律は一度言葉を切って背筋をのばし、まっすぐかなでの目を見て言った。
「想鳴者は楽器を大切にあつかわなくちゃいけない。今のあなたならだいじょうぶだと思うけれど。それから人の心に寄りそうこと、その人の気持ちを自分に置きかえて想像することの大切さを覚えておいて」
「はい」
 かなではしっかりうなずいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

死神×少女+2【続編】

桜咲かな
児童書・童話
■この作品は『死神×少女』の続編です■ 春野亜矢(はるのあや)、17歳。 マンションで一人暮らしをする、ごく普通の女子高校生。 だが、右隣に『死神』、左隣に『天使』が引っ越して来て、ついには『悪魔』と同居する事に。 死神グリアは、人間の魂を喰う代わりの手段として毎日、亜矢の『命の力』を吸収して生きる。 しかも、その方法が『口移し』。 少女は抵抗しながらも、毎日、死神に口移し(キス)されなければならない。 【表紙イラストは自分で描いています】

ルーカスと呪われた遊園地(下)

大森かおり
児童書・童話
 ルーカスと呪われた遊園地(上)(中)のつづきです。前回のお話をご覧いただく方法は、大森かおりの登録コンテンツから、とんで読むことができます。  かつて日本は、たくさんの遊園地で賑わっていた。だが、バブルが崩壊するとともに、そのたくさんあった遊園地も、次々に潰れていってしまった。平凡に暮らしていた高校二年生の少女、倉本乙葉は、散歩に出かけたある日、そのバブルが崩壊した後の、ある廃墟の遊園地に迷い込んでしまう。そこで突然、気を失った乙葉は、目を覚ました後、現実の世界の廃墟ではなく、なんと別世界の、本当の遊園地に来てしまっていた! この呪われた遊園地から出るために、乙葉は園内で鍵を探そうと、あとからやってきた仲間達と、日々奮闘する。

昨日の敵は今日のパパ!

波湖 真
児童書・童話
アンジュは、途方に暮れていた。 画家のママは行方不明で、慣れない街に一人になってしまったのだ。 迷子になって助けてくれたのは騎士団のおじさんだった。 親切なおじさんに面倒を見てもらっているうちに、何故かこの国の公爵様の娘にされてしまった。 私、そんなの困ります!! アンジュの気持ちを取り残したまま、公爵家に引き取られ、そこで会ったのは超不機嫌で冷たく、意地悪な人だったのだ。 家にも帰れず、公爵様には嫌われて、泣きたいのをグッと我慢する。 そう、画家のママが戻って来るまでは、ここで頑張るしかない! アンジュは、なんとか公爵家で生きていけるのか? どうせなら楽しく過ごしたい! そんな元気でちゃっかりした女の子の物語が始まります。

天使と小悪魔のお話

ももちよろづ
児童書・童話
天使ヨシュアと、小悪魔ヴィヴィと、愉快な仲間達の、お話。 ※表紙・本文中イラストの無断転載は禁止

バースデイカード

はまだかよこ
児童書・童話
双子の女の子とパパとママの一家です。 パパはブラジル人、ママは日本人ていうか関西人。 四人は、仲良しだけどたまにはけんか。 だってね。 そんな家族のお話です。

魔法香る街へようこそ!

吉野茉莉
児童書・童話
『4万文字で完結済です(全16話)』  魔法石による魔法が使えなくなりしばらく経った世界、魔法の街として栄えていた小さな街に十二歳になったニーナは住んでいた。街ではかつて魔法で動いていたモノが勝手に動いてしまう「魔法の残り香」という現象に悩まされていた。  ニーナは放課後の学校で、魔法で動くはずの機械ネズミに囲まれている銀髪の少年を見る。 ※「第12回角川つばさ文庫小説賞」一次通過作

コカトリスの卵

月芝
児童書・童話
首から上はどう猛な雄のニワトリのよう。 胴体は沼の底のような濁った緑のウロコでおおわれ、 背中にはドラゴンのツバサを持つという。 手はなくて、足もまたニワトリのよう。 ただし鋭いカギ爪があり、その先からは絶えず毒の赤い液が滴っている。 これが鉄をも腐らせ、あらゆる命の火を消す。 尾は首のない黒いヘビのよう。 水に触れれば水が腐り、畑に舞い降りれば、たちまちのうちに、すべての作物が枯れる。 存在あるところ、疫病が発生し、人、動物、虫、植物、あまたの命が災禍に飲み込まれる。 そんな怖ろしいコカトリスのタマゴが発見されたものだから、さぁ、たいへん! 国中が大さわぎ。 でも、じつはコレって……

ルーカスと呪われた遊園地(中)

大森かおり
児童書・童話
 ルーカスと呪われた遊園地(上)のつづきです。前回のお話をご覧いただく方法は、大森かおりの登録コンテンツから、とんで読むことができます。  かつて日本は、たくさんの遊園地で賑わっていた。だが、バブルが崩壊するとともに、そのたくさんあった遊園地も、次々に潰れていってしまった。平凡に暮らしていた高校二年生の少女、倉本乙葉は、散歩に出かけたある日、そのバブルが崩壊した後の、ある廃墟の遊園地に迷い込んでしまう。そこで突然、気を失った乙葉は、目を覚ました後、現実の世界の廃墟ではなく、なんと別世界の、本当の遊園地に来てしまっていた! この呪われた遊園地から出るために、乙葉は園内で鍵を探そうと、あとからやってきた仲間達と、日々奮闘する。

処理中です...